舞台の人
ー空中アクロバットー
この演技に彼は出場する。写真付きなので、女性と2人での芸なのは分かるが、気になるのは、彼と、女性との距離?密着度である。
(仕事、仕事……でも彼女だったりして)
暗転した会場の中でブルブルっと顔をふり、わたしは目を凝らした。
「うわっ!」
思わず声を上げる。
スポットライトが舞台中央上部を照らすと、男女が一本の棒にぶら下がっていた。
(いつの間に)
暗転中の演出だろう。会場の誰もが期待に胸を膨らませているのが、雰囲気でわかった。
「すごいね薫、あの人でしょう。さっきパンフレットに載ってた、薫の好きな人」
「しっ声が大きいよ」
友人の隣りの観客がこちらを振り返った。不審者を見るような目で、その年配女性はかなりじろじろとわたしと友人を見比べていた。
軽快な音楽に乗って、芸は繰り広げられていく。
棒と、彼は右足首のロープ一本で繋がっていた。
下の女性の命の綱は、彼の両手である。両手で握手をするようにして見つめ合ったかと思うと、片手だけになり、女性は観客に向かいポーズを決める。
彼の首に掛けられた輪になったロープを、彼女も首に掛け、互いの首の力だけで、2人は手を離す。
顔の距離はかなり近く、あと数センチでキスしてしまうのではと錯覚するほどである。
大きな長い、途中から二股に分かれたロープを彼女が両足に掛け、大きく開脚した。際どい衣装でのそのポーズはかなりセクシーだった。
それを支えているのも、彼の首なので驚愕である。
また新たなロープが出てきた。ロープはどこから出てくるからというと、テントの天井にある橋の様に長い柱に人がいて、絶妙のタイミングで彼の手に投げている。
使い終わったロープは下に立つ「後見」と呼ばれる男性に向けて彼が落とすのだ。
後見の彼はロープを受け取るのも上手だが、時折、声を発して合図をしているので、ただのロープ取り名人ではないだろう。
今度のロープは網状でかなり太い。
そのロープを彼は両手首に、彼女は両足首にしっかりと通し、彼女が逆さまに吊らされた。
(何が始まるの)
「薫、こわい」
わたしの腕を掴む友人の掌が汗で濡れていて、気持ちが悪かった。
数秒後、とんでもないことが起こった。
下のロープの彼の彼のかけ声に合わせ、彼女が急落下!
会場に女性の叫び声が響き渡る。
「落ちた」
友人はわたしの腕に顔をうずめ全く芸を見ていない。
「大丈夫だよ、ロープで繋がってる」
「えっほんとう?」
舞台の下の方で、ロープ掛かりの後見人が彼女の身体を支え、彼女は素早く両足首からロープを外した。
そうこうしていると、彼も舞台に降り立ち、2人は片手を握り会い、笑顔で見つめ合うと、大きく観客に手を広げた。
盛大な拍手の嵐。
駆け足で舞台の奥に帰って行く2人がとてもかっこ良く見えた。
わたしはその時、彼の隣りの彼女を、自分に移し替えて見ていた。
(サーカスをやりたい)
涙が滲むほど感動していた。どんな名作映画よりも、ミュージカルよりも。
サーカス! 生まれて初めて、感動で全身が震えた。