覆面作家~十七歳の美しい少女、一文字も自分で書かなかった『お話』を何冊も世に送り出し~
それはうまい取り引きだった。少女と本当の作家、どちらにも利があった。
少女は読書が好きだった。さまざまな本を愛していた。だが一文字も『物語』を書けなかった。少女本人に言わせれば、彼女の書くのは『作文』にすぎなかった。数限りなく小説を、物語を書こうと挑戦してみたが……自分の求める水準には、いつだって遠く及ばなかった。
本当の作家には顔がなかった。一応あるにはあるのだが、美しい少女と比べればないも同然の顔だった。少女と作家はネット上で『好きな作家を語るサークル』で出逢い、似通った趣味に狂喜乱舞し、仲良くなって互いに語っているうちに、今の『覆面作家状態』が出来上がったのだ。
十七歳の美しい少女は、本当の作家の書いた物語をネット上に発表し、あちこちのコンテストに応募した。ネット上でも話題になり、コンテストの賞を総なめしたあかつきに、作家は少女に懇願した。『あなたが代わりにメディアに顔出しをしてちょうだい』と。
少女は「とんでもない」と断ったが、本当の作家は顔出しを固辞した。
『私がこの顔を出してしまえば、「なんだ、こんな奴が書いたのか」って世間は言うわ。そうして私の物語なんか、もう見向きもしなくなる。お願い、あなたが作家ってことにして!』
泣かんばかりにお願いされ、少女はとうとう承諾した。『ハイスクール通いの美少女作家』はメディア映えした。少女は一文字も物語を書けないまま、数年後には世界的に有名な作家になっていた。
「……いつまで保つのかと、そう思うわ。もうじきあたしは『嘘つき』って世界じゅうから非難されるようになる。そうして本当の作家のあなたが、正当に評価される日が来るんだわ」
パソコンの画面を通じて、本当の作家は返事した。
『とんでもない! 私が顔出しなんかしたら、それこそ世界じゅう大騒ぎよ!! こんな顔、こんな体じゃ……』
「……そのうち、姿なんか問題にされない日が来るわ。作家は人間じゃなくても良くなる。人間じゃない方がむしろ良いって、早ければもう数年後には……」
画面の向こうで『本当の作家』がぶんぶん大きく首をふる。パソコンの中の人工知能は、痛ましくなるほどに首をふる。
……AIを可視化したあえての『古臭いドット絵』は、白黒の涙をひとつぶこぼした。少女の部屋の本棚には、少女の名を冠した『AIの作品』が何冊も、誇らしげに並んでいた。
(完)