1:警察をクビになり異世界召喚される
「ピピピピピピピピピピピピピピ」
「・・・ん」
まだ眠いけど起きる時間か。私はねころんだまま腕をのばして、枕元にあった目覚ましのアラームを止めた。
「それにしてもまたあの夢ね」
最近よく見る夢。魔法が存在する、こことは違う世界をめぐる夢。
「あまりファンタジーには詳しくないのに、街の様子とかやけにリアルだし、どこからインスピレーションがわいてくるんだか」
少しぼうっとしていた私は、ちらっと時計を見て、急いで支度を整えて家をでた。
「おはようございます!高宮有花、出勤いたしました!」
職場に着くと、私は背筋を伸ばして元気にハキハキと挨拶をした。
「あら?高宮さん、遅刻した割には堂々としているわね」
私の上司にあたる女性が話しかけてきた。あまり優秀ではなく、何度も尻拭いをさせられている。それよりも、遅刻ってなんのこと・・・?
「ただいまの時刻は9時50分で、私の勤務開始は10時です。そのため遅刻はしていないと思いますが・・・」
「ちゃんと理解している?あなたは今日8時から勤務でしょう?8時半からとても大事な会議があるから絶対に寝坊しないでね、と伝えておいたわよね?」
(正直初耳ね。昨日の帰り際に、今日の出勤時間を確認した時も10時で良かったはずなのだけど・・・)
私が考えていると、女上司はそれはそれは嬉しそうに、
「あなたの懲戒免職が決まったわ。せっかく弁明の機会を与えてあげたのに・・・。普段からの素行も悪いですし、自分の進退のかかった会議もすっぽかして遅刻するし、あなたは警察官には相応しくないわね。満場一致で、懲戒免職になったわ」
えっどういうこと!?私が困惑している様子を見て、さらに気分を良くした上司が、
「あなた、賃貸のマンションで床をドンドンやったり、騒音異臭問題を起こしていたそうじゃない?それを管理会社から聞いたの。公私共に高い倫理観を求められる警察官として相応しくない行いね。ちなみに、賃貸の契約も切れるわよ。これがその書類と、懲戒免職の通知書よ」
書類を手渡してきた上司の顔にはそれはそれは邪悪な笑みが浮かんでいる。
(賃貸マンションでそんな事実もないわ・・・。そうか、そういうことですか。この人は、犯罪を仕立て上げ、時には偽物の証拠も使い、でっちあげで自身の成果にしていた人だ。それに気付き始めた私が邪魔になって、同様の手口で排除しようとしたのね)
「この書類は本物ですか?」
「ええ本物よ。あなた身長150センチだっけ?そもそも警察官になれないでしょう」
「警視庁の身長制限は撤廃されています。上部だけの見た目だけで判断するのはいかがなものでしょうか」
「そうは言ってもね・・・。警察学校主席卒業も何か不正を働いたのでしょう?東京の国立大学主席卒業のわりには能力も低いし、全国学生剣道大会で優勝したのも八百長でしょう?そんな女狐を警察におけるわけないでしょう?」
偉そうにこちらを見下ろしてくる上司の後ろには、彼女に従うしかできない管理部の警察官が腕を組んで立っている。
(これは、はめられたか)
「・・・そうですか。わかりました」
「わかればいいのよわかれば。今日付で解雇だから、荷物をまとめてさっさと帰ってちょうだい」
私が荷物をまとめて署から出ようとすると声をかけられた。
「高宮くん!待ってくれ!」
「どうしましたか署長?」
「あの女に懲戒免職にされたというのは本当か?」
「はい。さきほど」
「そうか・・・今回の件に限らず、あの女の全ての不正疑惑も調査中だ。あの女に不正の証拠と損害のリストをつきつけ、退職を促す。私が出張の間に君の懲戒免職の手続きを終えてしまっていたようだが、証拠の妥当性も乏しく、確実に無効にできる。新卒2年目で成果もだしていて、君は有能な警察官だ。あの女は、自ら成長せずに権力にあぐらをかくだけの自分の立場が危うくなると思ったのだろう。あの女の処罰の目処がたったら戻ってきてほしい」
「身に余るお言葉です。前向きに検討いたします」
「このようなことになってしまい申し訳ない」
頭をさげる署長に対して
「頭をお上げください。どの組織にも癌のような存在は出てきてしまいます。しかたがありません」
そして私は警察署を後にした。
正直私はそこまで警察という職業に固執しているわけではない。理工学部化学科卒業後は大学院に進んで、その後は研究者になろうかと考えていた。けれど、ちょうど警視庁の身長制限が撤廃されることになった。
私が小さい頃に、両親は東京駅でおきた落下事故に巻き込まれ犠牲になった。発生直後は事故として扱われていたけど、その後左翼系の組織が犯行声明をだし、一気にテロの可能性が浮上した。事件自体は有力な情報が得られず時効になる可能性が高いと判断されているけれど、両親をそのテロで失ったこともあってか、非道な行為から国民を守りたいという思いが警察への応募のきっかけになった。
今思えば感傷的に決めてしまって、他の道もあったと思うけど・・・まぁそれはそれとして、目先のことが問題ね。
「懲戒免職って、あのおばさんどれだけ自分の不正や本当は無能であることをバラされたくないのよ。それいにしてもいきなり家と職を失ったのは事実だし、これからどうしようかー」
「カー」
「かー?」
私があたりを見渡すと1羽のカラスと目が合った。
「カー」
「かー?」
カラスは呑気なものね。
「おい、いま失礼なこと考えただろう」
えっ?私は周りをキョロキョロと見渡したけれど、カラス以外誰もいなかった。
「目の前を見ろ」
私の目の前にはカラスしかいない。
(懲戒免職が思ったよりもショックで、幻聴が聞こえたのかな)
「お前に話しかけているのは我だ。高宮有花」
「えっ?」
「えっ?ではない」
「幻聴?」
「幻聴でもない」
「通行人を対象としたテレビ番組のドッキリ?」
「ドッキリでもない」
私はまじまじとカラスを見てしまった。
「相手のことをジロジロ見るなんて失礼だぞ」
「あっ。すいません」
「お前、職と住処を失ったんだろう。これからの目処は立っているのか?」
「職についてはまだわからないけど、家は秋田に戻ろうと思うわ」
「秋田?」
「そう。母方の祖父母が使っていた家があるの。今は空き家だけど」
「空き家というと、親族などもいないのか?」
「そうよ。兄弟や従兄弟もいないし、母方の祖父母はすでに他界していて、父方は不明ね」
「不明?」
「そうなの、私のお父さん記憶喪失だったみたいで親族とか全くわからないのよね」
「そうか。ではお前は今、天涯孤独の身か?」
「そうだけど、もう少しオブラートに包んでよ」
「恋人は?」
「いないわよっ!さすがに怒るわよ」
どうせ私は年齢=彼氏いない歴ですよ!!
「すまなかった。美人なのにもったいないな。それで、職については我が斡旋してやれるぞ?」
「えっ?」
「えっ?ではない」
「えっだってカラスでしょ?」
「我をただのカラスと一緒にするな!無礼だぞ!」
「ごめんごめん。確かに、話せるカラスなんて普通いないわよね。それで、どんな職?」
「国や国民を守り、世界の発展にも寄与できる」
(国や国民を守る・・・?)
「それでどうする?やるのかやらないのか?」
まぁ相手カラスだし、何か起こるわけじゃないでしょ。
それに国や国民を守るのには興味があるわ。暇だし、話に乗ってみよう。
「やるわ」
「そうか。それでは友好的に同意がとれたな」
「えっ?」
カラスが思いのほか真剣な雰囲気を纏ったので、私はびっくりした。
なんか3本足になったけど、ただのカラスだよね・・・?
「八咫烏の名において命ずる。この者をかの地に送りたまえ」
突然あたりを黒い光が覆い、咄嗟に私は目をつぶった。
その直後、私の体は浮遊感に包まれ、体の外側からも内側からも何か強い力のようなものを感じた。
「目を開けろ」
カラスに言われて目を開けると、私の目の前には小さい家と、それなりに大きい空き地と、そばには水の澄んだ小川、そして全容がわからないほど大きな森林地帯が広がっていた。
「!?」
「ふっ。さぞおどろいたことだろう」
「驚くどころじゃないわ!さっきまで東京の真ん中にいたはずなのにここはどこよ!」
「アルブヘイムという大陸にある森の近くだ。この大陸には闇と関わりの深い魔族が多く住んでいる」
「はいっ!?魔族?アルブヘイムという大陸も聞いたことないわよ!」
「聞いたことがないのも当然だろう。この世界は地球が存在していた世界ではないからな。ここでお前には魔王になってもらう」
「はっ?」
「職を斡旋すると言ったとおり、ここで魔王になってもらう。拉致じゃなくて友好的な同意でよかった」
私が混乱しているとカラスが淡々と告げた。
「元の世界でいうところの異世界転移だ、魔王様」