冬を越し、盲を焦がす春雷の、纏う颶風に恋を夢見る
「………っ」
その存在を認識した瞬間、脳味噌の奥、俺という一つの人格を構成する核のような部分に、電撃が流れたのを自覚した。
ソレは、艷やかな翡翠色の髪の、軍服の少女だった。
やや小柄な体躯と童顔に分類されるであろう顔立ちながら、どこか大人びた雰囲気を纏った、ゾクゾクするほどの美少女だった。
鍛冶神の手になる戦乙女の自動人形と言われればそのまま受け入れてしまいそうなほどの、圧倒的な存在感。
今まで体験したことのない、全く未知の感覚に、脳の神経回路がショートしそうになる。
心臓がブチ破れるのではないかと思うほどに激しく鼓動し、自分の認識能力が急速に狭窄化していく。
怜悧な、研ぎ澄まされた刃のようなプレッシャーを撒き散らしながら、それでいて飄々とした、春雷のように鮮烈な、唯我独尊を地で行くような立ち姿に、そのどうしようもない引力に、釘付けになる。
ドクン、と、心臓が大きく脈を打つ。
絶対零度の冷たさで以て俺を視る、不可思議な光輝を帯びた黄色い瞳。
完璧
ふと、そんな言葉が脳裏をよぎった。
言語能力が消滅して、何も考えられなくなって、ただただ、目の前の少女の事で頭が一杯になる。
1秒とも1年とも取れるような、奇妙に粘性を帯びた時間が流れて。
「疑問。ウチの顔に何かついてる?」
「っ、あっ、いや、なんでも、何でもっ、ない。………すまんが、少し席を外させてくれ」
自分でも呂律が怪しいのを自覚しつつ、 逃げるように部屋を出た。
腰が抜けそうなのを辛うじてこらえて、壁に背を預け、深く息を吸い込む。
目眩と立ち眩みに襲われながらも、必死に、自己を取り繕う。
ドクドクドクと、五月蝿いくらいに早鐘を打つ、心臓の音。
目を閉じて、息を整え。
「………すまん、少々取り乱した」
気合と意地で部屋に戻った。
意志力で以て笑みを浮かべ、椅子にどっかりと腰掛ける。
無理矢理に、口を開き。
「なぁ、緑の髪の人。アンタ、名前は?」
「……回答。ウチの名前はリーフ。リーフ・リュズギャル。それがどうかした?」
「そうか。リーフ、リーフか。綺麗な名前だな。素敵な名前だ」
「………?」
目の前の少女が不思議そうに首を傾げる、そのなんでもない仕草さえ、どうしようもなく可愛らしく映る。
胎の奥でジクジクと内臓が疼く感触に、必死になって耐え。
「アンタ、好きな食べ物はなんだ?」
「疑問。なぜそんな事を聞く?」
「良いから答えてくれ」
「……回答。肉料理ならなんでも。基本的に好き嫌いはない」
「そうか、それは良いことだ。好きな小説は?」
「返答。小説はあまり読まない。けれど、魔獣図鑑と兵法書はよく読む」
「なるほど。確か、屋敷の図書室に絶滅種の魔獣図鑑があったはずだ。後でプレゼントしよう。なにか趣味はあるか?」
「………応答。特に趣味はない。強いて言えば鍛錬。………嘆息、ウチはいつまでこの問答に付き合えばいい?」
「ああ、すまない。これでラストだ。………アンタ、今、恋人はいるか?」
「……?いない、けれど、それが何か?」
「そうか、そうか。いないのか。それは素敵だ、とてもとてもとても素敵な事だ」
椅子から立ち上がり、テーブルを横切って、パチクリと瞬きした少女の前に跪く。
白魚のような手を取って、目線を合わせ。
「リーフさん。俺と、結婚を前提としたお付き合いをしてください」
「………?言ってる意味が分からない」
「言葉通りの意味だ。一目惚れした、結婚を前提に付き合ってく」
「ちょちょちょちょ!!ちょっと待ってくださいまし!!貴女、急に何を」
「あ゛ぁ゛?」
テメェっ、
「そうかそうか、つまりお前は、俺の一世一代の告白を邪魔しようとしていると、そういう事でいいんだよな?冗談じゃねぇブチ殺すぞクソガキが!!!」
「何でそうなりますの!?」
「説得、落ち着け」
「ああ、すまない、リーフさん。少し熱が上がり過ぎた」
「急にスンってなるのやめてくれません?」
「でもまぁ実際、俺が貴女の味方になるメリットはかなりデカいと思うぞ?俺強いし。めっちゃ強いし」
「よくこの状況で自分を売り込めますわね!?」
「疑問。強いというのはどれくらい?」
いまいち感情の読めない眼付きで、真っすぐに俺を見るリーフさん。
可愛い。
ホント可愛い。
こうやって見つめ合っているだけで、幸福感で頭がどうにかなってしまいそうだ。
「少なくとも、クロさん相手に正面戦闘して余力を残したうえで捕殺できる程度には強いな」
「………え?クロさん、マジですの?」
「………マジです。残念ながら」
「さらに言うなら、俺の本領は直接戦闘じゃねぇ。俺の魔法………便宜上、【創造魔法】と呼んでいるんだが、コイツは『魔法や道具を作る魔法』だ。俺みたいな近接戦闘はむしろイレギュラー、本来なら、圧倒的物量による圧殺が基本戦術になるんだろうな。リーフさん、貴女が命令してくれるなら、一週間で1万規模の軍隊くらいなら作ってやる。疲労も恐怖も知らない人形の軍隊をな」
「………クロさん、もしかして私たち、ヤベーのと接触してしまったのでは?」
「イグザクトリー!よく気付いたな?」
「質問。なぜそこまでウチに執着する?」
「何故と言われてもな。人が人を好きになった、ただそれだけの事に説明がいるか?」
理解しがたいものを見るような目に、背筋がゾクゾクするのを感じつつ、思考を巡らせ。
「あぁ、しいて理由を挙げるなら、貴女の眼だな。貴女の眼があまりにも綺麗だったから、一緒に居たいと思った。貴女の一番近くで、生き死にを共にしたいと思った。………それが理由じゃ不足か?」
「………」
心のまま、正直にそう言って、警戒するような目を向けてくるリーフさん。
イイ。
凄く、すごく、イイ。
この人の眼を見るたび、この人の声を聴くたび、自分の中心にぽっかりと開いていた虚空が、確かに埋まっていくのを感じる。
今すぐ抱きしめて踊り出したいのを、ぐっと堪えて。
「とはいえ、だ。今日初めて会った俺の事を信用しろと言っても無理があるだろ?」
「………懐疑。何が言いたい?」
「なぁ、リーフさん。俺と決闘しないか?貴女が勝ったら俺を煮るなり焼くなり好きにすればいい。俺が勝ったら、俺と結婚してくれ」
「………」
「というか実際、勝とうが負けようが、貴女にとってメリットしかないと思うんだよ、俺は。貴女が勝ったらそれまでだ、俺の首を刎ねようが、奴隷にしようが、駒として使い潰そうが、綺麗な服を着せて飼い殺そうが、お気に召すようにすればいい。逆に俺が勝ったら………まぁ、幸せな結婚生活と、クッソ有能なスパダリが付いてくるってことで」
「ジュジュ、貴女、自分で自分の事をスパダリ呼びしましたね?」
「事実だからな。………それで、リーフさん。どうする?俺の提案を受けてくれるか?」
「………問答。お前は強いの?」
「ああ、強いさ。少なくとも、俺は今まで一度も負けた事がない」
「なら、いい」
そう呟いたリーフさんが、ソファーから立ち上がった。
微かに、新しいおもちゃを見つけた子供のような輝きを宿した黄色の瞳が、俺を見下ろす。
薄い唇が、裂けるように歪み。
「宣告。失望だけはさせるな」
「もちろんだ、愛しい人」
差し伸べられた手を、俺は確かにとった。
然れど夢は、夢のままなり。