血闘
屋敷を囲む大森林南部………通称[悪夢]の一角、開けた場所。
「まったく………お嬢様ったら、いつも無茶苦茶するんですから」
「ゴメンね、リナ。でも、ありがとう」
「ふぁいとー!!」
「負けたらハリセンボン飲ますから」
「あ~………シオン?さすがにそれはやめて欲しいかな?」
「じゃあ勝って」
「了解」
格闘戦用特殊義肢【樟脳】をリナに装備させてもらって、大薙刀【御嶽】の刃を改める。
………俺自身の血肉を織り込んだ、刃渡り1メートルはある長大な刃と、魔獣の骨材を利用した、2メートル半ほどの長柄、いわゆる巴形大薙刀に分類される武器。
ここ最近、あまり使ってやれなかったが、やはりよく馴染む。
淡い桃色を帯びた刃を、振り払って。
「それで、準備は良いか、リーフさん?」
「即答。とっくに準備は出来てる。クロ、用意は良い?」
「まったく………なんで私が審判なんか………」
軽く瞑目し、脱力したリーフさんが、相当な業物であろうレイピアを抜き放った。
突き付けられた切っ先に、薙刀を小脇から半身に構え。
「………2人とも、準備は良いですか?………では、始めっ!!」
「【戦技・鎌威太刀】」
試合開始と同時、大上段から全力の横薙ぎを繰り出し、反撃の回し蹴りを副腕で防ぐ。
即座に、八双に構え、
「【戦技・乱れ月:派生、火砕竜】」
熱線を纏った石突で打突し、下段から切り上げる。
容赦なく首を抉りに来たレイピアを弾き、一歩後ろに引いて、振り下ろした刃とレイピアが切り結ぶ。
一瞬の拮抗状態に、半歩踏み込み。
「【派生奥義・烈火槍】!!」
「《風精霊の舞》」
手首の返しでレイピアを叩き落とし、渾身の刺突から発生する爆炎の連撃は、あっさりと回避された。
距離を取ったリーフさんが軽やかにステップを踏むのを前に、【薄雪草】の出力を上げ。
「《召喚・烈刃のバンビーナ》」
「《風切弾》」
【呪々胎符】を消費して作り出した剣人形が、突風の砲撃を食らって一撃で破壊された。
時間稼ぎ程度にはなると思ったが、予想以上にやる。
ならば。
「《大鳥葬・火ノ鳥羽掃》」
「《静かなる暴風》」
自動追尾型の火球の弾幕を放ち、渦巻く風に搔き消される。
石突を前に、正眼に構え。
「【奥義・烈剣天舞】」
喉を狙った突きから石突の振り下ろし、棒高跳びの要領で跳躍して顔面を薙ぎ斬り、切り返しから放つ三連撃。
着地の隙を突いた死角から抉るような一撃を、副腕の短刀で受け流す。
短く構えた薙刀を、振り下ろして。
「流石だっ、リーフさん!やはり貴女は良いっ、凄くいい!!最高だ!!」
「賞賛!そちらこそなかなかやる!!」
「それはどうも!!」
「っ!?しまっ」
鍔迫り合いから、相手の手を引いて体勢を崩し。
「【戦技・菩薩連撃脚】」
「《天嵐盾》!」
足払いと、そこから派生する六段蹴り。
小柄な体を空中に弾き飛ばし、爆発的な魔力の奔流が両義足から噴出する。
「【秘伝奥義・六道無明殺】」
深く息を吸って、呼吸を練り。
「【修羅道:飛燕羅刹旋】」
飛び込み回し蹴り、肘鉄、掌底、波動拳、斧刃脚、膝蹴りの連撃を一瞬で叩き込む。
視界を過ぎる閃光に、体を合わせ。
「《突風一斬》!!」
「【天道・天獄脚】」
嵐を纏った超速の斬撃に頬を抉られ、カウンターの卍蹴りがこめかみに入った。
右腕に、満身の力を込めて。
「【畜生道・豺狼活殺脚】」
「《神速の追い風》!」
逆立ちの状態で放った変則的な後ろ回し蹴りが、リーフさんの喉を掠めた。
地面に四肢をついて、体を低く構え。
「【餓鬼道・飢喰双牙掌】」
一瞬で距離を詰めて打つ、渾身の馬形拳。
常人なら認識する前に肉塊になるであろうソレを、嵐を纏った細身の刃が、確かに受け切った。
ずぶりと脇腹に突き立てられる、利刃の感触。
激痛を笑って飲み干して。
「【獄道・地獄鋏】」
右上段蹴りから即座に身を翻して右の後ろ回し蹴り。
魔法で受け、だが確かに体制を崩した相手の懐に潜り込んで。
「【人間道・無常蓮華】」
肘鉄、裏拳、正拳突き、右二段蹴り、左回し蹴りまで当て、十全に丹田を練り上げたうえで放つ、鉄山靠。
確かに直撃させた感触を覚えつつ、振り返り。
「………すごいな、リーフさん。初見でコレを見切ったのは、貴女が初めてだ」
「否定、一撃貰った。すごく痛い」
「いや、それを言うなら俺も一発貰っちまったしな。あれ、本来なら、相手に動く暇も与えずに畳みかける技なんだぜ?」
………正直、見くびっていた。
立ち振る舞いで強いのはわかっていたが、ここまでだとは思っていなかった。
「………まずは、謝罪させてくれ。貴女の実力を見誤っていた、今からは本気で行かせてもらう」
「同意。ウチもお前を見くびっていた。ここからは全力で行く」
【なんでも収納箱】から取り出したのは、ちょうどフェンシングで使うマスクのような見た目の、白骨の仮面。
────呪具・桔梗面。
人骨から削り出して魔術を込めた面は、被ったものに意図的な過集中と視界狭窄をもたらす。
頭を締め付ける激痛に、大きく、息を吐いて。
「【論理規定限定解放:私は屍肉を喰らう鴉。あなたのはらわたを啜り、いずれは人の世を覆い尽くす】………第一・第二・第三緊縛術式限定解除。フェーズ3強制解放システム【過剰解放形態】発動」
どろりと、俺の体の輪郭が崩れ、全身が黒い霧を纏う。
背中が熱を帯びて疼き、皮膚と肉を引き裂いて、巨大などす黒い翼が生える。、
脳髄の奥が甘く痺れるような全能感と、高揚感。
薙刀を、担ぐように構え。
「【戦技・鎌威太刀:派生奥義、狂い残月】」
一瞬で距離を詰めて放つ横薙ぎの一閃。
リミッター解除によって速度も威力も桁違いに上昇したはずのソレを、鋭利な切っ先が確かに受け流し。
「っ!?」
「勘がいいな。流石だ、大好きだ」
リーフさんが全力で後ろに跳んで、直後、ちょうど首があった辺りを黒い靄の刃が薙いだ。
フェーズ3に移行したことによる権能………肉体の流体化は、攻撃の後、一泊遅れで追撃を発生させる。
正直、初見で対応できる類の技じゃないのだが………やはり、素敵だ。
「リーフさん、やっぱすごいな、貴女は。素敵だ、大好きだ、愛している」
虚空から抜き放ったのは、大弓【石鎚】。
軽く2メートル半は超える極大の大弓を、命一杯に引き絞り。
「【精霊弓術奥義・幻陽】」
烈火を纏った射撃と、《認識阻害》の魔術刻印を施した呪矢による2連撃。
初撃を防がれようと2撃目で必ず撃滅する、隙を生じぬ二段構え………だったのだが、これにすら対応して見せるか。
まったく、恐ろし
「宣告、次はウチの番」
鈴の鳴るような声と、パチパチと、何かが弾けるような音。
停滞した世界で、大気に、紫電が迸り。
「《落雷》」
「っ、がっ、ぁああっ!?!?」
衝撃波と、こめかみのあたりで、何かがブチブチと千切れる音。
激痛に消え失せかけた意識を、根性で叩き起こして。
「………落雷、だと?」
「愉悦。ようやくお前に一泡吹かせてや」
「ケヒッ」
人間のスペックで吸血鬼と互角以上に渡り合う剣術に、並の希少魔術師程度なら難なく殺せるレベルの風魔法。
超人的な反応速度に加えて、もはや運命的なレベルの勘の良さに、おまけに未知の魔法だと?
ああ、ああっ、本当に、
「いい、なぁ………すごいよ、貴女は、本当にすごい。すごく、すごくいい。最高だぁ」
「っ、《疾風迅ら」
「【崩拳】」
「あぐっ!?」
全身の気を溜めて放つ一打が、相手の鳩尾を確かに撃ち抜く。
盛大に吹っ飛び、イイとこに入ったのか、口の端から赤い血を垂らしたリーフさんが、未だ戦意の衰えない眼でレイピアを構える。
「あぐっ、か。………存外に、可愛らしい悲鳴だなぁ。………いいな、ギャップ萌え。素敵だ。最高に可愛い。大好きだ」
「………お前、何を」
「俺の事はどうだっていいんだよ。なぁ、まだ何か隠してるんだろう?奥の手も、全力も、死力も、貴女は尽くしていない。違うか?」
「………なぁ、俺に、もっと貴女の事を教えてくれよ。貴女は何が好きなんだ?嫌いなものは?何ができる?何が出来ない?得意なものは何で苦手なものはなんだ?貴女の血の色は何色だ?貴女の泣き顔も、笑顔も、きっときっと、すごく綺麗なんだろうなァ………。もっとだ、もっと貴女の事が知りたいんだ。お願いだ、貴女の全部を、俺に見せてくれ」
薄々、感じていた事がある。
俺の人生には、何かが、決定的に不足していた。
別に、今までが楽しくなかったわけじゃない。
アヤメとシオンとリナの三人でずっと暮らせればソレで良かったのは紛うことなき事実だし、俺は今も、皆を確かに愛している。
だが、俺に奥底にはずっと、漠然とした空腹感があった。
今なら理解できる。
俺に不足していたのは、この人だ。
俺の人生に不足していた最後のピースが、パチリと嵌ったような感覚。
或いは今までの俺の人生全てが、この人に出会うまでの布石だったのではないかと思うほどの、運命的な喜び。
ゾクゾクと背筋を震わせる歓喜に、身を任せ。
「あらためて言わせてくれ、リーフさん。俺は貴女を愛している。大好きだ、結婚してくれ」
「拒絶。ウチはお前を信用していない」
「そうか。なら信用してもらえるように精進するとしよう」
大薙刀を捨て、両手に構えたのは、小太刀【雲龍】と七支刀【不知火】。
逆手に構えた左手の雲龍と順手に構えた不知火を前に突き出し、蹲踞の姿勢をとる。
深く、息を吸って。
「【二刀流・猿斬り】」
「《雷鳴の魔剣》!!」
吸血鬼特有の圧倒的フィジカルで跳び、首を掻き切るように二刀を振るって、雷電を纏った一撃に弾かれる。
繰り出された反撃の刺突を、右に跳んで避け。
「《降り注ぐ轟雷》!」
「【金木剋】」
大きく舞うように振り切った七支刀で、雷を斬った。
跳躍し、枝分かれした刃を突き込んで、薙ぐように切り払い、脇腹を切り裂く一撃を雲龍で受ける。
感電の、僅かに肉の硬直する感覚を堪えて。
「雷侮七支【不知火】………対風魔術師用に作ったきり、腐らせていた武器だったが、予想以上に使えるな」
「………不快。何から何まで対応してきて気に喰わない」
「そうか。その割には口元が歪んでるが?」
「っ、五月蠅い!!」
しかめっ面のリーフさんにそう言って、赤面したリーフさんが飛び掛かってきた。
予想していたが、やっぱり怒った顔も可愛いな。
ますます好きになってしまう。
振りかぶった不知火を、下段に構え。
「【戦技・雷舞】」
下段2連薙ぎ払いから派生する刺突と逆袈裟斬りを放ち、脇腹を深々と切り裂かれる。
もれなく黒刃の追撃が発生するソレを、たった一本の剣と己の身1つで受け流し、あまつさえ反撃する超人的な技巧。
やはり素敵だ。
七支刀を、大上段に構え。
「【奥義・雲曜一閃】」
高速の踏み込みから放つ渾身の一文字。
真っ向から弾かれ、怯まずに打ち込んだ2撃目とレイピアが鍔迫り合う。
相手の刃を、力任せに跳ね上げて。
「【断刀唄合・松風】」
振り下ろされた刃に首の皮一枚斬られつつ身を躱し、レイピアの、刀身と柄の接合部に刃を突き込んで破壊した。
一瞬の硬直の隙をついて、華奢な体を抱きしめ、地面に押し倒し。
「………さて、俺の勝ちってことで、いいんだよな?」
「このっ」
「言っておくが、俺はこの状態からノータームで貴女の全身の関節を外す事が出来る。極力痛くないようにするが、脱臼って変に癖になる事があるらしいからな。抵抗はお勧めしない」
流体化した俺自身の肉体で覆い被さるように拘束して、何とか抜け出そうともがくリーフさん。
可愛いが、ちょっとくすぐったいのでやめて欲しい。
………というか、コレ、ヤバいな。
何がやばいって、リーフさんの心音やら汗の匂いやら呼吸音やらがダイレクトに伝わってくるせいでドキドキが止まらない。
普通に新しい性癖の扉が開きそうで困る。
………しかしなんというか、本当に美味しそうな首筋だな。
………少しくらいなら、吸っても問題ないよな?
汗に濡れて艶めく首元の皮膚の下、僅かに浮き出た血管に、牙を
「………不服。ウチがやりあって負けたのは、コレが2度目。本当に気に入らない」
リーフさんが、本当に不満そうな膨れっ面で、そう呟いた。
「そうか。じゃあ、今からもう一戦やるか?俺はそれでも全く構わないが」
「………否定、負けは負け」
「そうか」
肉体の変形を解除して、手を取って助け起こし。
「では、改めて。………リーフさん、一目惚れしました。俺と、結婚を前提に付き合ってください」
「………了承。………正直、結婚とかよくわからない、けれど、約束は守る」
「………ありがとう、リーフさん」
細身の体をそっと抱きしめ、トクントクンと緩やかに脈打つ心臓の鼓動。
沈丁花の花にも似た、甘い、良い匂いがする。
自分の中の空洞が満たされていく、倒錯的なほどの快楽。
時折、居心地悪そうに体を揺するリーフさんを抱いたままでいる事しばらく、リーフさんが、ふと思い出した様に首を傾げ。
「………質問。そういえば、あなたの名前は?」
「………あれ?俺、言ってなかったか?」
「肯定。聞いてない」
………あれ?
という事は俺、出会って半日も経ってない相手に求婚して『お前がママになるんだよ!!』して、リーフさんはリーフさんで、名前も知らない不審者からの求婚を受け入れたと、そういう事か、コレ?
………もしかして俺、結構やっちゃったのでは?
………いや、まぁ、うん、気にしない事にしよう、そうしよう。
きっとそれがいい。
「俺の名前はジュジュ。ジュジュ・ギュスターヴだ。これからよろしく頼む、リーフさん」