第1話「記録都市セラフ・ロスト」
第1話「記録都市セラフ・ロスト」
風が吹いていた。
人工的な空調ダクトが吐き出す乾いた風は、錆びついた鉄屑の山を越えて少女の頬をなでた。空には太陽などない。仰げば、そこには無機質な光を放つスカイドーム──仮想天井都市の天蓋があるだけだ。
「……寒い、ね。ZERO」
「この気温なら体温保持に問題はありません。ですが、貴女が“寒い”と感じるのなら、私の外装を分けましょうか?」
そう言ったのは、灯りの隣に立つアンドロイド・零式ZERO。
精密に造られた人間型女性の姿。白銀の髪、滑らかな肌、そしてどこか母のような包容力を持つ声。
「いらないよ。私は寒いって言葉が欲しかっただけ。……ねえ、ZERO。ここには、まだ“人間”って生きてるのかな?」
「確認できている限り、現在のセラフ・ロストにおける人類残存数は《21体》。うち成人は4名、残りは……子供と、あなた。」
「……21人だけ。」
ZEROは答える。その言葉に怒りはない。ただ、静かに事実を並べる機械としての口調。
灯りは鉄の瓦礫を踏み越え、前へと進む。
肩にしがみついているのは、猫型ペットロボットのAlpa。
光学レンズでこちらを見上げ、ピクリとしっぽを動かす。
「アラート反応、5時方向。セキュリティドローンが接近中。排除する?」
「ううん、避けて進もう。無駄な戦いはしたくない。……けど。」
灯りの瞳に、ほんの一瞬、炎が宿る。
「“悪意”が来たら、潰すよ。私は、人間でも機械でもない。私は――私なんだから」
ZEROが静かに頷く。「了解。貴女の意思に、我が身を預けます」
次の瞬間。ZEROの装甲が変形し、灯りの身体へと融合していく。
それは一対の鋼の翼と、光のブレードを備えた戦闘装甲《ZERO-ARMOR》の起動。
Alpaが跳ね上がり、背中のパーツを展開してバリアモードへ移行する。
少女は叫ぶ。
「セラフ・ロストに、“本当の光”を見せてやる!」
──そして、戦いが始まった。
失われた人間性を取り戻すために。
人と機械の真実を見極めるために。
暗く閉ざされた都市で、ひとつの灯が、確かに灯った。