7:モウグリ領主の捕縛後
北大陸バラスキャルブ、ルーク王国の最東端に位置する街モウグリのカフェのオープンテラスで紅茶を嗜んでいる美女がいた。そこに1人の衛兵の男性が近づき、目立たないように声をかけた。
「冒険者ギルドの受付嬢は人気があるのに1人でいるのか?そういえばお前の浮いた話って聞いたことがないな」
「余計なお世話よ。あなたこそフラフラしてていいの?」
衛兵の男性は右頬をかきながら照れるように、
「このあとキャサリンとデートなんだ。少し時間を潰そうと思ってな」
受付嬢はジト目をして、
「嘘ね。あなたの行きつけのいかがわしいお店の子だっけ?それより衛兵の仕事はいいの?」
「おお、これはこれは手厳しい。衛兵の方は今は問題ない。ヒサノリとサイの取り調べは事務がたが担当している。そっちこそ昼間からカフェでのんびりしてていいのか?」
「誰かさんが根回しもなく大物を捕獲したせいで昨日から街が機能してないのよ。冒険者も捜査や裏取りに駆り出されて、受付嬢は臨時休業よ」
受付嬢は、やれやれ、と言った様子をしている。
「それはすまないことをした。あの領主は、表立ってはいい領主だったからな。街の混乱も大きいのだろう」
「とはいえ、私たちにとっては大きな一歩だったんじゃない?お疲れ様」
そう言いながら、冒険者ギルドの受付嬢は口をつけていなかったお冷のコップを衛兵の男性にわたした。
「おう、ありがとう。それもそうだな。職権濫用をはじめとする犯罪行為の証拠を隠そうとしていたようだが、色々なところに矛盾があって稚拙な隠蔽工作だったから事前にある程度の予想はついていた。けれど、さすがに権力を握っている領主館に乗り込めないから今回の件は渡に船だった」
「それが本題?」
「ああ。今回の立役者であるユカという冒険者は知っているか?」
冒険者ギルドの受付嬢は、思い出すような仕草をしてから答えた。
「数日前に私が対応した子ね。あの子可愛いわよね。もしかしてあなた未成年に興味があるの?」
「それはあの領主だろう」
「そういえば、酒場であの子と会ったんだっけ?唆したの?」
「なんで会ったのを知って、」
受付嬢は笑みを深めるだけだった。
「いや、なんでもない。唆してはいない。さすがに未成年の女の子を意図的に巻き込まない。人攫いに捕まっていたのは本当にたまたまだった」
受付嬢は衛兵の男性の顔をまじまじ見てから。
「本当のようね。それに、未成年への淫行は権力者の間では珍しいことではないし、もともと決定打にならないわね。あの子がどうしたの?」
「彼女が戦っているのを見たんだ」
「それで?」
「無詠唱で複数の魔法属性を操っていた。魔力量も底が知れない」
この情報には受付嬢も驚いた様子を見せ、少し考えるそぶりをしてから、
「黒きホウキ星が天に落ちる時、」
衛兵の男性が言葉をつないだ。
「魔に長けた黒き英雄が現れ偽りを正さん」
「あなたはあの子がそうだと?」
「ああ。この前黒いホウキ星が流れただろう?タイミング的にちょうどいいし、彼女がこの街に来る前の足取りが追えない。それに、珍しい黒髪黒目で、魔法にも長けている」
「・・・黒いホウキ星が流れたのは事実ですし、私たちにとって予言の人物が現れるのは追い風よ。とはいえ、魔に長けた、が魔法に長けた、とは限らないし、黒髪黒目だからといって黒き英雄とは限らないでしょう?本当に予言の人物がいるのだとしても、黒い鎧を愛用しているとか別の可能性もある」
「それもそうだが、疑い深いんだな」
「当たり前でしょう。私が情報の扱いを誤るとかなりの損害が出るのよ。上部だけそれっぽいというだけで決めつけないわ」
口ではそう言いつつも、受付嬢は、「この男って野生の直感があるのか結構当たるのよね。ララちゃんの助っ人になったのも直感って言ってたし・・・」と考えていた。
「・・・そうだな。ちなみにあっちはどうなっているんだ?」
衛兵の問いに、受付嬢は「あっちというと、神聖公国アイギスかしら?」と考えて、頭を抱えながら答えた。
「詳しくは知らないけど、1ヶ月前にホウキ星が流れてから黒き英雄の可能性が高いとされる人物が何人もあがっているそうよ。世間にはこの予言は広まってない段階でこれだから彼らは困ってるみたいね」
「その様子からすると偽物か」
「おそらくね。それにしても、あなたが人攫いに口止めしていたのもあの子が予言の人物だと思ったからだったのね」
「・・・俺の情報統制は下手だったか?」
「そうでもないわよ。無能はうまく排除できているみたい」
「そうか・・・それでもお前みたいな有能には通用しないんだな」
「そんな落ち込まないで。あなたはあの場でできることをちゃんとしたわ」
そこで、2人がいるカフェに他のお客さんが入ってきた。
当の衛兵の男性は、受付嬢が優しげに慰めてきたことに対してつけあげってしまったのか、お客さんが入ってきたことを意に介さず、
「なぁ、1人ならこの後俺が相手を、」
「キショい。あなたみたいな軽薄な男はタイプじゃないって言っているじゃない。キャリンちゃんのいる行きつけのお店にでも行けば?」
食い気味で切り捨てた受付嬢は先ほどの優しげな雰囲気から一転して、冷えきって汚物をみるような目をしていた。
「こわ。ギルドの顔なのに・・・」
「受付嬢がお淑やかなだけの可憐な花だなんて幻想よ。荒くれ冒険者を相手にしているのよ?」
「そうかもしれないが、」
「『そうかもしれないが』、なぁに?」
とてもいい笑顔で言われて、衛兵の男性は何もいうことができなかった。
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一方、ユカはサンノの家にいた。昨日はララとサンノの時間を邪魔しないように宿に泊まっていて、今日改めて会いにきていた。
「ユッカのおかげでサンノを助けることができた。改めて礼を言う」
「ララの嗅覚のおかげよ」
「ユカちゃん私からもお礼を言わせて。ありがとう」
「いえいえ、気にしないでください!」
警察の時は市民を守る機会がなかったけど、実際にお礼を言われるとこそばゆいものがあるわね。
「そういえば、サンノさんはどうして人攫いに捕まってしまったんですか?思い出したくなければ無理には聞きませんけど・・・」
「森できのこ狩りをしていたら突然攫われてしまって」
「その時あたしは近くの川で魚を捕まえててそばにいなかったんだ。戻ったらいなくなっていた。次の日、その森の近くの馬車からサンノの匂いがして、追っていたら人攫いの現場に遭遇した」
「そうだったの・・・」
サンノさんとララは、今ではなんともない様子で話しているけど・・・。
私が沈んだ顔をしていたからか、サンノさんが
「そんなに気にしないで。こうして無事に戻ってこれたんだし!」
「そうだぞ、ユッカ。街の行方不明者は全員帰ってきたんだ。あのバカ領主の不正も暴いたし、誇っていい」
「それはそれでなんか照れるわね・・・」
「私が誘拐されたばかりに、ララにも迷惑をかけたわね」
「気にしなくていいぞ」
ララがフォローしてもサンノさんの顔色は晴れていない。おそらく、狼少女のことを気にしているのだろう。
サンノさんが私の方を向いた。
「ユカちゃんはこの後どうするの?」
「うーん、そうですね。旅を続けようと思ってます」
「二人とも仲が良いようだし、ララも連れていってくれない?」
「サンノ?どういうことだ?」
ララはびっくりしたようで、耳と尻尾がピンっとたっていた。
「狼少女が濡れ衣だったと明らかになっても、この街には居づらいでしょう?」
「それはそうだけど・・・」
「あなたが冒険や旅に心惹かれているのは知っているわ。そのために、この街で冒険者として実績を積んでいたのも知っているわ。そろそろいいんじゃないかしら?」
「サンノのことが心配だ」
「気持ちは嬉しいけど、街の改革も進むでしょう。今以上に安全になるわ」
「それでも、」
「あなたが私のことを育ての親のように慕ってくれるのは嬉しいわ。けど、だからこそあなたの可能性を潰したくないの。それにいつでも帰ってきていいのよ」
ララは迷っているようで耳が立ったりパタっとへこんだりしている。その様子をみたサンノさんが言葉を続けた。
「それに、今回の被害者である私たちの身辺警護を強化すると衛兵の人たちが約束してくれたわ。街の行政からも、謝罪の意味を込めて慰謝料と護衛兼使用人を派遣してくれることになっているの。行政の方は口止め料だとは思うけど、今まで通り暮らす分には私の身の安全は確保されるでしょうから、ララも冒険に行ってきなさい」
少ししてかた、ララがやっと顔をあげた、まだ少し迷っている部分もありそうだけど、結論がでたようだ。私としても、一人旅よりもララと一緒の方が嬉しい。
「わかった。もしサンノになんかあったらこの街を滅ぼしてやる」
唐突な過激な発言に私とサンノさんの顔が若干ひきつった。ララは気づいていないようで、そのまま私に話しかけてきた。
「ユッカ、あたしも旅についていっていいか?」
「もちろん!私からもお願いしたいくらいだわ!」
「それはよかった」
ホッとしたような様子のララを見て、私とサンノさんは目を見合わせた。
それから、三日後。私とララは準備を整えてモウグリを出発した。




