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徳島第一高校ゼンタイ部  作者: まとら 魔術


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13/13

ACT.12

 10月下旬、放課後。

 ゼンタイ部ではない一室で、非公式の活動が進められていた。


 「布に香りはあるか」

 「布に音はあるか」

 「布は熱をどう伝えるのか」


 ——これは部活動の延長ではない。

 “布を着る以前に、布がどれだけ人に作用しているか”を観察するための研究だった。


 部長・遥香が“顧問不在の間の自由研究”として許可を得て、

 佐々波いつきを含む希望者4名で始めた静かな布実験。

 通称《静布せいふ観測》。


●香り:記憶と結びつく繊維の輪郭


 いつきは、洗濯前・直後・数時間着用後のタイツをそれぞれ布パッチにして、

 目を閉じて順番に嗅ぎ分けた。


 「これは……合宿の日のにおい……」

 「こっちは……家庭科の授業後……」


 視覚を遮断し、嗅覚だけで“いつどこで履いたか”を思い出す。

 布は記憶を吸収している。


 とくにゼンタイ用素材は、汗や石鹸、空気中の匂いを極めて強く留める性質があり、

 香りとともに、そのときの体温や緊張感さえ甦ることがあった。


●音:布と空気の摩擦がつくる小さな言葉


 別の部員は、

 異なる厚さのタイツを太ももに貼りつけてから足を組み替え、

 そのとき生じる摩擦音を録音していた。


 「30デニールは“しゃっ”…って高音。80になると“しゅっ”に変わる。

  100だと“すっ”…って、ほとんど聞こえない」


 布と脚の隙間の空気量が、音の質を変える。

 さらに布同士を擦り合わせると、まるで何かを囁いているような音列が記録された。


 これはただのノイズではない。

 布が発する“内側からの言語”である可能性があった。


●体温:包まれた熱が放つ“身体の在処”


 最後の観測は“体温”。

 タイツを着用した脚部と、着用していない脚部の表面温度をサーモグラフィで比較。

 さらに布の内側に小型温度センサーを入れて、微細な上昇と下降を記録する。


 結果、60分間静止した状態でも、

 タイツ内部の熱は静かに変化し、呼吸や心拍と連動していた。


 これは、布のなかで人が“生きている証明”とも言えた。

 **ゼンタイとは、“外部から可視化された生の震え”**をそのまま映し出すものだった。


 いつきは記録ノートを閉じた。

 そしてふと思った。


 「包まれることは、“沈黙する”ことじゃない。

  むしろ、静かに語ることそのものなんだ」


 言葉のいらない布。

 音にしない会話。

 触れないで交信する熱。

 ゼンタイの本質は、そこにあるのかもしれない。


 夜、帰宅してタイツを脱いだとき。

 脱がれた布がすこしだけ床に擦れ、“しゃっ”と鳴った。


 ——それはまるで、「また明日ね」と言っているようだった。


 日曜日の朝、目覚ましの音もなく、いつきは自然に目を覚ました。

 薄曇りの空がカーテン越しに射し込み、部屋の空気を優しく包む。

 マットブラックのゼンタイにくるまれたまま、彼女はそのままベッドの中で伸びをした。


 タイツを着たまま寝ることにも、もうすっかり慣れていた。

 眠りに落ちる前のぬくもりも、目覚めと同時に感じる布のやわらかさも、

 すべてが“自分の皮膚の続き”のようだった。


 キッチンに降りると、母はエプロン姿でパンを焼いていた。

 足元には、濃いボルドーのタイツ。

 「おはよう」の代わりに、パンの香ばしい香りが挨拶を返す。


 リビングでは、るながこたつに潜り込んでいた。

 彼女はグレージュの60デニール。

 読んでいたのは“布日記”。タイツの履き心地だけを淡々と記す手帳だ。


 「昨日の体育、すっごい汗かいた。

  でもね、タイツの内側がずっとさらっとしてて……なんか、安心だった」


 そう呟いて、またペンを走らせる。


 午後。姉妹は一緒にゼンタイ散歩に出かけた。

 るなはゼンタイではなく、いつものタイツとワンピース。

 いつきはゼンタイの上に薄手のパーカーワンピを重ねる。


 公園の芝生に寝転ぶと、

 ゼンタイの布越しに草の冷たさがゆっくりと伝わってくる。


 「布って……外の世界を、ちょっと遅れて届けてくれるんだね」

 るながつぶやく。


 「そう。音も、光も、風も……直接じゃなくて、ワンクッションある。

  だからきっと、痛いことも優しくなるんだと思う」


 帰り道、文房具屋に寄った。

 新しいタイツ用の柔軟剤、香りつきの小型スプレー、

 そして布日記のためのシール帳。


 るなが嬉しそうに布に貼るシールを選ぶ姿を見て、

 いつきは静かに笑った。


 夜。

 入浴を終えたいつきは、紺のハイネック型ゼンタイを身にまとう。

 るなは、バスローブの下に80デニールのダークグレーを履いたまま。


 部屋の明かりを落として、

 カーペットに寝転び、姉妹は天井を見上げた。


 「ねえ……布がない世界って、想像できる?」

 「ううん……もう、できない」


 それは重たい意味じゃなかった。

 ただ、そこに布がある生活が、ごく自然に根を張っていた。


 何も起こらない一日。

 でも、布はずっとそこにあって、肌に、声に、記憶に、そっと触れている。


 ——それは、

 この世界の少女たちにとって、最も静かで豊かな“日常”だった。

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