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罪の味  作者: 空蜂
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第八話

洞窟を出たとき、仁禮の足取りは軽かった。


肉と魚。

この時勢で、それが手に入る。


それだけで、胸が高鳴っていた。


生まれてから一度も口にしたことのない食材。

教科書の中の存在で、

ニュースで違法として扱われるもの。


それを、自分が調理する。


医師としてはどうかと思う。

社会的立場を考えれば、危うい選択だ。


それでも。


「……一回くらい、いいだろ」


小さく呟きながら、足早に家へ向かった。


玄関の鍵を開けると、

部屋は朝と同じ静けさのままだった。


エリナは、ソファに座っていた。


じっと、こちらを見る。


その瞬間――


ぐううぅぅ……


盛大な腹の音が鳴った。


仁禮は思わず吹き出す。


「待って。すぐ作るから」


エリナは、無言のまま瞬きをする。

表情は変わらないが、視線だけがわずかに揺れた。


キッチンに立つ。


包丁を握る手が、少しだけ震える。


袋を開ける。

冷たい赤身が、まな板の上に置かれる。


「……これが、肉か」


想像よりも、静かだった。


匂いも、音も、特別なものはない。

ただ、確かに“命だったもの”の質量がある。


フライパンに火を入れると、

じゅ、と音が立った。


その音に、エリナの視線が鋭くなる。


「もう少し。すぐだから」


魚も軽く焼く。

野菜も添える。


湯気が立ち上る。


食卓に皿を並べると、

エリナはゆっくり椅子に座った。


仁禮も向かいに座る。


「……いただきます」


エリナは手を合わせる。


仁禮も、つられて同じ仕草をした。


一口。


エリナの動きが止まる。


咀嚼。

飲み込む。


そして――


ほんのわずかに、目が見開かれた。


感情の乏しい顔に、

初めて、明確な変化が走る。


仁禮は、それを見て、

自分まで笑っていることに気づいた。


禁忌も、事件も、狼族も。


その夜だけは、

ただの食卓だった。


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