二章 その2
「レイ、アルベーンについて教えてくれないか?」
「アルベーンですか、分かりました」
時間が時間なので僕、レイ、千晶は固まって、試験開始の時を待っていた。
僕は地面に腰を下ろし、千晶は近くの倒木に座っている。
レイは腰を下ろすことなく木にもたれかかっている。
大体半分ぐらいが既に試験を開始しており、終わって帰ってきているグループも確認できる。
「いいですかアレリア、アルベーン家というのは副首都に居を構える貴族の一つです。
その爵位は伯爵、副首都には公爵家や侯爵家も多数ありますが、アルベーン家はその爵位の差に関係なく、公、侯爵家並みの発言力を持っています」
「その発言力には何か理由が?」
「はい。アルベーン家は副首都で『純血主義』を唱える貴族の一党の―盟主とでも言いましょうか、とにかくその一党の中心となっている家なのです」
純血主義……
「つまり日本からの移民である千晶の存在が許せないと」
「そうです。彼らの最終目標はこの国にいる全移民、及び全混血の排除です。ここまで言えば分かるでしょう」
「教育の賜物だね」
「全くです」とレイは肩を竦め、
「しかし、変ですね」
興味深い事を呟いた。
「変?」
「ええ」
レイは頷く。
「この学校は『誰であっても等しく機会を与え、その力を伸ばす』という理念を掲げています。
これは人種や言語に関係なく、という意味でです。
故にここには様々な人々が集まります。そしてそれは純血主義が最も忌み嫌うものの一つであり――」
レイが言葉を紡ぐのをやめる。
「――そんな所に大事な娘を入学させるのはどこか変だ、ってことよ」
そして代わりに千晶が答えた。
「レイ、これは何かありそうよね?」
千晶は続けてレイに質問する。
「ありそう、ではなく、あるでしょうね」
そう答えながら、レイは木にもたれかかるのをやめ、服についた汚れを掃う。
「現時点では何とも言えませんが、これは調べる価値がありそうですね。分かりました。私も気になりますし、少し探ってみましょう」
「よろしく~」
千晶はそうレイに言い、椅子代わりにしている倒木から腰を上げる。
「私も自分なりの方法で調べてみるわ、レイは表から、私は裏からってことで」
「わかりました。では裏はお任せしますが、決して無理をなさらないように。いくら学生の所業といっても、家柄が家柄ですし、発覚すると面倒なことになりますから」
「わかってるって」
千晶はあくまでも軽い物言いで答える。
因みに僕は何が裏で何が表か全く分からないので、ただ呆然と、その場で彼らの会話を見守っている。
それにしても、ずいぶん手馴れているように思える。確かに彼らが既知の間柄なのは分かっている。けど、様子を見る限り、日常的にやってきたとしか思えないぐらい手際がよい気がする。
「ん、どうしたの、アレリア?」
疑問に思っている僕の様子を見てか、千晶が話しかけてきた。
「いや…、手馴れてるなって思って」
率直な意見を口にしてみる。
すると千晶は、
「あー、うん。小さい頃によくやってたのよ。ほら、両親の会話をこっそり聞いてみたりね。そのせいだと思う」
と、なにかをはぐらかすように答えた。
そんなことで身につくのか、と疑問に思ったが、
「ふーん」
適当に頷いておく。
そのうち分かるだろう。多分。
「さて、そろそろ私たちの番です。改めて装備の確認を」
レイが促す。
「ほら、向こうで監督員がそわそわしています。彼が怒る前に行きましょう」
「了解」「ほいほ~い」
千晶は走り出す。
その元気な姿を見ながら歩を進める僕の横にレイがつく。
「元気だね」
「まったくです。まぁ私はその彼女と幼い頃から親交があるので慣れてはいますがね」
レイは「やれやれ」と肩を竦め、
「あの元気に付き合わされては、体がもちませんよ」
困ったように言う。
ふと疑問に思う。
困っている素振りはしているが、どこか、本心での行動だとは思えないのだ。
隠している?
何のために?
疑問は膨らみ、頭の中を埋め尽くす。
何も知らない者ならば、彼の表情は本物だと疑うこともしないだろう。
だが、僕は違う。
分かってしまう。
そして、同時に思い至る。
彼には、自分の本心を話せる相手が必要だと。
「本心は?」
だから、僕は聞く。
「僕は本当に君が困っているようには見えない。どこか昔を懐かしんでいる。そんな気がするから」
悪いが、その仮面は外してもらうよ、レイ。
「僕の前では、ありのままを言えばいい。
隠すのは勝手だ。けど、そうやって本心を偽り続けるのは、君にとっても、僕にとっても、あまり気持ちのいいことじゃないしさ」
レイは少しはにかんだ表情のまま、参ったとばかり両手を挙げて、
「まったく、貴方にはばれてしまうのですね」
そっと、前方を走る千晶を眺めた。
「本当に、彼女は昔から変わらない」
まるで子供を見守る親のような顔をして。
その瞳の中に全てが内包しているように見える。
「さて、まずは謝罪を。貴方は他の方とはどこか違うようだ」
「よく言われるよ」
「そして、感謝します。私も貴方の前では、自分を偽ることを止めることにします」
そう言って、レイは僕に笑顔を向ける。 しかし、その笑顔はいつもの張り付いたような社交的な笑顔ではなく――まるで、友達に笑いかけるような、心の底からの、そんな笑顔だった。
○
「面白そうなことをしているな」
男が言った。
男は窓枠に体を預け、外を見ている。その先には試験会場があり、生徒たちが、泥や汗に塗れながら戦っているのが見える。
しかし、男はその光景を見て、楽しんでいるのではなかった。
彼の瞳には三人の生徒が写っている。
一人は小柄で長い黒髪の少女。
一人は長身のブロンドヘアーの少年。
そしてもう一人、その少年と一緒に歩いている少年。
男は「ほう」と短く呟き、後ろを向いた。
光源は窓から降り注ぐ太陽光だけだったので、部屋は暗くなっている。
男は視線をある場所に固定する。
そこには人が立っていた。
初老の男性だ。白髪交じりの髪を後ろにすき上げる髪型をしている。
「お体はもう大丈夫なので?」
「大丈夫でなければこんな所には居る訳がないだろう?」
「そうでございますか」と現れた男は呟き、窓際まで歩いていく。
「確か、王立出身が新入生で一人いたな?」
窓際の男が問う。
「はい。アレリア・ヴォルグのことでございましょう」
「資料はあるか?」
「ここに」
男は懐から資料を取り出し、パラパラとそれを捲っていく。
「除外処分となっていますが、やはり王立、能力は一般生徒とは比べ物になりません。しかし、特待生である他の二人と比べてみますと……平均ぐらいですか。特に抜き出ている訳ではなさそうです」
「そうか……お前はどう思う。あくまで個人的な意見で、だが」
初老の男性は考えるような仕草をする。
「彼に注目するよりは、他の二人に注目すべきだと思いますが」
「根拠を聞きたい」
「はい。彼ら二人は優秀な人材を多数輩出してきたこの国有数の名家であるという点で判断いたしました」
「確かに、妥当な判断ではある」
男は肯定する。
「だが、俺はその無名の少年にこそ目を向けるべきだと思うがな」
「理由を、お聞かせ願います」
「彼は、人の本質を見抜く力があるのかもしれない」
「と言いますと?」
初老の男性は訝しげな表情をする。
その様子を見ながら男は言葉を紡ぐ。
「さっきそこから彼らを見ていたが、シュバルツハイムが心を開いたようだった。最後にはまるで本物の友達だと認識したかのように振舞っていたよ」
「仮面を外していたと?」
「そうだ。彼にはこのように文章化、数値化できない何かを持っているのだろうな」
「この短時間で……理解し難いですな」
「だが事実だ。受け入れろ、ルベリエ」
ルベリエは黙り込む。
「どうなさるので?」
しばしの静寂のあとルベリエが口を開いた。どうやら黙り込んだのは思考するためらしい。
「ま、今のところは様子見かな」
男は窓枠から離れ、扉へ向かって歩き出し、
「ちょっと出てくる」
そう言いながら扉を閉じた。
ルベリエだけが部屋に残る。
ルベリエは窓の外を眺めながら、
「では、私も様子を見させていただきましょうかな」
嬉しそうに呟いた。
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