6:人攫いで領主を釣る
ユカとララ、街の衛兵が協力して人攫い全員の捕縛が終わった。
ユカと衛兵の一人の目があい、お互いの顔を見つめ合った。
「・・・宿の一階の酒場であった男の人ですか?」
「おそらくそうだ。あの時と雰囲気がまるで違うな。どこかの令嬢みたいだ」
「ちょっと変装しまして」
「もしかして人攫いの囮になったのか・・・?」
「そうともいいます」
少し呆れた様子を見せた衛兵の男性は、ちらっと人攫いの方を見てから私に小声で話しかけてきた。
「色々な属性が使えるようだが、風魔法も使えるか?」
複数属性が使えるのは当たり前じゃないの?とは思ったけれど、とりあえず答えた。
「はい、使えます」
「そうか。俺が合図したら、軽くでいいから見せてくれないか?」
「?それはかまいませんけど・・・」
「助かる!」
衛兵の男性は、人攫いのリーダーに話しかけた。
「このままだとお前ら極刑の可能性があるぞ。覚悟はいいか?」
「何言ってるんだお前?人攫いで極刑はありえないだろう」
人攫いの男性は小馬鹿にしたような笑みを浮かべている。
「攫ったのがただの一般人だったら、な。相手に立場がある場合でも同じことが言えるか?たとえば、攫った相手がお忍び中の高位貴族だった場合とか」
「はっ!そんな都合いいことがあるわけないだろう!」
人攫いのリーダーは小馬鹿にしたような声の調子で、さらにつけ上がっている。
そこで、衛兵の男性が私に目配せをしてきた。
今風魔法を見せろってことかしら?
「風よ!」
私は右手の掌の上に小さなつむじかぜを発生させた。
それを満足げに眺めた衛兵の男性が人攫いに改まって声をかけた。
「どうやらあの育ちが良さそうで変装もしていそうなお嬢様は、”風”魔法が使えるようだ」
ニヤッとわらう衛兵の男性。一方、人攫いの人たちは急に青ざめた顔をした。
「違う!知らなかったんだ!」
「本当か?あのお嬢様の教育を受けてそうな様子、育ちが良さそうなう様子を理解した上で、攫おうとしたんじゃないのか?俺はこの街の衛兵だ。時にはお忍びの護衛の話がくる場合もある」
「いや!それは・・・」
「お頭、そういえばあの女、誰かと待ち合わせてるって言っていやせんでした?」
どんどん人攫いの顔が青ざめていく。衛兵の男性がうまくやっているのはわかるのだけど、私からすると話が見えない。待ち合わせもあの場で適当に言っただけだったのに、なぜか話が噛み合ってしまっている。
「しかし、俺も鬼じゃない。一般的に貴族令嬢が攫われると醜聞になりえる。取引をしようじゃないか」
人の悪そうな笑みを浮かべる衛兵の男性に、懇願するような顔を向ける人攫い達。
正直どちらかが悪役かわからないわね。
「・・・わかった。何をすればいい?」
「あの子を攫ったこと、ここにいることを口外しないでくれ。それと、ヒサノリとサイの情報を教えてくれ」
「前者はいいが、後者は」
「所詮金で雇われた関係だろ?どのみち切られるぞお前ら。下手したら口封じされるんじゃないか?こっちの取引にのってくれれば犯罪奴隷くらいで手を打とう」
無言で考えていた人攫いのリーダーは口を開いた。
「わかった。知っていることを話そう」
「そうか。時間が惜しい。取り調べ担当の衛兵もいるからこの場でそいつに話をしてくれ」
衛兵の男性が私の方を見たので、視線で問うてみた。
(どういうことよ?)
(わかったわかった、説明するから)
「それで、どういうこと?」
「ルーク王国は知っているな?」
「ええ。ハースト帝国の皇帝家の分家が王権を握ってて、この大陸で影響力がもっとも大きい国でしょう?」
「まぁその認識であっている。あの王家の人間はな、風魔法が得意なんだ」
風魔法の部分を強調しながらニヤッとした衛兵の男性をみて、思わずため息がでた。
「はぁ、私は違うわよ」
「だろうな。けどあいつらはそう判断したようだ」
「あなたが誘導したからでしょう?」
「俺はあくまで可能性をあげただけだぞ。断言もしてないし、”一般的に”、とはっきり言った。勝手に思い込んだだけだろう」
衛兵はわざとらしく肩を竦めている。
「あなたって、いい性格してるって言われない?」
「褒めてくれてありがとう!」
私は思わずジト目をむけてしまった。
「言葉遊びをしたのは認めよう。だが、これでやっと領主の尻尾を掴める」
急にシリアスな雰囲気になった衛兵の向こうで可愛らしい尻尾が揺れている。ララが嬉しそうにサンノさんと話していた。
「被害者を助けてもらったのは事実ですし、私を利用したことは大目に見ましょう」
「姫にご理解いただき感謝いたします」
芝居がかった仕草で一礼してきたけど、とりあえずスルーした。
「ところで、俺も聞きたいことがある。あの獣人の女の子は迷わずにこの場所を目指していたが、どうしてわかったんだ?探索魔法を無効化する魔道具も置かれていたようだし、領主館の隠し部屋なんて、普通は気づかないぞ」
「私が香水をつけていたのよ。ララの嗅覚なら追えるわ」
「なるほど!頭がいいな!」
「それはどうも。というかここって領主館だったのね。ヒサノリと呼ばれていた人は本物の領主?」
「君が見たのが誰かはわからないが、ここは領主館で、ヒサノリという名前の人物は一人しかいない」
「そう。じゃ、未成年に手を出すのに慣れてそうなあの変態がそうなのかしら・・・?」
「変態?」
「いえ、こちらの話よ」
「そうか。それよりこれから領主に会いにいこうと思う。君もくるか?」
「そうね・・・ここまできたら行くわ」
私たちは、人攫いのリーダーを連れて、彼と領主が落ち合うはずだった部屋に向かった。ララは、サンノさんと一緒にいると言ってあの場に残っている。
「妙な真似をしたらわかっているな」
低い声で衛兵の男性が人攫いのリーダーに念をおした。
「ああ。俺だってバカじゃね。この状況でそんなことしねぇよ」
人攫いのリーダーが部屋に入っていった。
中から話し声が聞こえてくる。
少しして部屋から怒鳴り声が聞こえてきて、衛兵の方々が反応した。
「先輩っ!」
「ああ!」
後輩?と一緒に、衛兵の男性が部屋のドアを勢いよく蹴り開けて、中に入っていった。
「お取り込み中失礼する!」
私もあとに続くと、部屋の中では、領主のヒサノリと執事らしきサイが人攫いのリーダにちょうど剣を向けていた。咄嗟に魔法を放って、牽制したけど、まさかこの場で消そうとしていたなんて!
ヒサノリは一瞬驚いた表情をしたけど、すぐに取り直したようで大声をあげてきた。
「急に何だ!領主の俺の断りもなく勝手に屋敷に入ってくるとは!なんたる無礼!警備兵!この賊を捕えろ!」
「ヒサノリ様、誰もきませんよ。俺たちがのしてしまいました」
余裕の表情でそう伝える衛兵の男性。
そして、いかにも嘆いてますという雰囲気で続けて、
「ところでこの状況はなんですか?隠し部屋に違法奴隷もいました。狼少女の証言があった現場に、領主様直属のエリート部隊様が捜査に行っても、人攫いと鉢合わせない理由がわかりました。もともとグルだったんですね・・・」
「我が家に賊が侵入したと聞いたから自ら捕えにきただけだ」
「領主様が懇意にされていた奴隷商と記憶しておりますが?その男は、闇市場に出入りし、奴隷の売買をしていた容疑もありますね」
「・・・奴隷を集めた行為をしたのは認めるが、相手から連れ去りとは聞いていなかった」
「本当ですか?」
「あぁ。領主の名において誓う」
「そうですか・・・残念です。この屋敷にいた被害者は、この街で行方不明のビラが配られていた方もいます。まさか、領主様が自ら命じた、行方不明者捜索ビラの中身を把握してないわけではないですよね?」
「・・・」
「もうね、明らかに矛盾しているんですよ。もう少しマシな脚本を考えてください。領主ともあろう方が機転がきかなすぎです。そうそう、俺の部下がこの屋敷の捜索をしています。これから、職権濫用などもっと様々な犯罪の証拠が出てくるでしょう」
ヒサノリ、サイがアイコンタクトをしたと思ったら、一発逆転とでもいうかの私たちに剣を向けて襲いかかってきた。
「ここは俺たち衛兵に任せて、君は自分の身を守ることに専念しててくれ」
衛兵の男性は、後輩とともに見事な連携でヒサノリ、サイを無力化した。
そして、清々しそうな笑顔で、
「よし。人攫いで領主が釣れたな!」






