女性を家に連れ込むのが呼吸と同じで止められないと言うのなら
「ルルーナ様、今、中には入られない方がよろしいかと……」
食卓部屋に続く扉の前で、苦々しい顔をした侍女が私を呼び止める。
皆まで言わなくても分かる。どうせあの男が、私の夫が帰ってきたのだ。いつものようにサプライズを引き連れて。
「私なら大丈夫よ。心配してくれてありがとう。でも行かせて頂戴」
私はそう言って扉を開いた。部屋の中央にある食卓には、二人の男女が椅子を並べて身を寄せあいながら座っていた。こちらに背を向けているからか、二人でイチャイチャしているからか、私が部屋に入ったことに気が付いた様子はない。
付き合いたてのカップルのような距離感の二人。あの二人が、青年同士の初な関係だったら微笑ましいのかもしれない。でも、現実はそんな笑える物では無い。
「グロージャ様。お帰りになられたのでしたら連絡いただけませんか?溜まった公務を処理いただきたいので」
「――ルルーナ!今良いところなのがわかんねぇのか!?」
こちらに振り向くイチャラブカップル。何を隠そう、男の方は私の夫グロージャなのだ。女性の方は――どこかの夜会で引っかけてきたのだろう。初めて見る顔だ。
グロージャは顔を真っ赤にし、私に向かって怒鳴り声を上げる。相当酒を飲んでいるのだろう。一人分は距離が離れているのに、酒臭い口臭が鼻に不快感を与えてくる。
「ですが、このままではこの伯爵家が持ちません。女性にかまけている場合などではないのです。どうか賢明なご判断を」
「女性にかまけている場合じゃないのです、だってさ!もはや妻と言うよりも家来だな!」
グロージャはそう言って隣の女性と笑い合う。
私はこみ上げる怒りを、両手を思い切り握って、何とか抑える。
「この家のためを思って発言しているのです!とっかえひっかえ女性を連れ込まれるの、そろそろお止めになられてください!」
「おいおい、何怒ってんだよ。俺は魅力的なの!フェロモンが溢れまくりなの!だから気づいたら女を家に連れ込んじまうわけ。呼吸とおんなじだからしょーがねーだろ!――なに?俺に呼吸を止めろって言いてえのか?おい!」
会話にならない。
グロージャは再び隣の女に向き直り、「呼吸と同じって表現かっこよくね!?」とかふざけた会話をしている。それに頷く女性も女性だ。
「だから、止める気ねーから。今日は公務もやんない。お前のせいでやる気なくなったからさぁ。――お詫びに俺たちが快適に過ごせる場所、手配しろよ。今からこの女と良いことすんだから」
気持ちの悪い舌舐めずり。こんな男のどこに引かれて家までやってきているのか、疑問でたまらない。
「家の事ならグロージャ様もよくご存じでしょう。好きな場所をお使いください。――あぁ、ただし西塔だけには行かないでください。絶対に訪れてはいけません」
「何だ?俺に命令するってのか!?西塔に何か隠してんのか!?」
「忠告させていただいております。グロージャ様に何かあったら困りますので」
私はそう言って、静かにグロージャを見つめる。少しの間見つめ合った後、グロージャの方から目をそらした。
「……はいはい、分かった分かった。行かない行かない。そんな真剣な顔すんなよ。――じゃあ用事は済んだな?もうどっか行けよ。お前のせいで興ざめだわ」
「……失礼いたします」
私は来た扉からゆっくりと出た。扉の外には心配そうに私を見つめてくる侍女。ずっと中の様子を伺っていたのだろう。
私は侍女に、にっこりと微笑み返した。種はしっかり巻いた。あとは芽吹くのを待つだけだ。
******
「行ったなあいつ。まじウザかったー!」
「グロージャ様に公務しろなんて、何様!?って感じ。どっか行っちまえ!」
サリーニャは口を尖らせながらそう言うと、ベェっとあの女が出て行った扉に向かって舌を突き出した。
本当は今日一日遊んだら捨てる予定だったが、案外性格も良いじゃねぇか。もう少し手元に置いててもいいかもな。
「いつもあんな感じ。侍女と執事とコソコソ帳簿いじって、どや顔見せびらかすのが生き甲斐なんだってさ。ほんと、うっざいよな――そうだ!西塔行ってやろうぜ!?」
「いいの?なんかあの女、絶対に行っちゃダメって言ってたけど?」
「いいのいいの。だってここ、俺の家だぜ?家主が行っちゃいけない所ってどこよ?何があるってんだよ」
「何か隠してるとか?――あっ!もしかしてあの女、その西塔に男でも隠してるんじゃない!?」
サリーニャのひらめきに、俺は笑って首を振る。
あの堅物ルルーナが男を隠しているなんてあり得ない話だ。どうせ、今清掃中で汚されたくないとかそんな所だろう。まぁ止めていた理由はなんであれ、行けばルルーナが嫌がること間違い無しだ。――楽しんでいたとこを邪魔した罰だ。しっかり罪を償ってもらうとしようか。
食卓の部屋から十分ほどサリーニャと腕を組んで歩くと、西塔の前にたどり着いた。相変わらずボロい塔だ。
「えぇ、こんな汚らしい所に入るのぉ?」
「ちょっとした探検だよ」
俺は笑いながら西塔の扉を押す。扉から少し抵抗。劣化が原因だろう。気にせず勢いよく押すと、ミシミシと何かを押しつぶすような音を立てながら扉が開いた。
「特に何もなさそうだな」
俺とサリーニャはゆっくりと西塔の中に入る。特に変化のなさそうな景色。一体ルルーナは何を警戒していたのか。
ブーンブーン
突如顔の周りを何かが横切る。視界の端に、黄色と黒の縞模様がチラリと映る。――蜂だ。
「キャァ!グロージャ様!助けて!」
いつの間にか塔の中には蜂が大量発生していた。先ほど入ってきた扉から湧き出ているように見える。――しまった。扉の後ろに蜂の巣があったのか。
ブーンブーン
「あっち行け!ほら!どっかに行っちまえ!」
俺は蜂に向かって手を振り回す。でも届かない。ひらりひらりと木の葉のように舞い、不快な音を塔の中に充満させる。
「キャァ!イッタッ!!痛い!痛い!」
サリーニャが蜂の大群に襲われている。腕に足に顔に。肌が露出している所、薄い服の上、どこそこに蜂が攻撃を仕掛けている。
蜂の針はかなり痛い。俺も昔、刺された事があるからよく分かる。あいつらの攻撃は容赦ないのだ。
「クッ!」
俺にも蜂が群がる。さすがに手で振り払うだけでは対処できないか。首筋に鋭い痛み。すぐに腕に、足に、同様の痛みが広がっていく。
今すぐ扉から外に出たいが、扉側に行くにつれ蜂の濃度が濃い。扉に巣があったのだから、当たり前の話ではあるのだが。
「痛い痛い!あんたのせいよグロージャ!あんたがあの女の忠告を聞かないから!」
「なっ!お前本性出しやがったな!このアバズレが!」
「何が本性よ!いつもはあんなにかっこつけて、蜂が現れたら腕振り回して。あんたの方がダサい本性丸見えよ!あんたになんて付いてくるんじゃなかったわ!」
「黙れ!付いてきたのはお前だろう!――そうだ。お前さっさと扉の方に行ってこいよ。蜂がお前のこと待ってるぜ!」
俺はクズ女を足で扉側に蹴る。ドシンと地面に倒れ込んだ女に、扉周辺の蜂が群がる。
「何するのよ!キャァ!痛い!痛いの!助けて!助けて!」
アバズレ女の体に蜂がうじゃうじゃとまとわりつき、空中の蜂の数が減る。さすが俺、天才すぎる。とっさにクズ女を生け贄に出来るなんて。
――早くこんなとこから出て、ルルーナも同じ目に遭わせてやる。あいつの忠告不足でこうなっているのだ。待ってろよ!地獄を見せてやるからな!
とりあえず、今のうちに素早く扉の外に。
……あれ?地面が傾いてくる。いや、俺が傾いているのか。急に気持ち悪い。息がしづらい。倒れ込んだ俺に、蜂がチャンスだと群がる。扉に近づいたからか、クズ女よりも多くの蜂が。皮膚にうじゃうじゃまとわりつくだけじゃない、口の中にも、耳の穴にも、所狭しと押し込んでくる。体中が焼けるように痛いのに、なんだか寒い。体が動かない。
女がよろよろと立ち上がり、扉から出て行くのが見える。おい、待て!俺を置いていくな!グロージャ様がまだここにいるぞ!おい、待て、おい……クソ、が……
******
私が西塔について忠告をしてから数刻後、グロージャに連れられて家にきた女性が瀕死の重体で発見された。すぐに回復薬を処置し、命は何とか助かったが、体の至る所が赤く腫れ上がり、顔はボコボコになっていた。
その後、西塔の中でグロージャの遺体が発見された。グロージャは蜂に刺されるのが二回目だったようだ。同じ蜂に二回刺されると症状が悪化する、と発見した医者は言っていた。
「これで女性を家に連れてくることもありませんね。――文字通り、呼吸が止まったのですから」
苦悶の表情で固まったグロージャに向かって、私はポツリとつぶやいた。
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