夢の世界ー開演ー
開演のブザーが鳴るのと同時に、会場が暗くなった。
小さな溜息の波が会場内に発生した。
「ピーター、ピーターどこなの?」
ピーターパンを探す小柄の女の子が、丸い舞台に現れた。たぶんあれはティカーベル。
すると、
「僕ならここだよ」
(僕ってピーターパン?もうショーは始まっているんだ)
わたしも、友人も、そして他の観客も、皆同様に周囲を見渡した。
すると、緑色のコスチュームを着た子供、いや、子供に扮する女性だろうか?舞台中央の上空から、わたしたちの座る頭上近くまで飛んできた。
「うわーピーターが飛んでる」
会場の歓声に消されたが、わたしは子供の様に、そう叫んでいた。
「ワイヤーで吊らされていたのかな?」
友人は興奮気味にわたしの腕を揺さぶって言った。目は舞台で繰り広げられるショーに釘付けである。
「上手く出来てるよね、本当に飛んでるのかと思った」
「薫、すごいね、連れてきてくれてありがとう」
背の高い一輪車で、華麗に舞台を走る十人前後の若い女性達、みな生き生きとして美しい。
綱渡りは中央で一人、両脇に一人ずつ、計三人の女性が同じ動作で魅せてくれる。
「あんなに細いロープにどうやって立ってられるんだろうね」
友人が1分置きに話しかけてくる。わたしの袖を掴むので、洋服が伸びてしまうのではないかと心配だ。何より、芸に集中して欲しい。
時折、ピーターとティンクの掛け合いを挟みながら、ショーは展開して行った。
サーカスとピーターパン、意外に思えた組み合わせが、なんとも自然に調和し、物語りとして高度に成り立っていることに驚きと、お得感を味わえる。
たくさんの犬で溢れる子犬のショーや、ニホンザルに、チンパンジー、アシカのショーでは、子供達のみならず、大人も十分に満足でき、そして癒やされた。
一部が終わり、二十分間の休憩に入る。
あの人の出番は二部に多いことがパンフレットで確認されている。
一部の写真では、その姿を探し出せなかった。
「いよいよだなあ……」
「ん……なに薫?」
「サーカスの見せ場は後半なのかなって思って……」
友人が小腹がすいたと言うので、わたしたちは売店に並んでいた。長蛇の列の最前列に届く前に、20分が経過してしまうのではいかと心配した。
「間に合うかな、アメリカンドッグ、売り切れちゃわないかな?薫」
「大丈夫でしょう」
友人と、わたしの心配は違う。友人は小腹を満たしたいのだろうが、わたしの心配は二部の最初の演目である、空中アクロバットを見逃してしまうのではということだ。空中アクロバットには、彼が出る。
「何にしますか?」
「アメリカンドック一つと、コーラ二つ下さい」
やっと注文ができた。
しわがれた声のおばあちゃんは、「はい」とにこやかに笑い、馴れた手つきで揚げたてのアメリカンドックを友人に渡した。
「これ、拵えすぎたから、お嬢ちゃんも食べなさい」
「えっ……」
わたしの返事も待たず、おばあちゃんは熱々のアメリカンドックをわたしの手に持たせてくれた。
良く見ると、片手が不自由なのか?さっきから右手だけで作業している。
持たされる時、ポンポンとわたしの手の甲を叩いたおばあちゃんの右手は、指がしなやかに長いが、赤い斑点が見られた。
(おばあちゃん病気かな?)
おばあちゃんにお礼を言い、わたしたちは会場内に戻った。秋だというのに夏日の今日は、クーラーの効いたテントの中は外の何倍も心地よい。
「間に合って良かったぁ」
「買えて良かったね薫、しかもタダで貰っちゃったし、得したね」
「うん」
あのおばあちゃんの笑顔が心に染みた。アメリカンドックの厚めの生地を噛むと、ソーセージと生地の間がほんのりと生だった。
(おばあちゃん、ソーセージも少し冷たいよ)
「なんか中まで焼けてないね」
友人は文句を言いながらも、バクバクと三口くらいでアメリカンドックを平らげた。