一章 その1
入学式。
学校行事の中で最も盛大な式のひとつである。
式というものには参列者に新しい考えや価値観を与え、参列者同士の時間を共有させる力がある。
時間の共有。
これは俗に友と呼ぶものを作るには欠かせない要素である。
交友関係の構築は学校生活において避けては通れないことであり、いかに関係を構築するかによって、学校生活の充実度が変わってくる。
そしてこれは自分の精神的、肉体的の調子にも関わってくることだ。
もしかしたら友が自分の能力を向上させる鍵を握っているのかもしれない。
つまり、交友関係を築く、築かないということは誰にとっても重要な問題となるのだ。
もちろん僕にも。
そういうことが目的で参加する者もいるだろう。
僕もそうだ。
やっぱり学校生活は楽しい方がいいでしょ。
個人的な意見だが。
で、今入学式をしているわけだが、
僕は式に参列できていない。現実は思い通りに行かないものだ。
遠くから入学式のために演奏しているのであろう演奏が聞こえてくる。
トランペットをはじめとする管楽器と、ヴァイオリンなどの弦楽器。
荘厳な音色を響かせているが残念ながら今の自分には曲を理解する余裕がなかった。
僕、アレリアは何も考えることなくただ呆然と直立していた。
「アレリア君…だったかな?」
「はい。そうです」
「座りたまえ」
「はっ」
王立時代のしゃべり方で返事をするものの、緊張しているのだろうか、椅子に腰掛けることができなかった。
その目はただ一端を見つめていた。
視線の先には初老の男性がいた。男性は白髪混じりの髪の毛を分けることなく全部後ろにすき上げている髪形をしており、執務机の前で腰を下ろしている。そして鋭い目つきでアレリアをを見据えている。
ただそれだけならいい。
しかし、それだけではなかった。
アレリアは男性の発している気配、圧力に何か違和感を感じた。
何かを説明することはできないが、とにかく何かである。
今まで経験したことのない未知の気配。
まるでその男の視線に足を縫いつけられていた。
だが幸いなことに足は動かなくても思考を巡らせることは可能だった。
これも日常的に多大なプレッシャーにさらされてきたお陰か。
アレリアは状況を把握しようとして視線を四方に動かした。。
床に敷いてあるものは上質なものと思われる絨毯。目の前には豪華な装飾の施してある椅子と机、恐らくは応接用だろう。男性の執務机には資料が山積みになっており、壁には様々な肖像画が掛かっている。
このことから判断できる場所…おそらくは校長室か応接室。
他の肖像画に隠れて見づらいが男性によく似た肖像画もある。
なら、目の前に居る男性は校長ということか。
「私はルベリエと言う。この学校の理事長であり、同時に校長も兼任している」
理事長兼校長。この男性がこの学校の支配者という事か。
「アレリア・ヴォルグです」
背筋を伸ばし、手を腰に添えてはっきりとした声で名乗る。
その態度に満足したかのようにルベリエは頷く。
「まずは謝辞を述べたい。入学おめでとう、アレリア君」
「はっ、ありがとうございます」
その言葉で少し緊張をほぐす事ができた。
ルベリエは机にある一枚の紙を手に取る。
「さて、早速本題に移ろう。アレリア君、君は少々特殊な試験方式を利用したそうだね」
ルベリエはその紙を見ながら声を発する。
「特殊、というのは?」
「王立からの特別枠のことだ」
王立特別枠…王立からの編入生、転入生は通常の試験を受けることなく、推薦書と能力証明書と呼ばれる、いわば成績表だけで合否を判定させることができる特別方式であり、不合格になるものは居ない、王立だけに許された特権である。
「その特別枠で入学した君は特待生として扱われる。君は自分が特待生であることは聞かされていたかね?」
「いいえ。教官は何も」
「ふむ」
返答を聞くとルベリエはわざとらしく眉を吊り上げた。
「よいか、特待生は他の生徒よりも能力が突出している一部の生徒に与えられる、称号みたいなものだ」
そのことは分かっているだろうねと聞いてくるので頷いておく。
「特待生の役割は、通常の場合、学校の評価を上げる事だ。その役割はここでも変わらない」
ルベリエは持っていた紙を机に放り投げる。
「しかし、ここで要求することはそれだけではないのだよ、アレリア君」
ルベリエは椅子に座りなおして言う。
「ここは王立と同じ方式をとっている機関だ。しかし、目指すところは王立と違う」
「その違いとは?」
「アレリア君、王立は何を目指す?」
「軍の士官を目指しているのでは?」
何も考えず、反射的に言う。
「そうだろうな。しかし、ここでは違うのだ」
違う? 今ある教育機関の殆どは王立を模したものではないのか?
「君は、異常種というものを知っているかね?」
そんな疑問をよそにルベリエは言葉を紡ぐ。
「…異常種…」
「そうだ、我々の目的はその異常種を単騎で討伐できるほどの力を備えた者を輩出することだ。故に、教育方針も王立とは違う。君は異常種を知っているかね?」
「はい」
異常種、通常の生物の突然変異種のようなもので普通のそれよりも獰猛で強力、そして異様な姿形をしていると聞く。
「実際に見たことは?」
「……ありません」
「そうか…実際に見ているのならば話が早いのだが…
まあよかろう。そのうちわかる」
ルベリエは残念そうに呟いたいた後、一呼吸おいて、
「ご苦労だった、アレリア君。教室に行き、新たな仲間と親睦を深めるがいい」
ルベリエが話を切り上げようとする。そういえば入学式の演奏も終わっているような気がする。
「はっ」
僕はまた王立時代の応答をし、部屋から出ようと振り返る。
「それと」
ルベリエの声。
「なんですか、校長?」
「君に紹介しておきたい者がいる……入れ」
言葉から一拍置いてドアがノックされた。
「失礼します」
声と共に部屋に入ってきたのは青年だった。制服を着ている事からここの生徒だということが判る。
青年はゆっくりとした足取りで床を踏みしめアレリアの隣に立った。
長身だ。僕も決して背の低い方ではないのだが、アレリアよりも頭一つ分ぐらい高い。
「ただいま到着しました。遅れてすいません、校長」
「遅れすぎだ。話はもう終わっている」
ルベリエは呆れてため息をついて話を続ける。
「まぁ良いだろう。本来なら厳罰ものだが、今回は目を瞑ろう」
「ありがとうございます、校長」
青年の態度は堂々としたものだ。校長相手に一切の緊張、動揺がなく、話をしている。
「こちらの話が終わった所で紹介をしておこう。アレリア君。彼の名前はレイ。君と同じ特待生だ」
レイと呼ばれた青年はこちらを向き、
「レイ・シュバルツハイムです。よろしくお願いします。アレリア君」
手を差し伸べてきた。
「アレリア・ヴォルグです」
アレリアはレイと同じように名乗り、彼の手を取って、握手をする。
「校長」
握手を終え、手を離したレイは、ルベリエに話しかける。
「なんだね」
「特待生は三人と聞きましたが、もう一人はどこに?」
「心配する必要はない。すでにもう一人とは話を終えている」
「そうですか、ご迷惑おかけしました。では……行きましょう、アレリア君」
レイは振り向きドアへ歩き出す。
「失礼します」
アレリアは一礼し、レイの後に続いた。
○
「ここがそうかな?」
アレリアとレイは掲示板の前に立っていた。
「そのようですね。どうやらここで間違いなさそうです」
掲示板には大きな紙が何枚か貼られている。その紙を見て辺りから歓声があがっている。
「それにしても人が多いな…。見れるのかな、これ?」
人が多くて全く近寄れない。周りには早く自分のクラスを確認したくてうずうずしている人や少し待って人だかりの規模が小さくなってから確認しようとする人などが見える。そしてそんな人たちが集まり、通行の邪魔をしている。
「そうですね。今すぐ確認したいというのなら少し無理をする必要がありそうですが、そうでなければその問題は時間が解決してくれるのではないでしょうか」
「レイはどうしたい? 僕はどっちでもいいんだけど」
「そうですね…。では少し様子を見ませんか? 場合によっては少し無理をする可能性がありますが…。まぁ問題は無いでしょう」
「そうか。わかった。そうしよう」
「ありがとうござ―」
レイは言葉を発しようとしたが、
「あーっ! いたいた。おーい。レイーっ」
という声によって妨げられてしまった。
声の主が遠くから走り寄ってくる。
小柄な体躯に黒い髪。そして腰には小太刀と短剣を挿している――そんな少女だった。
「…んなっ――」
レイは驚いたような様子で固まっている。
そんなレイに照準を定めたように、少女は走り寄って――いや、突っ込んでくる。
猪のように。
そんな異常(?)を目の当たりにして、身の危険を感じたのだろうか、掲示板確認&通行の邪魔になっていた人たちが散っていく。
確かにぶつかったら痛そうだ。
しかし少女は周りのことなど気にしないとばかりに近づいてくる。
とりあえずこっちに被害が及ばないように少しレイから離れて…っと。
「レイーっ」
少女は跳躍。両手を広げてレイに迫る。
「――――っ」
しかしレイは身を屈め、前方に移動することで少女をかわす。
レイにかわされた少女は勢い余って壁に激突しそうになる。
「こんなのでかわしたつもり?」
少女は言う。
「うそだろ…?」
自然と言葉を発してしまう。それほどまでに美しい動きだった。
少女は空中で体を捻る。
そしてまるで猫のように体勢を整えた少女は壁へと近づいていくが、壁に激突する様なことはなかった。
壁と蹴ったのだ。
そして上方に跳躍、再び両手を広げてレイへと突っ込んでいく。
レイは先ほどの回避で体勢を崩していて避けることができない。
レイの顔が驚愕に染まる。
対して少女は太陽のような笑顔を浮かべている。
「レイーっ」
「なにを――――――おああああああああああああっ」
レイは顔に似合わない叫び声を上げて倒れる。
いや、正確には押し倒された。
レイは仰向けに倒れていて、その上に少女が覆いかぶさるそうな形になっている。
「レイ、レイじゃないの! なんでこんなとこにいるの?」
「いや、それはこちらが聞きたいのですが…」
「もしかしてレイもこの学校に、ねぇねぇ、そうなの?」
犬だったら勢い良く尻尾を振ってそうな感じで少女はレイに抱きついて質問している。しかし興奮しすぎているのか、レイの返答を全く聞いていない。
「あのー…、レイ…」
「な、なんです?」
レイは少女を引き剥がそうとしつつ返答。
「周りの視線が痛いんだが…」
何処かから怨嗟の声が聞こえてきて怖いんだが、とも付け加えて言う。
「……」
レイは少し固まった後、
げしっ。
「みぎゃっ」
少女を蹴飛ばした。
思い切り蹴飛ばされた少女は空中で一回転し、まるで体操選手のように華麗な着地を決めた。そして少女は腰に手を当てつつ、
「ちょ、何で蹴るのよ! 危なかったじゃない!」
とレイに向かって言葉を発する。
「蹴っても平気では?」
しかしレイはしれっとした顔で言葉を返す。
「そりゃ平気だけどさ…、でも蹴るのは酷いよ!!」
「離れてくれたのなら蹴ってなどいません―ていうかまた抱きつかないでください。蹴りますよ?」
「えー、蹴らないでよ~」
「だったら離れてください」
レイの言葉使いが心なしか荒くなっているような気がする。
「レイ…彼女は…?」
恐る恐るレイに質問する。
「ん、私?」
だがレイは反応する前に少女が反応した。
少女はレイに抱きつくのをやめ、僕の方を向いた。
「千晶っていいます。よろしく」
「アレリアです」
お互いに名前を言い合う。
「ん、アレリア? じゃあ同じクラスじゃん!」
千晶がそんな事を言ってくる。
「そうなんだ」
一年間楽しくなりそうだ。
「ちなみにレイも一緒のクラスよ!」
「そうですか。それは嬉しいことですね」
どうもレイも同じクラスのようだ。
レイはいつもの微笑に戻っている。
だがレイよ、汗が噴き出ているぞ。
「じゃあクラスが判ったことだし、行きますか」
こんな所でまごついても仕方が無いので、僕はそう言って彼らの一歩前に出る。
「行きましょうか」
「行こ!」
そして二人も歩き出す。
そうして三人は教室へと向かうのだった。
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