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徳島第一高校ゼンタイ部  作者: まとら 魔術


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11/13

ACT.10

 八月最後の金曜日、夕刻。

 まだ陽は落ちきらず、セミの声も遠く残っている。

 しかし、徳島第一高校・講堂裏の小道は早くも秋の気配を含んでいた。


 ゼンタイ部員たちは、その小道の先にある**地下の和室「幽布の間」**に集まっていた。


 ここは、校内にも記録されていない空間。

 ゼンタイ部が代々、布を思い出すためだけに用いる、“記憶の場”。


【入場】


 入り口で渡されるのは、夏中に着用したタイツやゼンタイから切り取られた布片。

 それを、左胸の位置に静かに貼りつける。

 誰にも見せず、何も言わず、それが“私がこの夏に包まれていた証”となる。


 佐々波いつきは、

 合宿時のグレージュゼンタイの一部を、小さく折って受け取った。

 それは肌にすいつくような感触で、まるで「おかえり」と言っているようだった。


【座す】


 和室には、灯りがない。

 唯一あるのは、壁一面に垂らされた白いタイツ地の幕と、中央に敷かれた布台座。

 部員たちはゼンタイを纏い、台座の周囲に無言で座り込む。


 その場に発言権はない。

 記憶を語ることも許されない。

 代わりに、“布を使って”思い出す。


【布の追想】


 順番にひとりずつ、台座の前に出て、

 自分の布片を台座に置き、その上にそっと指を滑らせる。


 ——合宿の夜に汗で貼りついた布。

 ——勉強中、膝裏に感じた湿気。

 ——自宅で妹と並んで座ったときの静かな張り。


 それらを、指先で「撫でて、思い出す」。


 擦ることで、過去の布が“いまの心”と重なる。


 佐々波いつきは、グレージュの布片を置き、

 膝をつき、目を閉じたまま、指で三周、ゆっくりなぞった。


 何も起きない。

 けれど、確かに“身体の内側”で、静かなざわめきが戻ってきた。


 あの日々は消えていなかった。布は、皮膚ではなく、記憶に貼りついていた。


【布幕の共振】


 最後に、全員で壁の白い幕の前に立つ。

 それぞれが、幕にそっと額を押し当てる。

 その白い布には、部員全員の夏の布片が縫いこまれている。


 これは“誰かの布でできた布”。

 いわば、記憶の集合体。


 額を当てた瞬間、誰かの汗、誰かの歩幅、誰かの静けさが、微かに伝わってくる。


 声もない。表情も見えない。

 けれど、「この夏に布で息をしていた者たち」が確かにここにいる。


【終礼】


 部長・堂ノ内遥香が、最後に短く告げる。


 「ゼンタイを着なくても、あなたの内側にはまだ布があります。

  それを忘れずに、秋に会いましょう」


 誰も返事はしない。

 ただ深く、礼をする。


 帰り道、いつきは制服に戻っていた。

 けれど、脚には変わらず、60デニールのグレーが纏われていた。


 夕風が布を撫でるたびに、今日の白い幕の手触りが蘇る。


 ——あの夏の日々が、脚に戻ってくる。


 それだけで、秋を迎える準備が整ったと感じられた。


 始業式の朝、佐々波いつきは、いつもより静かに制服を着た。

 シャツ、スカート、ネイビーの80デニールタイツ。

 その一つひとつを、まるで**“記憶の帯を巻くように”**丁寧に。


 鏡の前、裾を整えたとき、ふと気づく。


 ——自分はもう、「タイツを穿く」ことを意識していない。


 呼吸と同じ。

 皮膚のすぐ下に、常に“もう一枚の肌”がある。

 それがゼンタイであり、タイツであり、自分の輪郭そのものだった。


 学校へ向かう道。

 蝉の声は減り、空の色も淡くなっていた。

 歩く女子生徒たちの脚もまた、それぞれの布の選択を身にまとっていた。


 50デニールのくすみ茶。

 30デニールの透けた黒。

 100デニールの真っ白。

 みな、夏の間に“なにを包むべきか”を学び、選び取った布だった。


 けれど、そのなかで——

 いつきのタイツだけが、どこか**“声を持っているような”静けさ**を帯びていた。


 ゼンタイ部の部室は、以前と何も変わらず、

 ただ風が一枚多くなったような空気だった。


 「おかえりなさい」


 部長・遥香が小さく頷く。

 その声が、布を通したように丸く響く。


 再集合した部員たちは、それぞれ夏に使用した布片を小箱に納めていた。

 それは、記録ではない。保管でもない。

 “包まれた時間”を供養する、静かな儀式だった。


 昼休み。

 るなが廊下でいつきを見つけて、軽く手を振った。


「ねぇお姉、今日のは何デニール?」


「80。去年の秋と同じやつ。ちょっと暑いけど……落ち着くから」


「ふーん……じゃあさ、るなも、

 “勉強するとき用のタイツ”って、作ってみようかな」


「それ、いいと思う」


 ふたりの間に流れる風が、

 ほんのわずかに、布を通した記憶の香りを残していた。


 放課後、ゼンタイ部は活動報告を再開した。

 しかし、新しい奉納も儀式もない。


 そのかわり——


 「今はまだ、“布の予感”を持つだけでいい。

  秋は、触れた風の冷たさがあなたを包んでくれるから」


 遥香はそう言って、

 部室の奥から、秋用ゼンタイのサンプル生地を取り出した。


 それは、濃灰にうっすら紫が混じった重厚な織だった。

 触れるだけで、背筋がぴんと伸びる。

 まだ暑い教室の中で、すでに秋の気配が纏わりついてくる。


 佐々波いつきは、タイツに包まれた脚で机に向かった。

 ノートを開き、書く。

 腕を動かすたび、太ももに伝わる布の張り。

 それが、**“自分をここにとどめておく力”**になっていた。


 ゼンタイを脱いでも、

 合宿が終わっても、

 夏が過ぎても——


 彼女の中心には、いまだ柔らかな被膜が重なっていた。

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