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前編 水鳥男スミル

 役場から借りた荷車を牽いていくテツジ。道は村の常とて荒れてはいるが、ガラガラと音ばかりうるさい割には進みは滞りない。家財道具一切を積んでなお、この牽き手の力からすれば何の苦もないのだ。

 この日、テツジは独り立ちした。オーリィの庇護を離れ、彼の次の、そしておそらくその二度目の命のための終の住処へ、彼は黙々と車を牽く。

(もうすぐだな)

 ふと立ち止まって、彼は一目だけ後ろを振り返る。

(いや、また会える。この村にいさえすれば……!)

 元より、この村からは誰も出ることは出来ない。だが彼は敢えてそう自分に言って聞かせる。そして遠い視線の向こうに浮かぶ面影に対して軽く会釈すると、再び梶棒をしかと握りしめた。


 下見はもちろんしてあった。第一この村の住居といったら、どれもこれもまるで同じ。新鮮に思うべき何事かなどあるはずもない。

 だが。彼の胸には迫るものがある。

(これが俺の)

 予定されていた、この村に於ける彼の本来の住居。いや、或いはオーリィがここに移り住むという可能性はあったのだが、それは彼が断った。彼女には蛙が、あの森の池が必要だ。ここからでは遠くなる。

(俺はここに住むはずだったのだ。この家は俺を待っていた。収まるべきところに収まる、これでいい)

「独り立ち」。彼は、彼のこれからの《《戦い》》に昂る。敵はこの村の過酷な環境、当面の撃破目標は東の荒地。

 新居の粗末な佇まいは、むしろ彼を喜ばせる。

(いい《《野戦陣地》》だ。ありがたい)

 唇に軽く笑みを浮かべながら、彼は車を離れ、落ちていた小石で荷車に輪止めを施し、まず考える。

(さて、右と左、どちらにするか)

 村の住居はどこも小さな家が二軒で一組、今はどちらも空き家。実はどちらを選ぶかは、テツジにはこの期に及んでまるでノープラン。実際どちらも殆ど同じなのだから、判断材料などない。その場のカンでいいと思っていた。取り敢えず住んでみてもし、明らかな不都合があるのなら。

(《《そのまま住む》》、だしな)

 良いと思われる方を《《敢えて残す》》。やがて現れるであろう、彼が世話をするべき「新入りさん」のために。その日までに住みながら吟味も出来るだろう。

 コインでもあれば、と首を一つひねるテツジ。

 すると。

「やあ、引っ越し中忙しい中失礼……というより?」

 左の家の中から一人の男が現れたのだ。目を見張るテツジに、男は言う。

「勝手に入って申し訳なかった、と言うべきかな?もちろんそうだね、済まない、この通り」

 男はテツジに軽く、しかし慇懃に頭を下げながら。

「だが君が住むまではここは村公認の公共の空き家だ。それに僕にとってはここはまんざら縁のない家でもないものだから。どうか許してもらいたい。

 ……僕はね、君を待っていたんだよ」

 テツジの目はいよいよ驚きに丸くなる。


「あんたは……」

「ふふ、顔はお互い知っているけど。こうして面と向かってきちんと話すのは初めてだね『テツジさん』。なぁに、オーリィが市場で君をそう呼ぶのを聞いていたからさ、そりゃ知っているよ。

 僕は【水面みなもつつきの】スミル。よろしく」

 テツジの新居に前触れもなく現れたその男。そう、確かにテツジも彼を知っていた、だからこそ驚いたのだ。それは水の日の朝市で、オーリィからいつも赤蛙を二匹買っていく、あの気障な口調の水鳥男ではないか。

「【穴掘り鬼の】テツジだ」

 怪しい。もちろんテツジの性格として警戒は怠らない。だが相手はごく薄い面識とはいえ確かに知人であり、ことにはオーリィの蛙屋の得意客。迂闊に粗末には扱えない。会釈と共にこの村での作法通り、「獣の名前」をもって正式に名乗り返した後。

「俺に何か?」

 それでも不審は不審、不躾は不躾。媚びる必要は無かろうと、やや木で鼻を括ったような声でテツジが問うと。

 その男、スミルは言うのだ。

「君、もしかして迷っていたのではないかな?なぁに、住むならお勧めは右。左はね、台所が少し使いにくいんだよ。え?そりゃわかるさ!

 僕は右に住んでいたことがあるからね。ちょっとの間だけど」

 スミルの意外な言葉に、一つ間を置いたのち、テツジはある事に思い当たる。

「……そうか、つまりあんたは」

「そう。左の家はね、僕の『お隣さん』が住んでいたんだよ。『新入りさん』としてかつてこの村に生まれ変わって現れた僕を、彼は右の家に迎え入れてくれて。自分は左の家に住み、そして僕が『独り立ち』した後もずっとそのまま左に住んでいた。

 その彼が最近亡くなって……《《だから》》君はこの村に来た、『山』に呼ばれた。彼の身代わりにね」

 一人死ねば、丁度一人が他の世界から補充される。この村の、あの山の厳格な人口統制システム。それはテツジとスミルの間にも奇妙な因縁を繋いでいた。そしてその関係には名前がある。この村で暮らす上での基本常識の一つとして、テツジはもちろんオーリィからその言葉を聞いていた。

(俺は【後継ぎ】なのだ。この水鳥男の命の恩人の……!)

 テツジのその想いを読んだように、スミルも言葉を被せる。

「そう、つまり僕が君の【後見人】ということになるね。あらためてよろしく。

 ……さぁ、引っ越しを済ませようじゃないか。手伝うよ、君のその体では出たり入ったりが大変そうだからね。《《どっち》》?」

「右にしよう」まだ打ち解けぬ心持のまま、テツジは低い声でそう答えた。

(後編に続く)

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