偽神
この机の引き出しには、鍵がかけてある。
そして、その鍵は俺が常に持ち歩いている。
つまり、お前がこれを読んでるって事は、俺はもう死んでるか、もしくは類似した状態だって事になる。
だから、俺はもう自分がこの世に居ない前提で話をする。
おそらく、突拍子も無くて信じられない話だろうが、事実だ。
俺だって、死ぬ時にくらい愛する娘に真実を打ち明けたい。
もしかしたら、お前を巻き込んでしまうかもしれない。
先に謝っておく。
済まない。
父さんは、建設会社で働いてるって言ってたはずだ。
あれは嘘なんだ。
父さんは、ヤバいモノの檻を作って、それを監視する仕事をしてた。
それは、この国の国民が『神様』だとか、『妖怪』だとか、そういう呼び方をしてるモノだ。
何度でも言う。
信じられないだろうが、事実だ。
彼らは、間違いなく居る。
父さんが担当した神、いや、神かどうかも分からない。
とにかく、アレは、青森県に居た。
連続して殺人が起こり、捜査に加わった警官にまで死者が出た。
その辺からマスコミはニュースを流さなくなった。
うちのお偉いさん達が、バレちゃマズいと考えたんだろう。
そういうシステムになってるんだ。
犯人は、やはり人間じゃなかった。
何故人を殺すのか。
海から来たのか、山からか、宇宙人なのか。
俺にはそれすらよく分からない。
とにかく、うちの調査隊がそれに気付いた時、死者は30人を超えていた。
手口は人間と同じなんだよ。
刺したり、絞めたり、焼いたり、轢いたり。
ただ、アレは人に化ける。
目の前の人間の記憶の中から選んだ人間の精密なコピーとして振る舞って、違和感の無いように少しずつ人間を消していく。
見た目が人間と同じだから、とんでもなく厄介だった。
それを閉じ込める為の檻を作り、見張るのが父さんの仕事だった。
とは言え、難しいんだよ。
人間じゃない何かを閉じ込める檻。
水かもしれない。
空気かもしれない。
そんなものを閉じ込める為の檻なんて、俺には作り方が分からなかったから、とにかく頑丈に、とにかく分厚く。
そんな風にしか作れなかった。
俺は、アレがいつか逃げ出すんじゃないかって、ずっと恐ろしかった。
上に処分を嘆願した事もある。
だが、勿論却下された。
貴重な研究対象を、処分するなんて論外だそうだ。
谷口のおじさんは覚えてるか?
父さんの会社の同僚で、お前が小さな頃に、うちにも何度か来た事がある。
谷口も父さんと同じ仕事をしてる。
あいつは、早くに奥さんを亡くしててな。
時々寂しそうな顔をする事があったし、奥さんの話は絶対にしない。
まだ、あいつの心の中では生きてるんだろうな。
昨日だ。
谷口が、嬉しそうに奥さんの思い出話をし始めたんだ。
俺は耳を疑ったよ。
谷口の口からそんな話が出た事なんて無かったからな。
指輪もしてなかった。
一度だって外してるところを見た事がなかったのに。
俺は怖くなったよ。
檻の中には、確かにまだアレはいる。
捕獲したその時の姿のまま、警官の姿のままで。
だが、アレが化けるのは自分だけじゃなかったとしたら?
他人の姿も変えられるとしたら?
今あの檻の中に居る警官は、実は谷口なんじゃないか?
今俺の目の前に居る谷口は、実はアレなんじゃないか?
そう考えると、父さんは怖くて仕方なかった。
父さんは引き出しの鍵を、いつも作業着の内ポケットに入れている。
小さなビニール袋に入れているから、風呂に入る時も持って入る。
絶対にうっかり忘れたりはしない。
お前に間違って読まれたら、会社に消されかねないからな。
だから、聞いてくれ。
お前がこれを読んでる時に、俺がまだ生きてたら。
例えば、俺が風呂に入って居る時に、作業着を洗ってくれようとして、この鍵を見つけたら。
沙也加。
その時は、今すぐ逃げてくれ。
今お前の目の前に居るソイツは、父さんじゃない。
沙也加。
愛しているよ。
お前がこれを見つけた時、俺が風呂ではなく墓に入っている事を願う。
三島 雄二より




