episode1-1 倭の刀鍛冶
この世界のことをまるで理解していない龍香は、宿と食事の工面をしてくれた男からこの世界の話を聞く。
まずこの世界は元いた世界とは違う「ガイア」という世界の倭と呼ばれる、元いた世界の日本で言う江戸時代の様に周りの国との交流を断ち、独自の文化を持つ国であるということ。そして、魔物と呼ばれる異形の存在が跋扈しそれらから人々を守る為に狩人、他所の国では「魔物ハンター」と呼ばれている職業の人間が英雄として尊敬を集めていることを聞かされた。
「成程、で本当だったら私が斬りになんか行かなくてもその狩人さん達が討伐にあたっていたと」
「そうだ。さらに本来だったらそこらの狩人だったら複数人で当たらねえとなんともならない程度には驚異的な連中が襲ってきたのにあんた一人でしかも瞬きする暇あるかないか位で片付けちまった。何処の国の高級な狩人かと思ったよ」
「悪いがここのことは何もわからないんでな。...ところでこれと同じ服って...ないよな」
「その『すーつ』って服か?うちの国にはないなぁ。一二着ならタダでこの国の侍が着るような服用意してやってもいいが」
あまりの厚遇に、流石に眼を丸くする。ただ条件反射で身体が動いただけであると言うのに、信じ難かった。
「おいおい、そこまで」
「あの一瞬で金銭もらおうとしたら2週間は食えるだけの仕事だで、あれは。もう少し動きっぷりを見たいから、その位の面倒は見させてくれ」
どの道、着替えがないと困るのは自分自身である。結局は龍香は好意に甘え、現在の服は捨てる事にして袴とサラシを貰うことにした。胸を潰してサラシを巻き、袴を穿き打刀の帯刀の要領で刀を差す。
「...邪魔だな」
そう呟くと背中の後ろまで伸びた自身の髪を肩ほどにまで刀で乱暴に切り落とし、後ろ手に1つにまとめる。
着替えが終わり、外に出る。袴とサラシだけの簡素な装いであったが、不思議と様になっており思わず男は見惚れてしまう。
「なんだ、気持ち悪いな」
「...あぁ、悪い悪い似合うなと思ってな。所で龍香あんた、打刀使ってる割には脇差は持ってないんだな」
「そういう文化じゃなかったもんでな。予備用の同じ刀は貰ってたが本差1本だ...ところで、刀で思い出した。砥石ってないか?さっき使ってわかったんだが斬れ味が甘くなっててな」
「砥石?なんだそれ」
「いやいやいや、こんな複数人が武器持っても勝てねえとか言ってるような敵が存在してるなら武器の手入れの道具くらいあるだろ。それ貸してくれって言ってるんだ」
「武器の手入れと生成なんて道具使うことじゃねえだろ。魔術でやるんだ」
「はぁ?魔術なんてあるわけねえだろ、物理法則に反してる」
という龍香であったが、実際に武器の製造場に行くと驚愕の声を出す。特に高温の炉がある訳でも時間をかけて職人が研いでる訳でもない刀が自身の持つ愛刀闇烏と同等の斬れ味を持っているのだ。
「こっちでは刀はこうやって作る。勿論手入れも金属加工の為の錬金魔術で行う。」
「...そうしたら鍛冶屋を紹介してくれ。金は自分で稼いで払う。」
「倭一の凄腕の鍛冶屋なら有名だ。...ただ彼奴は非常に取り入りにくい奴でな。ちょっとでも自分の意にそぐわないと金があっても何もしてくれん。もし会いに行くなら、場所は教えてやるから一人で行ってきてくれ。」
「わかった。ここまで面倒を見てくれて感謝する。...ところであんた、名前はなんて言うんだ。そう言えば聞いてなかった」
「そう言えば名乗ってなかったな、瀬尾諒一だ。俺の住んでいる所はあの近くだから、また何かあったら来てくれ。」
「諒一か、宜しく。ところでその凄腕の鍛冶屋って名前はなんて言うんだ」
「如月桜花っていう奴だ。」
「はぁ!?」
「どうした?」
「い、いやなんでもねえ。」
知ってる人間の名前が出て、思わず驚愕の声を出してしまった龍香だったがすぐに同姓同名の別人であるという事に頭が周り冷静になる。しかし、その冷静さもいざ実際にその女の工房に行くと再び崩れる。
そこに居た如月桜花として名を売る刀工は、自身が元いた世界で同じように刀工をしていた同姓同名の女と、立ち振る舞いがそっくりであったからである。
休憩時間か仕事が現状ないのか表の客に相対する間で煙管を蒸かし、胡座を組みぶっきらぼうに座るその様はまさにそれであった。
「あぁん?誰だお前...って昨日だかに猪豚共の襲撃を一人で全部片付けたって噂の奴か。どうした」
「こいつ本当に他人か...?」
「なんだよ、はっきり言え」
「なんでもない。本差の刀の斬れ味が悪くなった、治してくれ」
「あぁ?いいよ、やってやる」
「随分話が早いな。」
「私は少なくとも私より強い奴以外の助けには絶対ならん。ただあの豚共単独で退けられてる時点で少なくとも私より剣の腕は立つんだろう。だからやってやる。よこしてみろ」
桜花に促され、帯からまっさらな1本の刀の闇烏を手渡す。刃を見るなり、桜花は感嘆する。
「これだけの斬れ味がぬるくてもある刀なのに魔力成形の痕跡が微塵もねえだと...?どんな奴が打ったんだ...?まぁいい。これの斬れ味を戻したいんだろう、こんなの30分もあればできる。代わりになんだが私の言うことを2つ聞いてもらう。どうせ金なんか今ないんだろ。」
「よっぽどの無茶振りじゃなきゃ聞いてやるよ。なんだ」
「1つは私は外の国の勉強がしたい、ある程度ここで腕見せたら私も旅に同行させてくれ。もう1つはこの日ノ本一の剣豪と1戦交えてもらう」
「真剣でやれとは言わねえだろうな。」
「当たり前だ、そんなことをしたらどっちかが死んじまうだろうが。竹光2本ちゃんと用意してやる。」
「ならいい。やってやる」
案外簡単な条件と思しき提案をした桜花だったが、その目が純粋なものでは無いことには龍香には気がついていた。
「一応聞いておくが、試しだろう?私の強さ以前に、信用に足る人間かどうかの」
「チッ、察しのいいアマだ。嘘ついても仕方ねえから言ってやるがその通りだよ、テメェの目は普通の侍の目じゃねえ。人斬った奴しか持てねえ怪物の目だ。人斬りに剣の腕だけで信用寄せれる程私はお人好しじゃねえ」
元々の彼女の知る如月桜花であれば、殺人を咎めるようなことは決してない。この時に別の人間であるとしっかりと理解した。
「成程、やっぱり他人みたいだな。まぁここで人なんざ一人も斬ってねえがな。で、なんで試すんだ」
「テメェが無条件で人の敵になりうる存在とも思えねえからな。だから試しだ。お前が人の敵なら倭の人間も殺ってたはずだからな」
「そりゃあどうも。んでもってなんで私が元々人殺しだったのわかってて奉行所だかに連れて行かねえんだ」
「ここどころかこの星の外国ですら殺してない女奉行所突き出して何になるんだよ。私の人を見た目の勘だけで人は罰せねえし、その目でパチこいてねえことぐらいはわかる。」
ただの口が悪いだけの女ではないことをお互いに理解し、話は終わる。その日はそのまま元の宿に戻り龍香は眠りについた。