第五話
仁禮は、反射的に医者としてのスイッチを入れていた。
「少し見せて。転んだ時、どこか打っただろ」
そう言いかけた瞬間、
狼少女の目が、ぱっと見開かれた。
「……いしゃ?」
「え? ああ、そうだけど」
次の瞬間だった。
狼少女は仁禮の手首を掴むと、迷いなく引いた。
「ついてきて!!」
「ちょ、ちょっと――!」
抵抗する間もなく、彼女は走り出す。
人混みを抜け、舗装された道を外れ、森へ。
あれよあれよという間に、
街の喧騒は背後へ遠ざかっていった。
木々の間を縫うように進み、
やがて視界が開ける。
そこにあったのは、
森の奥に口を開ける洞窟だった。
「ここ!」
狼少女は立ち止まると、
大きく息を吸い込み、叫ぶ。
「おばあちゃーーん!!
エリアスーー!!
連れてきたよー!! いしゃー!!」
仁禮は、完全に置いていかれていた。
状況がまったく読めない。
なぜ洞窟なのか。
なぜ医者が必要なのか。
洞窟の奥から、足音が聞こえる。
現れたのは、落ち着いた雰囲気の青年だった。
鋭い目をしているが、敵意はない。
彼は一瞬で、仁禮の表情を読み取ったらしい。
「ああ……ごめん。説明、されてないよね」
そう言って、軽く頭を下げる。
「俺はエリアス。
ここは、狼族が暮らす集落だ」
仁禮は、言葉を探しながら頷いた。
「彼女――ライカが、君を連れてきたのは理由がある」
エリアスは洞窟の奥へと視線を向ける。
「この村では、
子どもが生まれなくなっている」
その声は、静かだった。
だが、重かった。
「医者が必要なんだ。
できれば……人間の」
仁禮は、無意識に息を詰めた。
まただ。
また、自分は“偶然”を装った場所に立たされている。
そして気づく。
これは、さっき出会った少女一人の問題ではない。
――一族の問題なのだ。




