第十四話
「帰ろう」
仁禮の声にエリナが顔を向けたときだった
「少し、よろしいですかぁ」
柔らかな声が、背後からかかる。
振り向くと、サミュエルが廊下の奥に立っていた。
ライカが小声で言う。
「院長、足音しないんだけど」
「鷹ですから」
穏やかな笑み。
サミュエルはゆっくり歩み寄る。
「エリナさん」
少女はきょとんと見上げる。
「……なに?」
「もう一度、あなたの血を調べさせてもらえませんか」
仁禮がわずかに眉を動かす。
「地下の研究室です。
正式な診療記録とは別系統の装置があります」
声はあくまで落ち着いている。
「もちろん強制ではありません。
あなたが嫌ならやりません」
エリナは仁禮を見る。
問いかけるような目。
仁禮はしゃがみ込む。
「少しだけだ。痛くはしない」
「……また、ちょっと?」
「ちょっとだけ」
エリナは考える。
それから、ゆっくり頷いた。
「……がんばる」
ライカが口を挟む。
「私も行く」
「付き添いですかぁ?」
「見張り」
尻尾が揺れる。
サミュエルは小さく笑う。
「心強いですねぇ」
一拍置いて、院長は続けた。
「それと」
視線が仁禮へ向く。
「再検査の結果を待つ間、図書館へ行きなさい」
「図書館?」
「ええ。動物混血の始祖――
“神なき処女”ジョセラ・ギーゼについて調べてください」
ライカの耳がぴくりと動く。
「あの劇場で叫んだ人?」
「そうです」
サミュエルの声は穏やかだが、確信がある。
「血の問題は、血の始まりを知らねば解けません」
仁禮は静かに頷く。
「ジョセラと、エリナが関係していると?」
「可能性は否定できません」
曖昧な言い方。
だが、その目ははっきりしている。
エリナが小さくつぶやく。
「……じょせら?」
その名に、ほんの一瞬だけ。
彼女の表情が揺れた。
ほんの、わずかに。
仁禮はそれを見逃さなかった。
サミュエルも、気づいていた。
「まずは再検査」
優しく告げる。
「そのあと、過去を辿りましょう」
廊下の白い光の中で、
四人の影が長く伸びた。
血と、始まり。
物語は、さらに深い層へ入ろうとしていた。




