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銀河最強のAIを拾いましたが、僕はただの会社員です  作者: パラレル・ゲーマー


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第21話 最強の魔除けは「黒歴史ノート」と共に

 十二月の東京。

 街は、クリスマスムード一色に染まっていた。

 駅前の街路樹にはイルミネーションが巻き付けられ、スーパーからはジングルベルのBGMが無限ループで流れている。


 真田誠は、分厚いコートの襟を立て、白い息を吐きながら家路を急いでいた。

 週休3日制が定着したとはいえ、年末の忙しさは変わらない。

 今日は珍しく残業をしてしまい、時刻は午後八時を回っていた。


「……あー疲れた」


 誠は独りごちて、コンビニの袋を持ち直した。

 中には、自分へのご褒美のプレミアムビールと、メイが「データ収集のために必要です(要するに食べたい)」と言っていた、新作の冬限定スイーツが入っている。


 空を見上げると、オリオン座が綺麗に見えた。

 かつては、あの星空の向こうから何かが降ってくるのではないかと怯えていた時期もあったが、最近は随分と慣れてしまった。

 人間、どんな非日常も三日続けば日常になる。

 ましてや、自宅に全能のメイド型AIが住み着いて、半年以上が経過しているのだ。


 マンションのオートロックを解錠し、エレベーターに乗る。

 203号室の鍵を開ける。


「ただいまー」


 ドアを開けると、暖かい空気と、出汁のいい香りが漂ってきた。


「お帰りなさいませマスター」


 リビングから、メイがふわりと飛んできた。

 今日の彼女は球体モードではなく、人間型のアンドロイドボディに、サンタクロース風の赤いエプロンドレスを着ている。


「お疲れのご様子ですね。外気温は5度。お風呂を沸かしておきましたよ。柚子も浮かべてあります」


「最高かよ……。ありがとうメイ」


 誠はコートを脱ぎ捨て、ソファに倒れ込んだ。

 この瞬間が、生きていて一番幸せかもしれない。


「夕食は体の温まる『おでん』をご用意しました。大根は昨日から因果律操作で『三日間煮込んだ状態』にしてありますので、味は染み染みですよ」


「因果律おでん……。響きは怖いけど、美味そうだな」


 誠は身を起こし、ネクタイを緩めた。

 平和だ。

 宇宙の危機も銀河外交も忘れて、ただ熱々の大根とビールを楽しむ。

 それが今日のミッションだ。


 ……そう思っていたのだが。


「そういえばマスター」


 メイがおでんの鍋をテーブルに運びながら(重力制御で浮かせながら)、世間話のように切り出した。


「ニュースご覧になりましたか?」


「ん? 見てないけど。……また何かあった?」


 誠はビールをプシュッと開けた。

 どうせまたドラゴンバンクの株価が上がったとか、NASAが変な電波を拾ったとか、その程度の話だろう。


「いえ大したことではありません。……ただ都内の高級ホテル『アマン東京』の最上階スイートルームが、ある人物によって長期間貸し切りにされたというゴシップ記事です」


「へえ景気のいい話だな。誰? ハリウッドスター?」


「いいえ。……シルフィード様です」


 ブフッ!


 誠はビールを盛大に吹き出した。

 鼻に入った炭酸の痛みに悶絶しながら、メイを見る。


「……は? 誰だって?」


「時空の織り手シルフィード様です。あのアメリカを消しかけた長耳のエルフの方ですね」


 メイは淡々と言った。


「また来てるの!?」


 誠は叫んだ。

 つい先日、「1000年待ってあげる」と言って帰ったばかりではないか。

 彼女にとっての1000年とは、カップラーメンができるまでの時間よりも短いのか?


「暇なの? あの人暇なんでしょうね!?」


「ええ暇なのでしょうね」


 メイはお玉で卵をすくいながら頷いた。


「彼女のような高位次元存在にとって『退屈』は最大の敵ですから。

 前回地球に来た時に思いついた『弟子育成計画』が、どうしても楽しみで我慢できなくなったようで。

 『ごめんやっぱ来ちゃった☆』というメッセージと共に、昨日空間転移してこられました」


「……彼氏の家に押し掛けるメンヘラ彼女かよ」


 誠は頭を抱えた。

 あの災害級のエルフが、また東京にいる。

 それだけで胃壁がただれるようなストレスだ。


「で何してるの? また観光? 今度はどこを壊すつもりだ?」


「いえ今回は観光ではありません。

 彼女は本気です。……宣言通り『弟子』を取って修行をつけています」


「弟子……」


 誠は思い出した。

 彼女が去り際に言っていた恐ろしい計画。

 『3人の弟子を育てて私を殺させる』という銀河規模の迷惑な道楽。


「本当にやってるのか……。

 で誰を弟子にしたんだ?

 自衛隊のエースか? それともオリンピック選手?」


「いいえ」


 メイは少し言いにくそうに視線を逸らした。


「……日本政府が全国から選抜した生粋の『厨二病』の患者さんたちです」


「……はい?」


 誠の思考が停止した。

 厨二病。

 中学二年生頃に発症する「自分には隠された力がある」と思い込む、あの痛々しい精神状態のことか?


「どういうことだメイ。

 世界の命運をかける弟子が、なんで厨二病なんだ?」


「論理的な帰結です」


 メイは空中にホログラムボードを表示し、解説を始めた。


「まずシルフィード様の使う『魔法』……すなわち『因果律改変能力』の原理について説明します。

 これは物理法則を無視して、『こうあるべきだ』という自分の意志イメージを現実に上書きする技術です」


「うんまあなんとなく分かる」


「この能力を行使するために必要な最大の資質は何だと思いますか?

 魔力? 知能? 体力?

 いいえ違います」


 メイは断言した。


「それは『根拠のない自信』と『妄想を現実だと信じ込む狂気』です」


「……あ」


 誠は察した。


「つまり……『常識人』じゃダメってことか?」


「はい。

 普通の大人は『空を飛びたい』と思っても、心のどこかで『でも引力があるし無理だよね』というブレーキがかかります。

 この理性のブレーキこそが、因果律改変における最大の阻害要因ノイズなのです」


 メイは熱弁を振るう。


「しかし重度の厨二病患者は違います。

 彼らは本気で信じています。

 『自分の右腕には黒龍が封印されている』と。

 『世界は自分を中心に回っている』と。

 『自分は選ばれし者であり物理法則などという矮小なルールには縛られない』と」


「……なるほど」


「彼らの強固な妄想(世界観)は現実を侵食する素質があります。

 だからこそシルフィード様の弟子として最適なのです。

 日本政府と私が協力して全国のSNSブログ自作小説投稿サイトを解析し、

 『妄想の強度』が高い人物をリストアップしました」


「プライバシーの侵害も甚だしいな……」


 誠は呆れたが、まあ地球を守るためなら仕方がない。


「で選ばれた3人ってのは?」


「個人情報は伏せますが……。

 一人目は『前世は魔王だった』と主張し、常に黒いマントを着て登校している中学二年生の男子。

 二人目は『精霊の声が聞こえる』と言って、路傍の石に名前をつけて会話している不思議系女子高生。

 三人目は30歳無職。

 『自分は異世界転生の待機列に並んでいる』と信じて、自宅で剣術(素振り)を10年間続けている男性です」


「……精鋭すぎるだろ」


 誠は戦慄した。

 日本の闇鍋のようなメンバーだ。

 彼らが人類の希望(?)として選ばれたのか。


「今彼らはアマン東京のスイートルームに缶詰にされています。

 もちろん費用は日本政府持ちです」


「どんな修行してるんだ……?」


「基本的には『黒歴史ノート』の朗読と妄想の具現化訓練ですね」


 メイはホログラムに盗撮映像(監視カメラ映像)を映し出した。


 豪華なホテルの部屋。

 窓の外には東京の夜景。

 その中央にシルフィードが優雅にソファに座り、ワインを片手に指導している。


『いい? もっとイメージしなさい!

 あなたの右腕には銀河を焼き尽くす炎が宿っているのよ!

 熱さを感じなさい! 疼きを感じなさい!

 「くっ静まれ……!」って言いながら、その痛みを現実に変換するの!』


 その前で、マントを着た中学生が顔を真っ赤にして叫んでいる。


『うおおおお! 暴れるな俺の右腕ぇぇぇ!

 黒炎竜ブラック・フレア・ドラゴン咆哮せよぉぉぉ!』


 ボンッ!


 少年の手からボッと小さな火の玉が出た。

 100円ライター程度の火力だが、物理法則を無視して何もない空間から火が発生したのだ。


『そう! その感覚よ!

 物理なんて無視しなさい!

 あなたが「ある」と思えばそこにあるの!

 素晴らしいわ! 才能があるわね!』


 シルフィードが手を叩いて喜んでいる。


「……出てる」


 誠は画面を凝視した。


「本当に出てるよ火が……」


「はい。初期段階の因果律改変ですね。

 『燃焼の三要素(可燃物・酸素・熱源)』が揃っていなくても、

 『燃えろ』という意志だけで空間に熱エネルギーを発生させています」


「……日本人に魔法が使えるようになるのか?」


「そうなりますね。

 歴史を紐解けば人類の精神的指導者たち……宗教家やカリスマ的な革命家の中にも、

 無自覚にこの能力を使っていた者は多いと推測されます。

 モーゼが海を割ったのもキリストが水をワインに変えたのも、

 原理的には『強烈な思い込みによる局所的現実改変』ですから」


「それを意図的に教育してるわけか……」


 誠は背筋が寒くなった。

 厨二病患者に本物の力を与える。

 それは猿にマシンガンを持たせるより危険なんじゃないか?


「日本政府は……大丈夫なのか?

 これ止めなくていいの?」


「最初は青ざめていましたよ」


 メイはおでんの大根を小皿に取り分けながら言った。


「『テロリストを養成する気か!』とか『社会秩序が崩壊する!』とか。

 でもシルフィード様の無茶苦茶っぷりを見ているうちに、

 『まあ地球が消されるよりはマシか……』と感覚が麻痺してきたようです」


「慣れちゃったのか……」


「はい。人間とは順応する生き物です。

 今では内閣情報調査室の時田様などは、

 『彼らが暴走した時のために専用の法整備(異能生存体規制法)を進めておこう』と、

 前向きに事務処理をしています」


「たくましいな公務員……」


 誠は苦笑した。

 この国の官僚機構は神話級のトラブルさえも「事務処理」の枠組みに落とし込んでしまうらしい。


「でもさメイ」


 誠はビールを一口飲んで、真面目な顔になった。


「実際問題リスクはどうなんだ?

 核爆発以上の存在が国内に3つも増えるわけだろ?

 彼らがキレて『世界を壊す』とか言い出したら、誰が止めるんだ?」


「その点はそれほど心配していません」


 メイはきっぱりと言った。


「彼らがそこまで成長できるかどうかは未知数ですから」


「成長できない?」


「はい。厨二病の妄想力は強力ですが、同時に脆いものです。

 『現実』という壁にぶつかった時、あるいは『恥ずかしさ』に目覚めた時、

 その力は霧散してしまいます」


 メイは少し哀れむような目で、モニターの中の少年を見た。


「彼らが大人になり社会を知り税金を納め腰痛に悩むようになった時……。

 『右腕の黒龍』はただの『恥ずかしい過去の記憶』へと変わります。

 因果律改変能力は純粋な子供のような心(狂気)がなければ維持できません」


「……なるほど」


 誠は納得した。

 大人になるということは魔法を忘れるということだ。

 ある意味残酷な安全装置セーフティだ。


「それに彼らが本当に覚醒して暴走したとしても……。

 その時は師匠であるシルフィード様が『不合格ゲームオーバー』と言って、

 時間を巻き戻してリセットするでしょう」


「結局そこかよ!」


 誠はツッコミを入れた。

 どこまでいってもこの世界はエルフの掌の上だ。


「まあリスクばかりではありませんよマスター」


 メイはおでんのからしを添えながら、明るい話題を提供した。


「実はシルフィード様が長期滞在していることによって、

 地球防衛という意味では多大な貢献がなされているのです」


「貢献?」


「はい。考えてもみてください。

 銀河最凶の災害指定生物である彼女がこの地球に居座っているのです。

 その『気配プレッシャー』は銀河中に轟いています」


 メイは空中に星図を表示した。

 太陽系の周囲から無数の光点(異星人の宇宙船)が蜘蛛の子を散らすように逃げ出している映像だ。


「宇宙海賊侵略的な異星人寄生生物……。

 普段なら『おっ未開の惑星があるぞちょっかい出したろ』と寄ってくるような小悪党たちが、

 今は全員太陽系を避けて迂回しています」


「……なんで?」


「怖いからですよ。

 『あそこにはヤバい姐さんがいる』

 『近づいたら因果ごと消されるぞ』

 という噂が広まっています」


 メイは笑った。


「いわばシルフィード様は『最強の魔除け』です。

 玄関に鬼の生首を飾っているようなものですから、誰もセールスに来ません」


「……なるほど」


 誠は複雑な気分になった。

 地球は今平和だ。

 それは人類の努力でもメイの科学力でもなく、

 「ヤンキーの溜まり場になっているから近寄らんとこ」という宇宙規模の風評被害によって守られていたのだ。


「結果オーライ……なのか?」


「ええ。彼女が弟子育成に飽きるまでの数年あるいは数十年は、地球は銀河で最も安全な不可侵領域となるでしょう。

 日本政府もそれに気づいて、今では彼女への『お供え物(高級ワインやスイーツ)』を経費で落とすことを閣議決定しました」


「……あそう」


 誠はおでんの大根を口に運んだ。

 じゅわっと出汁が広がる。

 美味しい。

 理不尽な世界だが、大根は美味しい。


「まあいいか」


 誠はビールを煽った。


「俺たちが直接戦うわけじゃないし。

 あの中二病の子たちが世界の命運を背負って頑張ってくれるなら俺は応援するよ」


「そうですね。陰ながら見守りましょう」


 メイも自分用ダミーのカップにお茶を注いだ。


「彼らが立派な『魔法使い』になるかそれとも『ただの痛い大人』になるか。

 ……それも含めてシルフィード様にとっては面白いエンターテインメントなのでしょう」


 窓の外では雪がちらつき始めていた。

 東京のどこかにある高級ホテルで、今この瞬間も、

 「闇の炎に抱かれて消えろ!」と叫んでいる少年がいる。

 そしてそれを「いいわよ! もっと中二っぽく!」と煽っている女神がいる。


 そんなカオスな夜も、誠のリビングでは、ただの穏やかな夕食の時間として過ぎていく。


「……はんぺん食べる?」


「いただきますマスター」


 こたつとミカンと最強の魔除け。

 地球の冬は今年も平和だ。

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