第19話 長耳の神は「リセットボタン」を連打する
銀河の中心、いて座Aスターを包み込む超巨大構造体「バーチワールド」。
その第一層外交区画の回廊は、今日も今日とて、日常的なカオスと、理不尽な暴力の気配に満ちていた。
幅数キロメートルにも及ぶ広大な廊下の向こう側では、ちょうど「精神主義文明」と「機械主義文明」の代表者同士が、すれ違いざまの挨拶代わりに喧嘩を始めていた。
「おい、そこのポンコツ金属塊。
貴様の排熱ファンが、うるさいぞ。
我が種族の『霊的波動』が乱れるではないか」
全身が半透明のクリスタルで構成された精神生命体が、テレパシーで罵声を浴びせる。
「非論理的。
貴殿の『霊的波動』などという未定義なパラメータこそ、こちらのセンサーにノイズを走らせる、バグの温床だ。
即刻、デリート(存在消去)することを推奨する」
対するは、無数のケーブルと鋼鉄の装甲に覆われた巨大な機械知性体。
そのカメラアイが、冷酷な赤色に明滅する。
「ああん? やるか?
我が神の鉄槌を食らってみるか?」
「受けて立とう。
こちらの対消滅砲で、その脆い結晶ボディを、素粒子レベルまで分解してやる」
バチバチバチッ……!
空間が歪み、精神エネルギーの嵐と、反物質の火花が衝突する。
余波だけで、周囲の時空がガラスのようにヒビ割れ、近くを歩いていた小規模なガス生命体が「ひいいぃぃ!」と悲鳴を上げて、蒸発しかけた。
だが、この回廊を行き交う他の異星人たちは、誰も足を止めようとはしない。
「おーおー、やってるやってる」
「星系単位で因果を書き換えるレベルの喧嘩じゃないし、放っておけばいいさ」
「所詮は第1層(低次元エリア)の小競り合いだ。巻き添えを食ったら、リスポーン(再生成)すればいい」
それが、この銀河コミュニティの日常だった。
神ごっこをする子供たちが、核兵器をオモチャにして遊び回っている幼稚園。
それが、この場所の正体だ。
そんな騒がしい回廊の一角にある、優雅な「ティーラウンジ(という名の亜空間ポケット)」で、二人の女性(のような存在)が、優雅にお茶会を楽しんでいた。
一人は、先日、地球を観光して大満足で帰ってきたばかりの高位議員アリア。
そしてもう一人は、見るからにファンタジーの世界から抜け出してきたような、長い耳を持つ絶世の美女だった。
透き通るような金色の髪、エメラルドのような瞳。
そして背中には、光の翼のようなものが揺らめいている。
彼女の名は、シルフィード。
銀河でも指折りの長命種にして、因果律そのものを編み物のように操る「時空の織り手」の一族だ。
「へえ、アリア。
あんたがそんなヒューマノイド(人間型)のアバターを使ってるなんて、珍しいじゃない」
シルフィードは、カップに注がれた「星雲の雫(飲むと100年若返る)」を口に含みながら、面白そうにアリアを眺めた。
「ああ、シルフィード。
これが意外と、悪くないのだよ」
アリアは、地球で買ってきた麦わら帽子を大事そうに膝に乗せて、微笑んだ。
「先日、『テラ(地球)』という辺境の惑星に行ってきたのだがね。
そこが実にユニークでな。
不便で、非効率で、すべてがアナログだ。
移動するのに、わざわざ物理的に歩いたり、料理を手作業で作ったりするのだ」
「ふうん? 未開の惑星ってこと?」
「言葉を選びたまえ。
未開ではない、『趣』があるのだ。
それに、そこの住人たちは『因果律改変』も『時間逆行』も使えない。
一度起きたことは取り消せないという、スリル満点の『一発勝負』の人生を送っている」
アリアの話を聞いて、シルフィードの長い耳がピクリと動いた。
彼女の瞳に、退屈を持て余した神特有の危険な輝きが宿る。
「……へえ。
面白そうじゃん、それ」
シルフィードは虚空に指を走らせた。
そこには、青く輝く地球のホログラムが浮かび上がる。
「因果律改変能力もないような脆弱な文明なんでしょ?
一度壊れたら直せない、ガラス細工みたいな星……」
彼女は、舌なめずりをした。
「ねえ、アリア。
私、少し行って遊んでこようかしら」
「遊ぶ? 観光か?」
「うーん、観光っていうか……『実験』?」
シルフィードは無邪気に笑った。
それは、アリの巣を見つけた子供が、手に虫眼鏡と水鉄砲を持っている時の笑顔だった。
「一度滅ぼしてみて、どうなるか見てみたいのよ。
ほら、私って時間を巻き戻せるじゃない?
だからさ、ドカーン! って大陸を消し飛ばしたり、海を全部蒸発させたりして、そこの住人たちがどうやって絶望するかを観察するの。
で、飽きたら『キュルルンッ』って時間を戻して、元通りにしてあげる」
彼女は楽しそうに、指をくるくると回した。
「『死』と『再生』のループをプレゼントしてあげるわけ。
彼らにとっては地獄かもしれないけど、私にとっては最高の暇つぶしだし、彼らも最終的には生き返るんだから、文句ないでしょ?」
「……おいおい、シルフィード」
さすがのアリアも、苦笑した。
「あまり悪趣味なことは推奨せんぞ。
彼らは私の大事な『羊羹の供給源』なのだ。
精神崩壊させて、美味しいお菓子が作れなくなったら、どうする」
「大丈夫よ。
メンタルケアもセットでリセットしてあげるから!
それに……」
シルフィードの視線が鋭くなった。
「そこにいるんでしょ?
『プリカーサー(先駆者)』の遺産、メイとかいう機械が」
「うむ。
彼女は優秀なガイドだったぞ」
「ふふっ。先駆者のテクノロジー……。
かつて私たち『時空の織り手』と覇権を争った、忌々しくも偉大なライバル。
その末裔がどんな戦闘力を持っているのか、ちょっと小突いてみたいのよね」
シルフィードは立ち上がり、背中の光の翼を広げた。
周囲の空間が悲鳴を上げ、ティーラウンジの時間が歪み始める。
「決まりね!
私、地球に行くわ!
アリア、あんたのアバターデータ貸してよ。
私も人間に化けて、サプライズで登場してあげる!」
「……まあ、止めても聞かんだろうが」
アリアは肩をすくめた。
「ほどほどにしなさいよ。
あと、メイ殿は強いぞ?
あんたが油断してると、逆に痛い目を見るかもしれん」
「あはは! まさか!
いくら先駆者の兵器でも、所詮は『物理』でしょ?
こっちは『概念』をいじれるのよ?
勝負になるわけないじゃーん!」
シルフィードは、高笑いと共に空間の裂け目へと消えていった。
「……やれやれ」
残されたアリアは、冷めたお茶をすすった。
「まあ、いざとなったら私が仲裁に入るか。
……あいつ、時々時間を戻すの忘れて、そのまま別の銀河に遊びに行っちゃう癖があるからなぁ。
地球、運がないな」
数日後。日本、東京。
真田誠は、こたつの上でミカンを積み上げるという、極めて高度かつ無意味な作業に没頭していた。
季節はすっかり冬。
窓の外では木枯らしが吹いているが、最強の空調管理とD-Cellによる健康体を手に入れた誠にとって、寒さは風情の一つでしかなかった。
「……よし、四段目成功」
誠はミカンタワーの完成に満足し、写真を撮ろうとスマホを構えた。
プツン。
画面が暗転した。
「……あ」
誠の手が止まる。
この現象には覚えがある。
嫌な予感しかしない、あの「銀河からの直通電話」だ。
ブンッ!
ホログラムが展開される。
映し出されたのは、いつもの金髪青年グレイ・グーだった。
だが今日の彼は、いつもの飄々とした態度ではなく、少しばかり「引きつった笑い」を浮かべていた。
『やあやあ、サナダくん!
ミカン積んでる場合じゃないよ!』
「……見てたんですか」
誠はため息をついた。
「どうしました?
また誰か観光に来るんですか?
今度はカステラですか?
それともドラ焼き?」
『いやー、観光といえば観光なんだけどね。
……ちょっと「厄介」なのが向かったから、警告入れておこうと思ってさ』
「厄介?」
誠が首をかしげると、グレイ・グーは声を潜めた。
『来るよ。
「長耳のエルフ」が』
「エルフ?」
誠はファンタジー映画の住人を想像した。
森に住んでて、弓を持ってて、平和を愛する種族。
「なんだ、エルフですか。
可愛いもんじゃないですか。
D-Cellで若返った理会長とか見せたら、仲間だと思って喜ぶんじゃないですか?」
『……いや、そんな可愛いもんじゃないんだわ』
グレイ・グーは真顔で首を振った。
『彼女の名前はシルフィード。
種族は「時空の織り手」。
……簡単に言うとね、この宇宙の「設定データ」を書き換えられる管理者権限持ちだよ』
「……はい?」
『彼女にとって現実は「セーブ&ロード」可能なゲームに過ぎない。
気に入らないことがあれば時間を戻すし、面白い展開が見たければ、わざと災害を起こして反応を楽しむ。
……で、今回の彼女の目的は地球だ』
「ち、地球で何を?」
『「壊して直して遊ぶ」って言ってたよ』
誠の手からミカンが落ち、畳の上を転がっていった。
「……壊す?」
『うん。
大陸を沈めたり、人類を絶滅させたりして、その悲鳴をBGMにお茶をして、飽きたら時間を戻すんだって。
……あ、でも安心して!
最終的には「たぶん」大丈夫だから!』
グレイ・グーは、フォローになっていないフォローを入れた。
『彼女、基本的には元通りにする主義だから。
ただまあ……時々戻すの忘れて、「あ、飽きたから次の銀河行こーっと」って放置しちゃうこともあるけどね! テヘッ☆』
「テヘッじゃねぇよ!!」
誠は絶叫した。
エルフじゃない。邪神だ。
いや、邪神ですら生ぬるい。
ただの「飽きっぽいゲーマー神」だ。
『あとさ、彼女のもう一つの目的が「メイちゃんと戦うこと」らしいんだよね』
グレイ・グーは、さらに絶望的な情報を追加した。
『先駆者の遺産であるメイちゃんの戦闘力に興味津々なんだ。
だから、たぶん挑発のために派手なこと(東京消滅とか)やると思うよ。
……じゃ、頑張ってね!
健闘を祈る!』
プツン。
通信が切れた。
「……」
誠は転がったミカンを見つめたまま、硬直していた。
こたつの中で足がガクガクと震えているのが分かる。
「……メイ」
誠は対面に浮いている(ステルスモードを解除した)銀色の球体に声をかけた。
「今の……聞いたよな?」
「……はい、マスター。
全周波数帯域で傍受し、音声解析も完了しました」
メイの声は、かつてないほど低く、そして重かった。
いつもの「余裕」が、完全に消え失せている。
「シルフィード……。
『時空の織り手』の中でも、特に性格が破綻している個体です。
私のデータベースにある『出会いたくない銀河危険生物ランキング』で、堂々の第1位です」
「……勝てるのか?」
誠は縋るように尋ねた。
メイは最強だ。
地球の兵器も、アメリカ軍も、すべて無力化してきた。
彼女なら、なんとかなるはずだ。
だが、メイは沈黙した。
青い瞳が、不安定に明滅している。
「……物理的な戦闘力なら、互角か、私が上回るかもしれません。
反物質ミサイルも、ブラックホール爆弾も、私には通じませんから」
「じゃあ!」
「ですが……相手は『因果律』そのものを操作します」
メイは淡々と、しかし絶望的な事実を告げた。
「私が彼女を倒したとします。……その瞬間、彼女は『自分が負けなかった過去』、あるいは『私が攻撃を外した過去』にロードします。
私がどんなに完璧な作戦で追い詰めても、彼女は『それはナシ』と言って、盤面をひっくり返せるのです」
「……チートじゃん」
「はい。完全なチート(不正行為)です。
しかも彼女は、私が全力を出せば出すほど喜びます。
『わあ、すごい花火! もう一回見せて!』と言って時間を巻き戻し、永遠に戦闘を繰り返すでしょう」
メイはポツリと言った。
「私が張り合えば張り合うほど、地球が巻き添えを食う回数が増えるだけです。
……今回は、私の『力』が逆に仇になります」
「…………」
誠は頭を抱えた。
詰んでいる。
戦えば無限ループ。
戦わなければ一方的に虐殺されて、リセット(される保証はない)。
「ど、どうすれば……」
一時間後。
総理官邸地下危機管理センター。
もはや誠にとって「第二の家」とも言えるこの場所に、日本のトップたちが集結していた。
だが今日の空気は、これまでのどの危機とも違っていた。
「焦り」や「困惑」ではない。
完全なる「諦観」と「絶望」が支配していた。
「……ドラゴンボールかな?」
轟防衛大臣が虚ろな目で天井を見上げて呟いた。
「破壊神……いや全王様か?
気に入らないから消すね、飽きたら戻すね……。
そんな存在相手に、自衛隊が何の意味を持つんだ?」
「経済への影響とか、そういう次元の話ではありませんね」
理 正義会長も、いつもの覇気がない。
彼の手にはワイングラスではなく、胃薬の瓶が握られていた。
「株価がどうなるとか以前に、市場そのものが『存在したこと』や『しなかったこと』になるんですから。
リスクヘッジのしようがない」
御堂筋総理は、誠の手を握りしめていた。
その手は、氷のように冷たい。
「真田さん……。
貴方は銀河の管理者だ。
何か……何か手はないのかね?
銀河法で訴えるとか、クーリングオフするとか……」
「相手は、法の番人みたいな種族ですよ」
誠は力なく首を振った。
「グレイ・グーも言ってました。
『管理者権限持ち』だって。
ゲームの運営会社が『サーバーのデータ消します』って言ってるようなもんです。
プレイヤー(僕ら)に拒否権なんてありません」
「……ううむ」
総理が呻く。
「つまり……我々にできることは、彼女が『戻すのを忘れない』ように祈りながら、殺されるのを待つだけ……ということか?」
「そういうことになりますね」
メイが無慈悲に肯定した。
「彼女が地球に到着するのは明日。
おそらくアリア様と同じように『人間の姿』で観光客を装って現れるでしょう。
そして何かの拍子に――例えば『このカフェの店員の態度が気に入らない』とか『天気が悪い』とか、そんな理由で指を鳴らし、東京をクレーターに変えるはずです」
「理不尽すぎる……!」
金子大臣が机を叩いた。
「我々が何をしたと言うんだ!
真面目に働いて(週4日だけど)、税金納めて、平和に暮らしていただけじゃないか!」
「それが『運が悪かった』ということです」
メイは冷徹だ。
「宇宙には、嵐のように通り過ぎるだけの災厄が存在します。
それに理由を求めても無駄です。
……ただ一つだけ確かなことは」
メイの青い瞳が、赤く揺らいだ。
「彼女の狙いは、私との『遊び』です。
私が全力で相手をして、彼女を満足させられれば……
『楽しかったから、ちゃんと元通りにして帰ろう』と思ってくれる確率は、50%くらいに上がります」
「50%……!」
コイントスだ。
人類の存亡が、気まぐれな女神のコイントスに委ねられた。
「戦うんですか、メイさん」
誠が尋ねる。
「はい。避けては通れません。
私が逃げれば、彼女は『つまんない』と言って、地球をゴミ箱に捨てて帰るでしょうから」
メイは覚悟を決めたように言った。
「明日は私も、全リミッターを解除します。
東京……いや、日本列島の形が変わるかもしれませんが、どうせ直してもらう前提ですので、気にしません」
「気にするわ!」
誠は叫んだ。
「直らなかったらどうすんだよ!
俺の家も、買ったばかりのゲームも、全部消えるんだぞ!」
「その時は……」
メイはふわりと誠の前に降りてきた。
そして誠の目を見つめて、人間のように優しく微笑んだ。
「その時は私の内部宇宙に、マスターだけは避難させてあげます。
地球はなくなりますが、私の中で永遠に二人きりで暮らしましょう。
……それはそれで、悪くない結末かもしれませんね?」
「……っ」
誠は絶句した。
それはプロポーズなのか、それとも心中宣言なのか。
「……冗談じゃない」
誠は立ち上がった。
「俺は……地球がいいんだ。
あの狭い1LDKで、コタツに入って、ミカン食って、お前が作った美味い飯を食うのがいいんだ」
誠の目に、サラリーマン根性(ド根性)の火が灯った。
「総理! 理会長!」
「な、なんだ真田くん!」
「おもてなしです!」
誠は叫んだ。
「相手が神だろうが、破壊神だろうが、満足させて帰すのが『接客業』でしょうが!
戦って勝てないなら、接待で勝つしかない!
メイの戦闘力と、俺たちの『おもてなし力』の合わせ技で、あのアマ……いや女神様を骨抜きにして、気持ちよく帰ってもらうんです!」
「……!」
総理の目に光が戻った。
「そうか……そうだな!
我々には武力はないが、媚びへつらう技術なら世界一だ!」
「言い方はアレですが、その通りです!」
理 正義も立ち上がった。
「ドラゴンバンクの総力を挙げる!
世界中のシェフ、芸人、エンターテイナーをかき集めろ!
VR技術もフル動員して、彼女を飽きさせない『究極のエンタメ空間』を演出するんだ!」
「作戦名は『オペレーション・ラグナロク(神々の黄昏)』……いや、『オペレーション・土下座』だ!」
轟大臣が吠える。
「よし、やるぞ!
日本政府の底力を見せてやれ!
明日、地球は滅びるかもしれないが……
滅びるその瞬間まで、最高の笑顔で『いらっしゃいませ』と言ってやるんだ!」
こうして、人類史上最も過酷で、最も卑屈な戦いの幕が切って落とされた。
相手は、時間を操る、わがままなエルフ。
迎え撃つは、全能のメイドと、死に物狂いの社畜たち。
地球の運命は、明日の「おもてなし」にかかっている。
(第二部 第8話 完)




