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Break a low  作者: 秋宮聡一
13/16

四章 その1

「遅かったですね、アレリア」

 森に響きわたる声。

 アレリアはレイ、千晶とは反対側にいた。

 隔てる壁は風に囲まれた異形の生物。そしてそれを取り囲む有象無象の虫虫虫…。

 それを確認したアレリアは既に抜いてある剣に力を込める。

「レイ、助けに入らないと」

 アレリアの登場を認識したのか、蟷螂たちはレイ、千晶からアレリアに標的を変えたようだ。

 千晶が声を出したときにはアレリアは既に何十もの蟷螂に囲まれていた。

「その必要はないでしょう」

「でも――」

「彼なら大丈夫。ほら」

 レイが指摘する。

 あれだけの数の虫に囲まれているにもかかわらず、アレリアの表情は変わらない。

 まるで機械のようにただ淡々と蟷螂達を観察している。

しかしそれは外見的にそう見えるだけだ。

 先天的に魔力を認識できるレイの眼は誤魔化せない。

 レイはアレリアの周りに高密度の魔力が渦巻いているのを見た。

 素人のものとは思えない。現役の兵士よりも上かもしれない。レイはその光景をみて驚くことはあっても疑問に思うことはなかった。

 

 アレリアの周りを無秩序に渦巻いていた魔力に変化が起こる。

 ――来る――レイは直感した。

 魔力が指向性を持つ、それは魔術発動の兆候である。兆候は魔術の系統固有のものであり、恐らくはこれから放つものは、敵全体を攻撃するものだと認識した。

 アレリアは剣を水平に持っていき、体を捻り、剣身が体の横へくるように構える。重心を落とし、左足を外側に円を描くように移動させる。

 そして円を半分ばかり描いたところで今度はその足を基点として、左足よりも大きな円を描くように内側に移動させていく。連動し、剣を腰だめに構え直す。 

 蟷螂が咆哮をあげてアレリアに走りよっていく。

 狂っているが故の行動なのか、身の危険を感じた故の行動なのかは定かではない。ただ猛然と、余波で仲間を傷つけることも厭わず、蟷螂たちはアレリアに襲いかかった。

 同時に、アレリアも動いた。

 アレリアは先程の巻き戻しのように右足を移動させる。いや、巻き戻しではない。先程よりも素早く、先程よりも力強く動かす。

 そしてまた半円を描くぐらいで足を止めて――いや、踏み込んで、捻った体を元に戻しながら腰だめに構えた剣を横になぎ払った。

 アレリアから流れ出す魔力が剣に流れ込み、事象が改変される。

 薙ぎ払ってから一拍置いて、変化が現れた。

 アレリアを囲んでいた蟷螂が地面へ崩れ落ちたのだ。それも、一匹残らず。

 アレリアは崩れ落ちた蟷螂を一瞥し、動き出す。

 道中崩れながらも攻撃を加えようとする蟷螂を始末しながら輪の外へと向かう。

 的確に、的確に、敵の急所を攻撃し、黙らせていく。

 その目は一体何を見ているのだろうか、機械の如く精密で無慈悲な彼を見て、レイは背筋に悪寒を感じた。

 たった一度の行動だけで、アレリアは千晶と同等、いや、それ以上の敵を戦闘不能にしたのだから。


 しかし、集中していた為か、レイはすぐそこまで迫っている脅威に気付かなかった。

「危ない!! 」

 不意に叫び声が放たれる。

「しまっ――」

 レイは視線を動かす。そこには一匹の蟷螂。すでに鎌を振りかぶっている。

 体中傷だらけで、複眼の片方は潰れ、足は数本欠けているが、まだ生きている。

 千晶は既にこちらへナイフを投げようとしている。だが、間に合わない。

 レイは腕を掲げ身を守ろうとする。

 降り下ろされる鎌。投擲される刃物。

 蟷螂の頭部にナイフが刺さるのと同時に蟷螂の鎌がレイの腕を捉えた。

「ぐっ――」

 放たれる呻き声。吹き出る血液。

 レイはすぐに蟷螂から離れる。

 蟷螂はそのまま力無く地面に崩れ落ちた。

「しまった……これでは……」

 レイは自分の腕に目をやる。腕は先の攻撃で傷つき、肉は抉れ、血が滴り落ちている。

 被害を最小限に抑えるために動き、攻撃を受けても叫ばず、書を落とさなかったのは流石と言うべきか。だが――


 風が吹き荒れる。

 風壁が解けたのだ。束ねられた風が拡散する。風は木々の葉を揺らし、散らす。

 震える甲殻。音を上げる関節。

 両手の鎌を振り回す。その度に風は斬られ、声を上げる。

 その目は真紅に染まり、口から唾液をこぼす。

 怪物が動き出す――


『                                 』


 頭が割るかと思うほど甲高い咆哮。

 同時にレイに向けて斬撃を放った。

 ブォン――と振るわれる大鎌。

 レイは身をかがめることで攻撃を回避した。

 鎌はレイの頭上を超え、近くの地面を抉りとる。

 散らばり、飛び跳ね、降りかかる石土の欠片。

 その一つ、極めて大きく、そして鋭い欠片がレイの右足を掠めた。

「またですかっ」

 レイはそのせいでバランスを失う。

 間髪いれずに凶器が降りおろされようとする。

 一瞬の隙で大きな痛手を被る。真剣勝負ではよくあることだ。

 日は既に落ち、月が出ている。

 月光を背中に浴びて死神が命を刈り取る一撃を放つ。

 その時だ。

 レイの視界は黒く染まった。

 死んだ、のではない。

 誰かが割って入ったのだ。

 直後に降り下ろされる一撃、その一撃は金属音と共に地面へ突き刺さった。

「まったく、無茶をしますね貴方は」

「それが命の恩人に言う言葉か? 素直に感謝しろって」

「そうですね」

 交わされるやり取り。

「なんか美味しい所全部持っていってる気がするのは気のせい?」

 外野からそんな言葉を聞こえてくるが気にしない。

「千晶、レイを回収後、撤退」

 寸でのところでレイの命を救ったアレリアが短く言葉を区切って告げる。

「けどこの怪物はどうするの!? 私たちが抑えないと――」

「レイがこんな状態ではどうにもならない。体制を立て直せ!!」

「千晶、アレリアの言うとおりです。この状態ではアリエルを維持するのが精一杯です。一度引きますよ」

「でも……」

「千晶、撤退しろ!!」

「千晶っ!!」

「……わかった」

 千晶はレイの落とした本を拾い上げ、レイを手を引いて走っていった。

 なおこの会話がなされている間、アレリアは立ち止まっていた訳ではない。

 セリフを言うまでの間、待ってくれるほど現実は易しくない。


 この会話の間、アレリアはずっと怪物の猛攻を防ぎ続けていた。

 アレリアは怪物から振りおらされる、あるいはなぎ払われる鎌を全て受け流しながら(受けるのではない)レイ達から距離を開けていた。

 一部地域では災厄とも捉えられている異常種。

 その攻撃をアレリアは、大した被害もなく、全て処理していた。

 その顔に恐怖はない。

 戦闘に最適化された精神が、脳が、勝つために最適な答えを導き出す。

 喜怒哀楽といった人が持つ感情のほぼ全てを一時的に消し去る術式「鋼の仮面」

 精神の余白部分を改変し、魔術を使うにおいて最適な状態にする術式「氷の女王」

 この二つの術式の重複発動が成し得る荒業だった。

 原理はこうだ。まず「鋼の仮面」で感情を消し、「氷の女王」で鋼の仮面発動による生まれた空白部分を魔術行使に適した形に改変する。これによって氷の女王単体発動よりも高い効果が得られるのだ。

 だが、副作用がないわけではない。

 使い続けていればいずれ限界が訪れる。

 今、難なく攻撃を回避しているアレリアだが、その限界を理解していないわけではなかった。 

 アレリアは攻撃をかいくぐり、相手の懐に入り斬撃を繰り出す。

 だが、分厚い甲殻の前には火花を散らすだけだ。

「硬いっ」

 同じことを数度繰り返す。

 弾かれ、弾かれ、弾かれ、弾かれる。

 結果は同じ。

 だが、進歩が無かった訳ではない。

(……なんだ?)

 アレリアは何か違和感みたいなものを感じた。

 今度は背後に周り、同じことをする。

 周囲を全てを薙ぎ払う攻撃をされたが剣を鎌に叩きつけ、自らの体を宙に浮かすことでやり過ごす。

 まったくもって離れ業。曲芸か? と思う人は少なくないだろう。


『                                     』


 異常種は反転し、アレリアと向き合おうとする。

 だがそんなことはさせない。

 アレリアは異常種を上回るスピードで異常種の背後に移動、死角に入り続ける。

 幸いなことに異常種の動きはそこまで速くない。

 単純な速度ならば遅れを取ることはないだろう。

 注意すべきは力の方だ。

 巨体だけにこの異常種、力だけは凄まじい。

 いくら肉体強化術を使っていたとしても、一撃で命を刈り取られるだろう。

 しかし前述のとおり、動きが遅いために、アレリアに攻撃が直撃することはない。

(甲殻が邪魔だな……)

 しかし、一方的に攻撃を加えられているアレリアだが甲殻に阻まれ、肉を切り裂くことはない。

 だが攻撃は無駄にはならなかったようだ。

 生物は隠すことのできない弱点。

 それは、

(関節か)

 先程感じた違和感。

 関節付近を攻撃したときに限っては(斬れはしなかったが)、攻撃が弾かれることはなかった。

 関節、この辺に解決の糸口がある。

 アレリアはそう考え、剣を構え直す。

(方針は決まった)

 狙うは、異常種の足関節。

 行動さえ封じることができれば、こちらの勝利は確定する。

 アレリアは剣を地面と水平に構え顔の横に持っていく。

生半可の攻撃では傷一つ付けられない。故の判断だった。

 防御を捨て、一撃に賭ける。

 剣を引き絞る。身を屈め、疾走の体制。

(脚力強化)

 脚部に魔力を集中させる。

 色を帯びた燐光が辺を漂い始める。アレリアから放出された余剰の魔力のためだ。

 その燐光を踏み締め、更に集中。

 燐光の色が変わる。綺麗で神秘的な色から、刺々しく攻撃的な色へと。

 そして、踏み出す。

 

 地面が抉れた。


 続いてアレリアが消える。

 消えたと言っても本当に消えたわけではない。

 高速で移動しているのだ。

 できるだけ速く、怪物が認識できないほど速く、そう考えた結果だった。

 考えた通り、怪物はアレリアの速度に対応できていない。

 アレリアを狙って放たれた鎌は虚しくも空を斬る。

 当ることはない攻撃。しかしそれでもアレリアは加速する。

 

『                                    』


 咆哮など何も感じはしない。

 感じないどころか、聞こえすらしない。

 高速移動の弊害なのかどうかは判らない。

 結果が近づいてきている。それだけは判る。

 異常種は苦し紛れに当たりを薙ぎ払う一撃を放つ。

 避けるか防ぐか。

 脳裏に考えが過ぎる。

 だがアレリアはどちらも選択しなかった。

 選択するは……更なる加速。

 体が悲鳴を上げる。

 加速に体に負荷がかかっているのだ。

 だがそんなことは気にしない。

 結果よければ全て良し。体は時間をかければ治る。

 命がなくなるよりずっと良い。

 加速の結果は吉と出た。

 怪物の鎌はアレリアを捉えることなく、アレリアは敵の懐に入り込んだ。

 目の前には目標の関節が。

 アレリアは勢い全てを剣にのせ、

(まずは………一撃目!!)

 突きを放つ。

 体が悲鳴を上げるほどの速度から放たれる突きは異常種の関節の一つを捉え、抉り、引きちぎった。

 悲鳴を上げ、悶える異常種。

 しかしこれだけでは満足しない。

 アレリアは攻撃の余韻に浸ることなく移動を再開する。

 二つ目の関節(目標)はすぐ近く。剣の制動を戻し、先の攻撃の残心から繋げ、次なる技を放とうとする。

(――二撃目っ!!)

 いける。これならばいける。

 アレリアは確信した。

 異常種の体の基本構成は通常のそれと変わらない。異常種そのものとの交戦経験はなかったが、これならば、通常の戦闘のノウハウを十分に活すことができる。

 アレリアは実践経験だけで言えば豊富な方だろう。王立時代はともかく、それ以前でも……

 不慮の事態に陥らなければ、何も問題ない。

 ――あとは二つ目の目標を破壊し、敵の攻撃範囲から逃げ延びるのみ――

 アレリアは剣を振りかぶる。

 慢心などしない、結果が出るまで気を抜きはしない。たとえ成功すると確信していたとしても、決して。

 アレリアは放つ。

 綺麗な半円状の弧を描き異常種の関節に吸い込まれているアレリアの剣。

 ―――剣は敵に命中し、その関節に損傷を与える―――と思われた。

 だが直前で、

アレリアの体から力が抜けた。

(なっ……)

 とんでもないほど抗いがたい脱力感に襲われる。

 筋肉が弛緩する。

 思考が止まる。

 半ば振りかけていた、恐らくはこの戦いに終止符を打つであろう攻撃を放つ剣が遠心力に従い、手を離れ何処かへと行こうとする。

(まずい、このままでは)

 ――攻撃が失敗するだけではなく、自身を守る道具すら失われてしまう!?

 そう直感し、自身を奮い立たせる。そしてアレリアは残った力、その全てを振り絞り、剣の制動を取り戻そうとする。

 間一髪のところでアレリアは剣のコントロールを取り戻す。

 目標は迫る。

 間に合うか? 間に合わないか?

 否、間に合わせる!!

「間に合えええええぇ!!」


 音が、響いた。

 肉が斬れ、甲殻が断たれる音ではない。

 響くのは弾かれ、剣が共振する甲高い音。

(そんな………) 

 体制を崩すアレリア。

 放たれる死神の一撃。


 

 森に響いたのは、苦痛の咆哮ではなく、鈍く、無慈悲な、他者を叩き落とす鉄槌の音だった。

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