邂逅、そして。
目が、覚めた。
ベッドから速やかに起き上がり、《風域探査》を発動。
周囲一帯に這わせた風から伝わる感触を、脳に留めて。
「進言。起きろ」
「うへへぇ~………お嬢様ぁ~………そんな激しいプレイは………」
「《上昇気流》」
「あだぁっ!?」
変態的な寝言を漏らす同僚を、魔法で宙に打ち上げた。
「あいたたた………ちょっとリーフ、急になんですの!?」
「警告。いつでも魔法を使えるようにして、周囲を警戒して」
「………敵の数と場所は?」
抗議してくるオトハにそう言ったら、即座に歴戦の人殺しの眼になった。
まったく………いつもこうなら、もう少し使えるのに。
「回答。子供が2人と大人の女が1人。それとよくわからないのが一匹。相手は全員、この建物の内部にいる」
「………よくわからない、とは?」
「返答。大型のネコ科動物に酷似している。けれど、呼吸していない」
「呼吸してないって、それ、本当に生物なんですの?」
「類推。希少魔術師の可能性がある」
「希少魔術師って………そんなポンポンいるもんじゃないでしょう?」
「否定。あなた達やルクシアという例がある。低いけれど、可能性はある」
「………と、なると、問題は、相手の魔法が何か、ですが………」
「推測。少なくとも、射程距離はそこまで長くないはず。何かされる前に仕留め」
「どーーん!!招待状を持ってきました!!」
「ウェルカムトゥケイオス」
窓を割って乱入してきた、2つの人影。
咄嗟に、《突風一閃》を放とうとして。
「ワーワーワーワー!!タンマ、タンマです!いったん落ち着いてください!!」
割り込んできて通せんぼする青髪のメイドと、醜悪な外見の、影で編まれたような怪物。
構わず、刃を振りぬいて。
「クロさんから!お手紙預かってます!!話だけでも聞いてください!!」
「あうぅ………どうして私がこんな目に」
「脅迫。文句言ってないでキリキリ歩け」
「うぅ~………帰ったらお嬢様に思いっきり甘やかさせてやる。膝枕しながらの耳かきぐらい要求してもいいですよね?」
「私に聞いてないで、お嬢様とやらに直接聞いてくださいな。………お嬢様、うぅ、お嬢様ぁ~………」
「?おねーさん、なんで泣いてるの?」
「アヤメ。ジュジュ兄から言われたでしょ。こういう変態さんに話しかけたらダメだって」
「あっ、忘れてた!ありがと、シオン!!」
「どういたしまして」
「そこのちびっこ2人!!まるで私が変態みたいな言い方はやめていただけます!?」
「シオン、アヤメ。こういう変態を刺激しても喜ばせるだけです。そっと距離を置いて、出来るだけ視界に入れないようにしてください」
「ラジャー!!」
「あいあいキャプテン」
「ぐぬぬぬぬぬぬ」
「苦言。オトハ、うるさい」
「あなたはどっちの味方なんですの!?」
グズグズいうメイドのケツを蹴っ飛ばしつつ前を歩かせる、夜明けの森。
侵入者どもを捕まえたウチらは、連中の言う『お嬢様』と会うために、屋敷へと向かっていた。
………しかし。
「猜疑。クロがお前達の言う『お嬢様』に負けたというのは本当?」
「ええ。でも、クロさんも本当に強かったですよ?私も死ぬかと思いましたし、なんなら、お嬢様も一回殺されてますから。あの人、白猿並みに強いんじゃないですかね?………ああ、クロさんの事ならご安心を。お嬢様がクロさんの事を割と気に入っているみたいですし、そうでなくてもお客様なので、手荒なことはされないかと」
「疑問。お客様というのは?」
「なんというか………お嬢様のマイルールみたいな感じですね。まぁ、下手に大暴れとかしなきゃ何もしないので、あんまり気にしないでくださいな」
「ふむ………質問、そこの2人、少しいい?」
「ん?なになに?」
「どうかした?」
「このメイドの言う、お嬢様というのは、どういう人?」
その質問に、幼女2人が動きを止めた。
「お兄ちゃんがどういう人か………優しい人?」
「手先が器用。あと料理が美味しい」
「他には?」
「強くておっぱいが大きい。上玉ですぜゲッへッへ」
「あとは………ご飯を食べるのが好き?読書とか音楽聞いたりも好きだし、多趣味さんだよね。あっ、ちなみに私はメタリカの………えっと、曲名なんだっけ?」
「アヤメが好きな曲なら、ウィップラッシュだと思う」
「そう!ウィップラッシュが好きです!!」
「………なるほど。問答、お嬢様なのにお兄ちゃん呼びなのは何故?」
「なんでって、お兄ちゃんはお兄ちゃんだから?」
「クロさんも言ってたけど、女の人って姉なの?」
「回答。普通はそうなる」
「う~ん………お兄ちゃんは普通じゃないから、あまり気にしなくてもいいのかも?」
「それだ。流石アヤメ。センキューマイシスター」
「にへへ~………それほどでも~………」
無表情のままぱちぱちと拍手する幼女と、褒められてニヨニヨする幼女。
気の抜けそうな光景が繰り広げられる中、それまでずっと黙っていた獣が、グルグルと喉を鳴らした。
「あっ。………え~と、リーフさんリーフさん。このまま歩いてたら思ってたより時間かかりそうだから、バンダースナッチ………この子に乗っていきませんか?」
「質問。そいつは速いの?」
「馬車の倍速くて倍揺れる」
「それじゃあ私が乗るのは無理ですわ。こんなところでリバースしたくありませんの」
「ふむ……シオン、アヤメ。先にお屋敷に戻っててください。私はお二人を案内します」
「アイアイサー!!」
「おかのした」
ちびっ子2人が獣の背中にピョンと飛び乗って、凄まじい速度で獣が駆けていく。
あっという間に小さくなっていく黒い影を見送って。
「………」
「疑問。私の顔に何か付いてる?」
「ああ、いえ。ただ、綺麗な人だな、と」
「そう」
私の顔をまじまじと見つめるメイドにそう返して、段々と明るくなっていく森道を歩き出した。
「…………ふぅ。こんなもんか」
「……あなた、なんですかそれ」
「歓迎の用意だ」
「はぁ………」
応接間の用意をしていたジュジュに声をかけて、欲しかったのと違う返事が返ってきた。
「ふむ………俺なりに整えたつもりだったんだが、何か問題でもあるのか?なにぶん、この世界の常識に疎くてな」
……確かに、この世界の一般的な様式から逸脱したところはあるし、部屋自体も小さめではあるが、それでも、上質なホテルと比べても遜色無い程度には整っている。
整っているのだが……。
「そういう訳ではなくて、その格好は一体?」
「かっこいいだろ?」
黒の中折れ帽子を被り、サングラスをつけ、胸元をはだけさせたシャツの上に黒色のコートを着て、黒色のタイトスカートに厚底の黒いロングブーツ……っぽくした義足を付け、ネクタイまでビシッと決めたマフィアスタイル。
それ自体は問題ないのだが、本人のスタイルが中々に凄まじいので、視覚的な破壊力がヤバいことになっている。
……というか、アレ、Fカップ超えてるんじゃなかろうか?
胸元にメロンか何かが入ってると言われれば普通に納得する程度にはデカいぞ。
………なんとなく、敗北感を覚えつつ、何の気無しに自分の胸を撫で。
「あいにくと、余所行きの服がこれくらいしかなくてな。俺みたいな美少女がドレス着ていったりすると、それだけで舐め腐った態度をとる馬鹿が真夏の蛆のように湧くからな。必然的に、威圧感のある、こういう服装で通す必要があるわけだ」
「なんか他に無かったんですか」
「あるにはあるが………いかんせん、露出が激しくてな。胸元がエグいことになる」
「それ言うなら今の服装も……いえ、何でもありません」
………まぁ、私が着るわけじゃないし、別にいいか。
不思議そうな顔するジュジュから目を背け。
「ただいまなのだ!!」
「アイムバックナウ」
「ぐえっ」
ドアを勢いよく開け放った幼女2人がジュジュに激突し、潰されたカエルのような悲鳴が上がる。
いい所に入ったのか、脂汗を浮かべたジュジュが、表情を取り繕い。
「あ〜………ありがとうね、2人とも。他の人はどうしたの?」
「あとから来るって!!」
「緑の髪の綺麗なお姉さんとピンク色の変態だった」
オトハあいつ、何やらかしたんだ。
「………シオン。そのピンク色のクソ野郎について詳しく話してくれる?」
「安心してください、ジュジュ。オトハ……ピンク色の変態は女ですし、そもそもマゾなので実害は無いかと」
「………そうか。ならいい。アヤメ、あとどれくらいで来るかわかる?」
「う〜ん……30分くらい?」
「わかった。ありがとうね」
「わふ〜……」
「にゃふ〜……」
頭を撫でられてぐにぃと蕩ける幼女2人。
なんだか不安になる光景から、目をそらして。
「それじゃあ、2人は部屋に戻っててくれるかな?私はお客さんと話さなきゃいけないことがあるからさ」
「ブーブー」
「なるほど。ジュジュ兄からすれば私たちは都合のいい女だったと」
「違うからね!?」
「安心して、ブラックジョークだから」
「………シオン、そういうのはマジでやめてくれ。心臓に悪い」
「かしこまり」
「アイアイサー!!」
ドタバタ慌ただしく部屋を出ていった2人を見送ったジュジュが、仕立の良いソファーにどっかりと腰掛けて。
「……ん?アンタは座らないのか?」
「……いえ、ただ、ますます女マフィアみたいだなと」
「そうか、そいつは光栄だね」
「光栄なんですか……」
とはいえ立ちっぱなしも疲れるので、ケタケタと笑うジュジュの隣に腰を下ろし。
「………このソファー、いいクッション使ってますね」
「アヤメに頼んで作ってもらった、弾み茸を使っているからな。手入れも簡単だし、中々に重宝している」
「………ひょっとして、この屋敷のもの、あなたが全部作ったんですか?」
「あぁ。なんなら、屋敷自体も俺が作った。原型を作るのに一ヶ月くらい掛かって、そこから今まで改修と改良を繰り返してきた、俺の、俺たち家族の自慢の家だ」
そう言って子供のような笑みを浮かべたジュジュが、スン、と鼻を鳴らし。
「………そろそろ来るか。願わくば、出会って五秒で殺し合いとかにならなきゃいいんだが」
「流石にそれはありませんよ。オトハもリーフも………まぁ、少なくとも今はまともですし」
「そのセリフで一気に不安になったんだが?………まぁいい。リナ、報告お願い」
「はい」
「うおっ」
いつの間にか部屋にいた小さなコウモリがジュジュの指先に止まり、直後、その腹が裂けて口が剥き出しになる。
唐突なグロに、思わず変な声が出てしまった。
「見た感じどうだった?」
「少なくとも、即座に戦闘になる事はないかと。………ですが、2人とも相当な手練れですね。ピンク色の髪の変態の方は、シオンとアヤメの2人がかりなら勝てそうでしたが、風魔術師の方はダメですね。私でも即殺されかねないかと」
「そのレベルかぁ………ありがとね、リナ。引き続き案内よろしく」
「かしこまりました、お嬢様」
義手の指先に止まったコウモリに頭から噛みつき、パキパキと音を立てて咀嚼するジュジュ。
なんだか正気度が削れそうな光景から目を背け、特に会話を交わすこともなく、気まずい時間が過ぎる。
そのまま待つ事しばらく、ガチャリと、ドアノブが回り。
「それでは、お入りください」
「ええ。案内ありがとうございました」
オトハとリーフが部屋に入ってきた。
………なんというか、数日しか離れてないのに、随分と久しぶりにあったような気がする。
「お久しぶりですわね、クロさん」
「再会。クロ、大丈夫だった?」
「まぁ、なんとか。………すみません、こんな、不甲斐ない事になってしまって」
「不問。それよりも、この変態の制御が大変だった」
「それで、この方が例の『お嬢様』ですの?なんというか、随分と凶悪な人相ですのね?」
「肯定。近年稀に見るレベルの悪人面」
「ちょっ、リーフ、オトハ、そんなことを荒くするような」
「………」
再開するなり好き勝手言い始めたリーフとオトハ。
二人をなだめようとして、私の隣に座っていたジュジュが、微動だにせずに椅子に座って………正確に言えば、魂の抜けたような顔でリーフを凝視していることに気づいた。
なんだか、すごく、すごく嫌なデジャヴを感じた。
それはまるで、目の前の変態が変貌した時のような、あるいはその弟がリーフに初恋泥棒されたのを知った時のような、そんな既視感。
嫌な予感が現実になる前に、何かしようと口を開きかけて。
「可憐だ」
「………」
………拝啓、ノア様、私、帰れないかもしれません。