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徳島第一高校ゼンタイ部  作者: まとら 魔術


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9/13

ACT.8

 その日の放課後、講堂裏の倉庫に風が吹き込んだ。

 6月最後の金曜日、梅雨の湿気を孕んだ風だった。


 ゼンタイ部の部員たちは、いつもより早く活動を終え、順に“被膜”を脱いでいった。

 白熱灯の下でファスナーの音が続けて鳴り、汗を含んだ布が肌から離れるたびに、

 何かを“終える音”がしていた。


 佐々波いつきも、自分の白ゼンタイを丁寧に畳みながら、

 その布の内側に染みついた1学期の記憶を、なぞっていた。


 ——入学式。

 ——初めての奉納。

 ——ゼンタイウォーク。スリスリ。るなと歩いた街。赤ちゃんに触れた日。

 どれも名前のない記憶。でも、肌ではなく布が覚えている。


「いつき。これ、預かってて」


 遥香が差し出したのは、小さな封筒だった。


「中身は“夏用の布”。通気性のいいゼンタイ地よ。

 夏の間も、布の感覚を忘れないでいられるように」


「……ありがとうございます」


 封筒を受け取った手が、少しだけ汗ばんでいた。

 けれど、その湿り気さえも、布はそっと飲み込んでくれる。


 家に帰ると、リビングのカーテン越しに蝉の声が聞こえ始めていた。

 るながソファの上で寝転びながら、絵日記を書いていた。


「ねえ、お姉、今日で1学期終わりでしょ?

 ゼンタイ部ってさ、通知表とか出るの?」


「出ないけど……

 きっと出たら、“静けさの成績”とか“布のなじみ具合”でつけられるよ」


「じゃあ、さえちゃんは“包まれ度100点”だね」


 いつきは微笑んで、黙って頷いた。

 赤ん坊の紗衣は、今も母の腕の中で眠っている。

 ゼンタイを纏わなくても、その子の周囲には**“目に見えない布”が流れている**。


 その夜、布団の中で、いつきは夏用の布を頬に当てた。


 風が吹く。

 汗がにじむ。

 でも、布は何も言わず、それを包んでくれる。

 “静けさの肌触り”だけが、布越しに確かに残った。


 ——もうすぐ夏が始まる。


 ゼンタイのない時間が、少しだけ続くかもしれない。

 でもそれは、“脱いでしまう”ことじゃない。

 布の中にいた時間を、心の奥にたたんでしまっておくだけ。


1学期が終わった。

でも、ゼンタイは終わらない。

夏がきても、きっと私は包まれている。

見えなくても、被膜は心のすぐそばにある。


——佐々波いつきの、1学期の終わりの記録より


 山奥の空気は、少し青い。

 水の気配が残り、木々のざわめきがどこか布擦れの音に似ていた。


 潮見高校ゼンタイ部、夏合宿一日目。

 場所は、学校が所有する古い合宿施設「潮見のいおり」。

 廊下は板張り、部屋には畳。エアコンは最低限。だが、**“外界の音が届かない”**という点では、これ以上ない理想だった。


 佐々波いつきは、受付を済ませて荷物を畳の上に置いた。

 窓の外には川の音。部屋の中には、まだ誰もいない。

 バッグの中で、合宿用のゼンタイが静かに待っていた。


「——集合」


 遥香の声が廊下に響いた。

 その一言で、すべてが始まった。


【合宿一日目・夜】


 食事も入浴も済ませ、すべての灯りが落とされた夜。

 部員たちは**各自の“布部屋”**に集まる。

 “布部屋”とは、ゼンタイ専用に設えられた空間で、一切の音声禁止。

 布の音、布と空気の接触、布と床の呼吸——それだけで会話をする。


 いつきは、貸与された墨黒の夏用ゼンタイを着込み、深く息をついた。

 その瞬間、思考の輪郭がぼやけていくのを感じた。

 自分の肌が“誰かに説明する必要のないもの”になっていく。


 ゆっくり、床に膝をつく。

 四方には同じくゼンタイ姿の部員たち。皆、沈黙。


 誰が誰かは関係ない。

 ここでは、**“布でできた存在たち”**が、静かに共鳴しあっている。


【合宿二日目・朝】


 早朝、川辺でのゼンタイ瞑想。

 木漏れ日がゼンタイに透け、光と影が布に踊る。

 湿気を含んだ風が全身を包むが、ゼンタイ越しに感じると、それは不思議とやさしく、侵入ではなく**“合流”**に思える。


 遥香が手を上げると、部員たちはゆっくりと立ち上がり、

 無言のまま、森の中へ歩き出す。


 ゼンタイウォーク。

 枝葉を避け、落ち葉を踏まず、虫の音に耳を澄ませながら、

 一歩、一歩。足裏と布と大地の対話。


 森全体がゼンタイになったかのような沈黙。


【合宿二日目・夜】


 儀式はない。叫びも、宣言もない。

 ただ、ひとつだけ——全員で“擦る”時間がある。


 輪になって座り、

 隣のゼンタイを、10分だけ撫で続ける。


 それ以上でも、それ以下でもない。

 撫でながら、擦りながら、自分が擦られていることにも意識を向ける。


 スリ……スリ……スリ……


 **ゼンタイスリスリは、ゼンタイ部における“会話”**であり、

 “評価”でも“慰め”でもない。“存在確認”——それだけだ。


【合宿三日目・帰還前】


 最終日の朝、遥香が静かに言った。


 「ここで得た感覚は、“着るもの”ではなく、“沈黙のための言葉”です。

 布に包まれることで、言葉が必要ない時間があったことを忘れないで。

 夏の間、ゼンタイを着なくても大丈夫。

 でも、布の感覚を手放さないで——それが、あなたの中心だから」


 その言葉に、誰も声を返さなかった。

 だが、誰もが深く頷いた。


 帰りのバスの中で、いつきはリュックの中からゼンタイを取り出し、

 小さく折りたたみ、布にそっと頬を押し当てた。


 「布は着なくても、肌の下で呼吸している」

 そう感じた三日間だった。

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