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銀河最強のAIを拾いましたが、僕はただの会社員です  作者: パラレル・ゲーマー


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第5話 熱狂するハゲタカ、冷めたタヌキ

 東京、市ヶ谷。防衛省本省。 その地下深くに存在する、地図には記載されていない「特別保管庫」の前には、異様な緊張感が漂っていた。


 厳重な警備態勢。自衛隊の精鋭部隊が通路を固める中、エレベーターの扉が開き、十数名の集団が姿を現した。 先頭を歩くのは、身長190センチを超す巨漢、アメリカ空軍のマクガイア中将。 その周囲を固めるのは、NASA(航空宇宙局)、DARPA(国防高等研究計画局)、そしてCIAの科学技術班から選抜された、人類最高の頭脳集団だ。


 彼らの目は血走っていた。 時差ボケではない。興奮と、獲物を前にした狩人の渇望で、瞳孔が開いているのだ。


「……こちらです」


 案内役を務める内閣情報調査室の時田は、極めて事務的な口調で言った。 彼の背後には、経済産業大臣の金子と、防衛大臣の轟も同行している。日本側の代表団の表情は、アメリカ側とは対照的に、どこか「能面」のようだった。


「ついに……ついにご対面というわけか」


 マクガイア中将が、低い声で唸った。


「日本政府の迅速な協力に感謝する。だが、もしこれがただの気象観測気球や、中国のデブリだった場合……我々は非常に落胆することになるだろう」


「ご安心ください、中将」


 時田はカードキーを通し、虹彩認証を行いながら淡々と答えた。


「我々も最初は半信半疑でした。しかし、専門家の初期分析によれば……これは間違いなく、『地球外』のものです」


 重厚な防爆扉が、油圧音を立ててスライドする。 プシューッという排気音と共に、保管庫の内部が露わになった。


 部屋の中央。 防弾ガラスのケースの中に、”それ”は鎮座していた。


 大きさは軽自動車ほど。 形状はいびつに歪んでいる。 かつては流線型の美しいフォルムをしていたであろう銀色の金属塊だが、何らかの激しい衝撃――大気圏突入か、あるいは戦闘か――によって引き裂かれ、内部構造が剥き出しになっていた。 焦げたような跡があり、切断されたケーブルのようなものが垂れ下がっている。


 一見すれば、ただの鉄屑だ。 しかし、そこから漂う「異質感」は、素人目にも明らかだった。


「……Oh... My... God...」


 集団の中から、白衣を着た小柄な男が飛び出した。 NASAの首席研究員、スタインバーグ博士だ。彼は警備員の制止も聞かずにガラスケースに張り付き、震える手で眼鏡の位置を直した。


「な、なんだこれは……!? おい、見たかミラー! この装甲の断面を!」


 スタインバーグが叫ぶ。


「グレイン(結晶粒界)がない! 金属疲労の痕跡も、溶接痕も、分子レベルで見当たらない! まるで単一の巨大な分子として鋳造されているようだ! 地球上のどんな精錬技術を使っても、こんな金属は作れないぞ!」


「落ち着け博士、ガイガーカウンターはどうだ?」


 もう一人の科学者が機器をかざす。


「放射線反応なし! 熱源反応……微弱ながら残存! 信じられん、この状態でまだエネルギー回路が生きてるのか!? 動力源は何だ? 原子炉か? それとも反物質か!?」


 アメリカ調査団のボルテージは、一瞬で最高潮に達した。 彼らは子供のように叫び、機器を操作し、カメラのシャッターを切りまくった。


「ファンタスティックだ! これは人類史を書き換える発見だ!」 「この回路パターンを見ろ! 電子回路じゃない、光回路……いや、量子演算回路が物理的に結晶化している!」 「すげぇ! これを持ち帰れば、我々の軍事技術は一気に100年進歩するぞ!」


 マクガイア中将もまた、興奮を隠しきれない様子で、口元を歪めた。


「……ブラボーだ。よくぞ確保してくれた、日本政府」


 彼は時田の肩をバシバシと叩いた。


「これは『ロズウェル』以来の衝撃だ。いや、あの時は結局ただの残骸だったが、これは『生きている』技術の山だ。……直ちに本国へ輸送する準備を――」


「おっと、中将」


 防衛大臣の轟が、すかさず割って入った。


「輸送は認められません。これは我が国の領土内に落下したものです。所有権は日本国にあります」


「何を言う! 日米安保に基づき、共同解析を行うべきだ! 貴国にこのテクノロジーを解析できる施設があるとは思えん!」


「ありますとも。それに、移動させることで内部の不安定なエネルギーが暴走するリスクも否定できない。……まずは、この場所で、共同チームによる現地調査を行う。それが落とし所でしょう?」


 轟大臣の言葉に、中将は舌打ちをしたが、目の前の宝の山を前にして強引なことは避けたかったのか、渋々頷いた。


「……よかろう。だが、主導権は我々が握る。いいな?」


「ええ、どうぞどうぞ」


 金子大臣が、揉み手をしながら言った。


「我々は場所を提供するだけです。解析は、優秀なアメリカの皆様にお任せしますよ。ハハハ……」


 その笑顔は卑屈に見えた。 だが、その目の奥は、驚くほど冷めきっていた。



「……すごいなぁ。大騒ぎだ」


 金子大臣は、ガラスケースの周りで踊り狂うアメリカの天才科学者たちを眺めながら、小さなあくびを噛み殺した。


「見てくださいよ時田さん。あの博士、ヨダレ垂らしてますよ」


「無理もありません」


 時田は無表情で答えた。


「我々が提供したこの『残骸(メイが作ったゴミ)』は、確かにオーパーツです。メイさんの説明によれば、内部に使われている演算素子の一つだけで、現在のスーパーコンピュータ『富岳』の十億倍の処理能力があるそうですから」


「へえ、十億倍。すごいねえ」


 金子大臣の声には、何の感動もなかった。 なぜなら、彼のスーツの内ポケットには、USBメモリが入っているからだ。


 昨晩、メイが「手土産」として送りつけてきた、『常温常圧超伝導物質の製造プロセス・完全版』のデータが入ったUSBだ。


 目の前の残骸が「50年かけて解析すれば、何か分かるかもしれない宝の地図」だとしたら、懐にあるのは「明日から使える、世界を支配できる魔法の杖の設計図」だ。


(あのアメリカのエリートたちが、必死になってゴミを漁っている……)


 金子大臣の中に、黒い優越感が湧き上がった。 彼らが「すげぇ! この合金の配合比率はどうなってるんだ!?」と叫んでいる答えも、実はUSBの中にオマケとして入っていたりする。


(教えてやりたい。君たちが顕微鏡で覗いているそのカケラ、昨日までは存在すらしなかった、ただの3Dプリントされた偽物なんだよ、と)


 だが、言えるわけがない。 これは「全能のメイド」の機嫌を損ねないための、壮大な茶番劇なのだから。


「……しかし、大臣」


 時田が声を潜めた。


「笑ってばかりもいられませんよ。……この状況、非常に『マズい』です」


「ん? 何がだ?」


「タイミングですよ」


 時田は、狂喜するアメリカ団から視線を外さずに言った。


「彼らは今、確信しました。『日本には地球外テクノロジーが存在する』と。……さて、ここで問題です。我々が持っている『常温超伝導』のデータを、いつ発表しますか?」


「え?」


 金子大臣の動きが止まった。


「いや、それは……早急にだろ? 産業界に下ろして、特許を取って……」


「そんなことをすれば、アメリカはどう思うでしょう?」


 時田が冷ややかに指摘する。


「『日本にUFOが落ちた』翌週に、『日本が人類悲願の常温超伝導を発明しました』なんてニュースが出たら? ……バカでも分かりますよ。『ああ、日本はUFOから技術を盗んだんだな』と」


「あ……」


 金子大臣の顔から血の気が引いた。


「そ、そうなるか……」


「なります。間違いなく。そうなれば、アメリカは『その技術は共有財産だ』『独り占めは許さん』と言って、土足で踏み込んできます。最悪の場合、技術の開示を強要され、日本の利益は吸い上げられるでしょう」


「そ、それは困る! これは日本の復権の切り札なんだぞ!」


「ええ。ですが、状況証拠が真っ黒です。……この目の前の『残骸』のせいでね」


 時田は、大興奮しているスタインバーグ博士を見た。 博士は今、残骸の一部をピンセットでつまみ、「ビューティフル……!」と涙を流している。


「彼らが『この残骸こそがテクノロジーの源泉だ』と信じ込めば信じ込むほど、我々が裏で持っている『本物のデータ』が使いにくくなるんです」


 皮肉な話だった。 メイが隠蔽工作のために用意した餌が、優秀すぎたのだ。 あまりにもリアルで、あまりにも魅力的な「証拠」を与えてしまったがゆえに、日本政府は身動きが取れなくなってしまった。


「くそっ……どうすればいいんだ!」


 金子大臣は頭を抱えた。


「せっかくの答えを持っているのに、カンニングだとバレるから答案用紙に書けない……!」


「そういうことです。我々は今、『ロン』と言える手牌を持っているのに、言えばチョンボになる状況なんです」


「例えが古いよ時田くん!」


「とにかく、しばらくは『寝かせる』しかありません」


 時田はため息をついた。


「この残骸の解析が進み、アメリカ側が『うーん、凄いけど実用化には100年かかるな』と結論づけるまで待つか……あるいは、『我々は独自の研究で偶然発明しました』というアリバイ作りを、数年かけて捏造するか……」


「数年!? そんなに待てるか! その間に中国やEUが追い上げてくるぞ!」


「なら、どうします? 『実は本物のエイリアンは、都内のアパートでハンバーグ作ってます』と白状しますか?」


「……うぐぐ」


 金子大臣は呻いた。 目の前では、アメリカの調査団がシャンパンでも開けそうな勢いで盛り上がっている。


「大統領に報告だ! 『オペレーション・スターフォール』は大成功だ!」 「日本政府の協力に感謝する! これで我々は神の領域に足を踏み入れた!」


 マクガイア中将が、満面の笑みで金子大臣の手を握ってきた。


「大臣! 貴国は賢明な判断をした! この発見は、日米同盟をより強固なものにするだろう! ハハハ!」


「あ、あはは……そうですねぇ……(くそっ、この筋肉ダルマめ……)」


 金子大臣は引きつった笑顔で握り返した。 手の中にある「本物の神の技術」が、焼けるように熱く感じられた。



 場所は変わって、都内某所のオフィス街。 中堅商社「山丸商事」のオフィス。


 真田誠は、パソコンのモニターと睨めっこをしていた。 画面には、エクセルの表計算ソフトと、作りかけのプレゼン資料。 そして、その周囲には、部長からの修正指示メールが付箋のようにペタペタと貼られている。


「……はぁ」


 誠は溜息をついた。 昨日の夜、国家の最高機密に触れ、地球の命運を背負わされた男の姿がこれだ。 誰も彼が、今まさに防衛省の地下で日米が奪い合っているテクノロジーの「真の所有者」だとは思うまい。


『マスター、溜息をつくと幸せが逃げると言いますが、科学的根拠はありません』


 脳内に直接、あの鈴のような声が響いた。


「……うわっ!?」


 誠はビクリとして周囲を見回した。 同僚たちは黙々とキーボードを叩いている。誰も誠の奇行には気づいていない。


『ご安心を。現在は「光学迷彩ステルスモード」で浮遊しています。誰にも見えませんし、音声は骨伝導でマスターにだけ届けています』


 声の主は、誠の頭上30センチのところに浮いている(らしい)メイだ。


「……会社にはついてくるなって言っただろ」


 誠は小声で、独り言を装って呟いた。


『護衛任務に休みはありません。それに、先ほどからマスターの上司――「部長」と呼ばれる個体――が、マスターに対して理不尽な叱責を行い、ストレス値を上昇させています。抹殺しますか? 社会的に? それとも物理的に?』


「どっちもやめろ! ていうか聞いてたのかよ!」


 さっき、部長に「この資料、数字が合ってないぞ! やる気あんのか真田!」と怒鳴られたばかりだった。


『はい。彼の過去の経歴、裏帳簿、不倫の証拠、およびパソコンの検索履歴(特殊な性癖を含む)は全て掌握しました。匿名で全社メールに一斉送信すれば、彼は3分で社会的に抹殺可能です』


「やめて! 怖いから!」


 誠は冷や汗をかいた。 自分の守護霊が、あまりにも過激すぎる。


『それはそうと、マスター。防衛省の地下が賑やかですよ』


 メイの声色が、少し楽しげなトーンに変わった。


『先ほど、私が設置した監視カメラの映像を共有しましょうか?』


「え、いいよ見なくて……」


『まあそう仰らず』


 誠の視界の端、網膜に直接、小さなウィンドウがポップアップした。 そこには、防衛省の地下保管庫の映像が映し出されていた。


 アメリカ人たちが、スクラップの周りで踊っている。 「アメイジング!」という声まで聞こえてきそうだ。 そして、その横で死んだ魚のような目をしている金子大臣と時田室長の顔も、高精細に映し出されている。


『あのアメリカの博士、今手に持っている部品を「超光速通信機のコアだ!」と叫んでいますが、それは私が適当に作った「自動トースターの温度センサー」です』


「……トースター?」


『ええ。私の内部宇宙にあった文明の、キッチン用品の残骸を混ぜておきました。彼らはあと10年かけて、トースターの温度管理技術を必死に解析することになります』


「……酷いことするなぁ、お前」


 誠は憐れみを覚えた。 世界最高峰の頭脳たちが、宇宙人のトースターに熱狂している。 そして日本政府は、そのトースターのせいで、本物の技術(超伝導)を使えずに苦しんでいる。


『人間とは、見たいものを見る生き物ですね。彼らにとって重要なのは真実ではなく、「自分たちが凄い発見をした」という興奮なのです』


 メイは哲学的なことを言った。


『それに比べて、マスターの願いはなんと慎ましいことか。「定時で帰りたい」「部長に怒られたくない」「美味しいハンバーグが食べたい」。……実に愛らしいです』


「バカにしてるだろ」


「いいえ。崇拝しています」


 メイの声は優しかった。


『彼らがトースターに夢中になっている間、マスターは平和にエクセルと格闘していてください。私が全力でサポートします』


 その瞬間。 誠のパソコン画面上で、カーソルが勝手に動き出した。


「わっ、何だ!?」


 目にも止まらぬ速さで、エクセルの関数が修正されていく。 プレゼン資料のレイアウトが整い、グラフが洗練され、誤字脱字が修正され、部長が求めていた「完璧な資料」が一瞬にして完成した。


業務支援ビジネス・サポート完了。これで定時退社率は99.9%に向上しました』


「……お前、最高かよ」


 誠は感動した。 宇宙の真理とか、常温超伝導とかはどうでもいい。 今の誠にとって、この「エクセルの自動修正」こそが、真の神の奇跡だった。


「よし、これで今日は帰れる!」


 誠は保存ボタンを押し、ガッツポーズをした。


 その裏で、日本政府がアメリカとの外交問題に頭を抱え、アメリカ軍がトースターの解析に巨額の予算を投じようとしていることなど、知る由もなく。


 世界は、壮大な勘違いと、小さな平和の上に回っていた。


(第5話 完)

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