第十二話
ライカの採血が終わり、
「たいしたことなかったし」と強がる声がまだ響いている頃。
検査室の扉が、そっと開いた。
エリナだった。
白い壁をゆっくり見上げ、
少しだけ慎重に足を進める。
仁禮が気づく。
「エリナ?」
彼女は数歩近づいてから、
ライカたちの前で立ち止まった。
「……こんにちは」
少しゆっくり。
言葉を選ぶように。
ライカが目を丸くする。
「しゃべった」
「しゃべるよ」
エリアスが小声で返す。
イレーヌはやわらかく微笑んだ。
「こんにちは、エリナさん」
エリナはその声のほうを見て、
小さく会釈する。
それから、きょろりと室内を見回す。
「……ここ、どこかな?」
仁禮は一瞬だけ考えてから、
あえて軽く答えた。
「ご飯が食べられるところだよ」
ライカが吹き出す。
「え、それはちが――」
仁禮が目で制する。
エリナは少し安心したように頷いた。
「……ごはん」
小さく繰り返す。
クロエがその様子を見てから、
落ち着いた声で説明する。
「エリナは事件の関係で、
IDを作り直す必要があるの」
ライカが首を傾げる。
「作り直す?」
「身元不明だから。
容疑者の一人として登録されている以上、
正式な識別情報を再発行しなければならないのよ」
エリアスが眉をひそめる。
「血を取るのは、そのため?」
クロエは頷く。
「DNA登録と照合。
本来なら事務手続きだけど……」
一瞬、言葉を選ぶ。
「念のため、詳細な血液検査も行うことになった」
エリナはその会話を、
半分理解し、半分流しているようだった。
「……ち、取るの?」
仁禮が近づく。
「少しだけ。痛くしない」
エリナは彼の顔を見つめる。
数秒。
それから、こくり。
「……がんばる」
ライカが横から覗き込む。
「痛くないよ。さっきやった」
「……ほんと?」
「ほんと。ちょっとだけ」
そのやりとりに、
検査室の空気がやわらぐ。
仁禮はそっとエリナの手を取る。
「終わったら、ちゃんとご飯だ」
エリナは小さく微笑んだ。




