ACT.1
桜が散っていた。潮見高校の校門には「入学式」の看板が掲げられ、黒いスカートの裾とタイツに包まれた脚が列をなしていた。まるで無数の脚だけが、校門から溢れていくように見える。
佐々波いつきは、その流れに混じっていた。
脚には、母が買ってくれた新品のネイビーの80デニールタイツ。若干きつく、太ももの裏が軽く締め付けられている感じが心地よくもあり、落ち着かなくもあった。
「おっ、新入生か?いい脚してんじゃん!」
唐突に、声をかけられた。
見ると、ツインテールの先輩が校門の脇に立ち、黒光りする全身タイツ姿でポーズを取っていた。顔まで覆われていて、表情すら読めない。それなのに、どこか挑発的で、どこか誇り高い雰囲気をまとっていた。
「へ?」
「そのタイツ、センスあり。80デニールで色選びに冒険する子、今年は少ないのよ。名乗りなよ、新入生。」
「さ、佐々波……いつき、です。」
「佐々波。いい名ね。記憶した。ゼンタイ部、来なよ。放課後、講堂裏。」
先輩は指先でVサインを作り、颯爽と校舎の影へ消えていった。
残されたいつきは、まだ心臓の鼓動の収まりきらない胸を押さえながら、校門をくぐった。
入学式は形式通りだった。
校長の長い話、女子生徒代表による「新生活におけるタイツの心構え」スピーチ、生徒会長による「本校のタイツ美学」朗読。
だが、クラスに戻ると様相は変わった。
「今年もゼンタイ部が暴れてたらしいよ。講堂前でマネキンになってたって。」
「マジで? 顔まで包むのはやりすぎっしょ……あたし30デニールすら暑いのに……」
「タイツ芸術っていうか、もう宗教じゃね?」
「でもさ……なんか、かっこよくない?全身で“被る”って。」
ざわめく声の中、いつきは目を閉じた。思い出すのは、あの黒い先輩の全身タイツ姿。言葉では言い表せない美しさと異様さ。そのバランスが、妙に心に焼き付いていた。
放課後、部活紹介が体育館で行われた。バレーボール部がトスを披露し、演劇部が即興芝居をし、茶道部が抹茶の香りを漂わせる中、舞台の照明が一度すべて落ちた。
そして、舞台の中央に現れたのは——
黒い人影五体。
まるで生きた彫刻のように、全身タイツに包まれて無言で立つ。音楽も効果音もなく、沈黙だけが支配した。
一人が静かにポーズを取ると、他の四人が続く。右手を上げ、背中を反らし、脚を交差しながら回転する。
その動きは、バレエのようであり、儀式のようでもあった。
ざわ……と体育館中に戦慄が走る。空気が濃くなる。呼吸音すら遠くなるような時間。
「ゼンタイ部、です」
と、静かに声がした。
舞台袖から、妊娠中の女性教師が現れた。腹部が大きく膨らんでおり、それを優しく支える手が印象的だった。彼女もまた、艶のあるグレーのマタニティタイツを穿いていた。
「顧問の…堂ノ内優子です。部員の演舞、ありがとうございました。ゼンタイ部は、“自分の内面を被ることで、真の自己を知る”部活です。顔を、心を、脚を覆って、なお美しく。興味がある方は——講堂裏へ」
ひとつ、腰をかがめて礼をすると、舞台照明が切れ、沈黙が戻った。
まるで何もなかったように、次の部活紹介が始まる。
講堂裏、いつきは立っていた。
脚が震えていた。緊張か、興奮か、恐怖か。自分でも分からない。
だが、足元を覆うタイツが、その感情すべてを包み込んでくれている気がした。
「ようこそ、ゼンタイ部へ」
あの全身黒タイツの先輩が、そこにいた。
その背後には、妊婦の堂ノ内先生が、穏やかな表情で立っていた。
「ようこそ、佐々波さん。あなたの脚と、心と、未来を歓迎します。」
——そして、ゼンタイの扉が、静かに開かれた。




