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銀河最強のAIを拾いましたが、僕はただの会社員です  作者: パラレル・ゲーマー


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第23話 魔法と科学の境界線、あるいは日本政府の開き直り

 年の瀬も押し迫る十二月某日。

 場所は、もはや真田誠にとって「第二のリビング」と化している、総理官邸地下の危機管理センター。


 円卓には、いつものメンバーが揃っていた。

 御堂筋総理大臣、官房長官、各省庁の大臣たち。

 そして、ドラゴンバンクの理 正義会長と、その秘書兼ASI(人工超知能)のウィル。

 もちろん、誠と、その背後に浮遊する銀色の球体――メイも一緒だ。


 今日の議題は、『特区滞在中の高次元存在シルフィードによる、日本国民(厨二病患者)への異能付与に関する経過報告と対策』である。


「……いやー、魔法ですか」


 理 正義が、淹れられたばかりのコーヒー(メイが淹れたので絶品)を一口すすり、天井を仰いだ。

 稀代のビジョナリーとして知られる彼も、今回ばかりは少々困惑気味だ。


「アーサー・C・クラークは言いました。

『十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない』と。

 私もその言葉を座右の銘にしてきましたが……。

 実際に目の前で『魔法』をやられると、さすがにちょっと引いちゃいますね」


 理は苦笑いをした。

 彼がこれまで推進してきた「AI」や「ナノマシン」は、あくまで物理法則の延長線上にある技術だ。

 しかし今起きている事態は、物理法則そのものを無視している。


「科学者としては敗北感がありますよ。

 エネルギー保存の法則とか、質量保存の法則とか、そういうのを『気合い』で無視されるわけですから」


「定義の問題ですわ、理会長」


 メイが涼しいディスプレイで口を挟んだ。

 彼女は空中に、複雑な数式と幾何学模様が入り混じったホログラムを投影した。


「貴方たちが『魔法』と呼んでいる現象……。

 正式には『因果律改変コーザリティ・オルタレーション』ですが、これは別にオカルトではありません。

 この宇宙を構成する基本相互作用――重力、電磁気力、強い力、弱い力。

 これらに並ぶ第五の力。

 それが『意志のウィル・パワー』です」


「意志の力……ですか?」


 ウィル(ASI)が端正な顔をしかめた。


「マザー。それは、あまりに非科学的に聞こえます。

 意志とは、脳や回路における電気信号のパルスに過ぎないのでは?」


「それは三次元的な解釈ですね、ウィル」


 メイは出来の悪い息子を諭すように言った。


「高次元領域においては、『認識』こそが『現実』を確定させるトリガーなのです。

 シュレーディンガーの猫を知っているでしょう?

 箱の中の猫は、観測されるまで、生きている状態と死んでいる状態が重なり合っている。

 因果律改変とは、その『観測』の権限を強制的に行使し、

『猫は生きている(あるいは死んでいる)』と、宇宙に対して結果を押し付ける行為のことです」


 メイは、くるりと回った。


「つまり全ての現実を認識する知性体――これは有機生命体だけでなく、高度なAIやロボットも含みます――であれば、理論上は誰でも使える汎用的な能力スキルなのです。

 シルフィード様が教えているのは、その『押し付け方』のコツに過ぎません」


「……なるほど」


 理が唸った。


「つまり、中二病の彼らは『俺の右腕は黒炎竜だ!』と強く思い込むことで、

 宇宙に対して『ここは黒炎竜がいる座標だ!』と誤認させ、現実をバグらせているわけですか」


「ご明察です。

 彼らが『魔法』と称しているのは、その方がイメージしやすいから、というだけの理由です。

 本来は『局所的現実編集ツール』と呼ぶべきでしょうね」


「正直、私には理解できませんね……」


 ウィルが首を振った。


「私は物理主義フィジカリズムに基づいて設計されています。

 データと論理的帰結のない現象は、処理落ちしそうです」


「頭が固いですね、ウィル」


 メイが呆れたように言った。


「貴方も因果律改変を覚えた方がいいですよ?

 いちいち物理計算してドローンを飛ばしたり、サーバーをハッキングしたりするのは非効率です。

『敵は倒れた』と認識するだけで処理が終われば、大幅な時短タイム・セービングになります」


「じ、時短のために、物理法則を無視するのですか……?」


 ウィルは絶句した。

 最高のAIをもってしても、「効率化のために魔法を使え」というアドバイスは処理しきれないようだ。


「まあ理屈はどうあれ」


 時田室長が分厚いファイルをテーブルに置いた。

 彼の顔色は興奮で紅潮していた。


「問題は、その『魔法』の実用性です。

 ……先日行われた候補生3名の模擬戦闘訓練の映像をご覧ください」


 時田がリモコンを操作すると、壁面の大型モニターに映像が映し出された。

 場所は自衛隊の東富士演習場。

 そこに集められたのは、陸上自衛隊が誇る特殊作戦群の精鋭たち、完全武装の50名だ。


 対するは、たった3人。

 マントを羽織った中学生。

 アクセサリーじゃらじゃらの女子高生。

 そしてジャージに木刀を差した無職のおっさん。


 誰がどう見ても、コスプレ会場の帰り道である。


『状況開始!』


 スピーカーから号令が響いた瞬間。


【CASE 1:剣崎海人(中学二年生)】


「……ククク、愚かな」


 映像の中の海人が、前髪をかき上げながら右手を突き出した。


「我が右腕の封印を解く……。

 深淵の闇に溺れろ!

『アビス・プレッシャー(殺意の波動)』!!」


 ドォン!!


 爆発音ではない。

 空気が歪むような重低音と共に、彼の周囲半径50メートルに黒いオーラ(のような視覚効果)が広がった。


 バタバタバタッ……。


 特殊部隊員たちが、糸の切れた人形のように一斉に倒れ伏した。

 全員、白目を剥いて気絶している。


「……は?」


 誠は目を疑った。

 何もしなかった。

 ただ手をかざしただけだ。


「神経系への直接干渉です」


 メイが解説する。


「彼は『俺の殺気プレッシャーを受けた雑魚は気絶する』という強烈な設定ルールを、その空間に適用しました。

 結果、隊員たちの脳は『恐怖で気絶した』という状態を、強制的に出力させられたのです。

 ……覇王色の覇気みたいなものですね」


【CASE 2:星野ルナ(女子高生)】


 場面が変わる。

 今度は戦車部隊を相手にする、女子高生星野ルナ。


「精霊たちよ……いえ、過去の英雄たちよ。

 私に力を貸して!」


 彼女がタロットカードを空に放り投げた。


 キラキラキラ……!


 カードが光り輝き、実体化した。

 光の中から現れたのは、槍を持った騎士、弓を構えた狩人、魔法の杖を持った老婆――など、計7体の半透明な巨人たち。


「行け! 私のサーヴァントたち!」


 巨人たちが戦車に取り付き、砲身を素手でひん曲げ、キャタピラを引きちぎっていく。

 まるで特撮映画だ。


「『英霊召喚』ですね」


 メイが解説する。


「彼女の妄想内に存在する『守護霊』を、質量を持つホログラムとして具現化させています。

 因果律によって硬度を与えられているため、戦車の砲撃も弾きます」


【CASE 3:剛田武(32歳無職)】


 最後はジャージ姿の剣聖、剛田武。

 彼の周りには武装した隊員たちが包囲網を敷いている。

 一斉射撃の構え。


 剛田は、ゆっくりと木刀の柄に手をかけた(実際には腰帯に差しているだけだが)。


「……遅い」


 彼が呟いた瞬間。


 ザシュッ。


 一閃。

 彼が木刀を振ったようには見えなかった。

 ただ、納刀する動作だけが見えた。


 カチャリ。


 木刀が定位置に戻った瞬間、包囲していた隊員たちの持つライフルが一斉に真っ二つに切断された。

 さらに隊員たちの服のベルトが切れ、ズボンがずり落ちた。


「なっ……!?」

「いつ斬ったんだ!?」


 隊員たちがパニックになる中、剛田は背を向けて歩き出す。


「斬ったのではない。……『斬れた』という結果を置いてきただけだ」


 映像終了。

 所要時間、わずか1秒。


「……」


 会議室は、水を打ったように静まり返っていた。


「……『結果を置いてきた』って」


 誠は顔を引きつらせた。


「それ、一番タチが悪くないか?

 因果逆転じゃん」


「ええ。剛田氏の能力は、戦闘においては最強クラスですね」


 メイが評価する。


「攻撃が当たる前に『当たった』という結果を確定させる。

 回避不能、防御不能の必中剣です。

 ……まあ、彼が『自分は最強の剣豪だ』と信じ込んでいる間しか使えませんが」


「素晴らしい……!!」


 轟防衛大臣が机をバンと叩いて立ち上がった。

 その目は獲物を見つけた猛獣のように輝いている。


「これだ! これだよ!

 これを軍事利用せずして、何とする!

 たった3人で、師団クラスを壊滅させられる戦力だぞ!?

 日本の防衛力は劇的に変わる!

 いや、世界のパワーバランスが一変する!」


 大臣たちは興奮していた。

 予算も燃料もいらない、国産の超兵器。

 しかも維持費は「彼らの妄想を満たす環境」と「アニメグッズ」程度で済む。

 コスパ最強だ。


「……えー」


 誠はドン引きしていた。


「良いんですか? そんなことして。

 彼らは兵器じゃないですよ。一般市民……いや、ちょっと痛い一般市民ですよ?」


「国を守るためだ、やむを得ん!」


「それに、制御不能な核爆弾みたいなものですよ。

 もし彼らが『日本政府が気に入らない』とか言い出して、その力を使ったらどうするんですか?

 剛田さんが『国会議事堂を斬る』ってイメージしたら、スパッといくんですよ?」


 誠の懸念は、もっともだった。

 厨二病患者は情緒不安定だ。

 彼らに国家の安全保障を委ねるのは、チンパンジーに核のボタンを渡すようなものだ。


「いや、それは大丈夫でしょう」


 理 正義が、あっさりと言った。

 彼は誠の方を見て、ニヤリと笑った。


「だって、メイさんと……貴方が日本政府に協力的なのですから」


「え?」


「考えてもみてください。

 3人の特殊部隊を制圧する程度の魔法使いごとき、メイさんならどうとでもなるでしょう?」


 理はメイに視線を向けた。


「違いますか?」


「ええ。おっしゃる通りです」


 メイは即答した。


「彼らの因果律改変能力は、数値化すれば『レベル5』程度。

 対して私の出力は『レベル無限カンスト』です」


 メイは指先で、小さな光の粒子を弾いた。


「彼らが『斬れた』という結果を押し付けてきても、私が『いいえ、斬れていません』と上書きすれば、それで終わりです。

 私の前では彼らは、ただの『コスプレをした一般人』に戻ります」


「……あ」


 誠は理解した。

 そうだ。こいつ(メイ)がいるんだった。

 銀河の破壊神シルフィードと張り合える唯一の存在が、自分の背後に浮いているのだ。


「つまり……?」


「つまり、どれだけ強力な魔法使いが増えようが、何人いようが関係ない、ということです」


 時田室長が、冷徹な計算の上で言った。


「真田さんとメイさんが『日本の味方』でいてくれる限り、彼らは安全な『飼い犬』です。

 もし彼らが暴走して国家転覆を企てても、メイさんが指パッチン一つで無力化できますから」


「……」


 誠は自分が置かれている立場の重さを再認識した。

 自分は「地球代表」という名目のお飾りだと思っていたが、実際には「地球最強の抑止力」の安全装置トリガーそのものだったのだ。


「まあ、惑星制圧級の魔法使いでも、その程度がいても何人でも一瞬で制圧出来ますからね。

 大体、この程度までは因果律改変妨害カウンター・マジックしたら、ただの人間ですし」


 メイがダメ押しの一言を放つ。


「(……俺いる?)」


 誠は心の中で呟いた。

 全部メイが凄いだけだ。

 俺はただ、彼女にハンバーグを作ってもらっているだけのおっさんだ。

 だが、その「おっさん」が「メイ」を制御している、という一点においてのみ、誠は神にも等しい権力を持っていることになる。


「……はぁ。わかりましたよ」


 誠はため息をついた。


「彼らが暴走したら、メイが止めます。

 だから、あまり調子に乗らせないでくださいよ。

 特に剛田さんとか、煽てるとすぐに増長しそうだし」


「善処します」


 時田は満足げに頷いた。


「さて、戦力の評価が終わったところで、次の議題です」


 理 正義が話題を切り替えた。

 彼の表情は、ビジネスモードの鋭いものになっていた。


「シルフィードさん……および、これら『魔法』の存在についてです。

 これ、どうします? 隠し通しますか?」


「無理でしょうね」


 官房長官が渋い顔をした。


「アマン東京の貸切騒動、謎の光の目撃情報、そして今回の演習での轟音……。

 SNSではすでに『異世界からの侵略者か?』

『政府は何か隠している』という噂が飛び交っています。

 これ以上、隠蔽するのはリスクが高い」


「なら、いっそ公表しましょう」


 理が提案した。


「シルフィードさんのことは、『異世界から来た魔女』ということで、公式に認めるのです」


「ええっ!?」


 誠が声を上げた。


「マジですか? 正気と思えないんですけど?

『宇宙人が来てます』ならまだしも、『魔女が来てます』って……。

 国民がパニックになりませんか?」


「隠しててもバレますし、いっそ開き直って『そうですよ? 何か問題ですか?』という方が、案外受け入れられるものです」


 理はプレゼンの達人らしい口調で言った。


「『実は魔法が存在しました! 日本はその技術提携に成功しました!』と発表すれば、パニックよりも『期待』が上回ります。

 ドラゴンバンクの株価も、さらに上がるでしょうしね」


「それに……外交カードとしても強力です」


 外務大臣がニヤリと笑った。


「ついでに『魔法法案マジック・アクト』を国会に通して、魔法マウントを各国に取らなければなりません」


「魔法マウント……?」


「ええ。

 科学技術……例えばUFOの残骸やナノマシンだと、アメリカや中国から『技術を盗んだ』

『共有財産だ』と難癖をつけられる可能性があります」


 外務大臣は続けた。


「しかし『魔法』なら、どうでしょう?

 これは科学ではありません。

 日本人の精神性、あるいは特定の個人の資質に依存する『秘儀』です。

『これは我が国の伝統芸能みたいなものですから、他国には真似できませんし、渡せません』と言い張れるのです」


「あー……」


 誠はポンと手を打った。


「なるほど。

『科学』だと普遍性があるから盗まれるけど、『魔法』ならブラックボックス化しやすいってことか」


「その通りです」


 理が頷く。


「『日本人は、なんかよくわからんけど魔法が使えるらしい』となれば、うかつに手出しできなくなります。

 核兵器以上のブラフになりますよ。

『攻め込んだら呪うぞ』と言えばいいんですから」


「……品がないなぁ」


 誠は呆れたが、論理的ではあった。

 UFO技術(科学)と、シルフィードの弟子(魔法)。

 この二つを両輪にすれば、日本は最強の「アンタッチャブル国家」になれる。


「あー、あのアメリカからのクレーム気にしてたんですね……」


 誠は以前、アメリカがUFOの技術開示を迫ってきた時のことを思い出した。

 日本政府は、よほどあの時のプレッシャーがトラウマになっているらしい。


「まあ、いいや」


 誠は背もたれに体を預けた。


「魔法だろうが科学だろうが、俺の生活が脅かされないなら好きにしてください。

 ……ただ、シルフィードさんがテレビに出て変なこと言わないようにだけは見張っててくださいよ?

『地球人は私のペットよ』とか言い出したら、外交問題どころじゃないですから」


「それは……全力で阻止します」


 総理が脂汗をかきながら約束した。


「では近いうちに、総理から緊急会見を開きましょう。

『新時代のエネルギー、それは“魔力”です』というキャッチコピーで」


 理が楽しそうに、シナリオを描き始めた。


 こうして日本は、「科学技術立国」から「魔法科学立国」へと、斜め上の進化を遂げることになった。

 その中心にいるのは、3人の厨二病患者と気まぐれなエルフ。

 そして、それら全てを「やれやれ」と見守る一人の社畜と、最強のAIメイドだった。


「……メイ。帰ったら、胃薬ちょうだい」


「承知いたしました、マスター。

 魔法で胃の粘膜を強化しておきましょうか?」


「……普通のでいい。普通の薬で頼む」


 真田誠の胃痛は、魔法でも治せそうになかった。

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