サーカスがやってきた
白く、大きな雲が落ちて来そうな空の下、明るい青色に、赤や黄色のストライプ模様の入った巨大なテントが、裾の部分を翻し立っていた。
数十人の若者が、ある者は、丸太や鉄製のパイプを、ある者は板を肩に担ぎ、忙しく動き回っている。
「サーカスね、初めて見たわ」
気分的に、通学路を変えてみたお蔭で、わたしはその巨大なテントを目にする事が出来た。
「サーカスですね?」
比較的側にいた男性に声を掛ける。
男性は持ち上げようとしてた荷物を地面に置いて、首に下げていた白いタオルの片方で顔を拭いた。
「ええ、そうですよ」
遠目だが、タンクトップから剥き出しになった身体が程好く逞しい。
「カッコいい」
わたしは小さくつぶやいた。
「来週の土曜日が初日ですので、良かったら観に来て下さい」
「いいんですか?」
わたしは自転車に跨がった格好で、両手を口の端に当て、叫んだ。
「もっ勿論です」
わたしは、普段でも声が甲高いと言われる。叫んだ事で、周囲の人間の注目を浴びてしまった。
男性は気まずそうだ。
「サーカスの人ですよね?」
声を抑え、自転車を引いて側に寄った。
「そうです」
男性は、手拭いを外してジーンズに挟んだ。
「工事担当の人ですか?」
物怖じしないわたしの心臓の鼓動が高まったのは、男性の外見が、あまりにもパーフェクトだったからだろう。
(パーフェクト)
頭の中で、何度もこだました。
「工事担当っていうのはなくて、芸をする人間でもテントを立てたりします」
「という事は、あなたも何か芸を?」
「はあ、多少」
「多少だなんて、またまた」
全く図々しく、わたしは初対面の、しかも年上と見られる男性の腕をたたいた。
無駄な脂肪のない、筋肉質の腕は硬く、汗で湿っていた。
「観に来て頂けば、私がどんな曲芸をしているのか、わかって貰えると思います」
「手を振ってもいいですか?」
「ハハハ」
男性は、愉快そうに笑った。
笑うと目尻に皺かでき、五歳も六歳も子供っぽく見えた。
「名前は?」
僕の?とでも言いたそうに、男性は自分を指差した。
「わたしは薫っていいます」
「周一です。そして、このサーカスの名は、」
周一と名乗る男性は、背後を振り返り、誇らしげに巨大テントを見上げた。
「キグレサーカス、キグレサーカスと言います」