第x話:黒と黝2
「《漆黒の大楯》!!」
「《大解放・啄死鳥》」
バースト機構をオーバードライブさせて至近距離から全弾叩き込み、黒い盾に受け流された。
………魔力で強化していなかったとはいえ、65口径の炸裂徹甲榴散弾を防ぐとは、尋常じゃないな。
さっき投槍で防御を抜けたのは、魔力を込めた一撃だったのと、槍自体が質量の大きな物体だったからか。
ならば。
「こういうのはどうだ?」
「っ!?」
マントの下に隠匿していた副腕を展開、ゼロ距離で【山茶花】の引き金を引く直前で、黒髪の女が身を翻した。
構わずそのままブッパして、意外に俊敏な動きで射線上から女が退く。
ふむ………M2重機関銃と同じ12.99ミリ弾を徹甲榴弾仕様に魔改造した特殊弾薬を使用したコイツならブチ抜けると思ったが、流石に食らってはくれないか。
………流石に、このボディで仕留めきるのは難しいか。
と、なれば、やはり一度屋敷から引き離すべきだな。
【紅梅】システムを起動し、意識を集中。
残り3本の拡張義肢を、全て解放し。
「《邪剣の薙ぎ》!!」
「《不思議なステップ》」
なんだか喰らったらデバフが付きそうな見た目のゲロビの薙ぎ払いを回避して、相手の腹に両拳を添え。
「【馬形拳】」
「がっ!?」
全体重を込めた渾身の拳打が、小柄な体を吹き飛ばした。
………内臓を全損させてやるつもりで打った一撃だったが、手応えが妙に軽い。
何らかの手段で致命的な打撃を避けたか。
俺が知っている劣等髪は、俺自身とシオンにアヤメ、それから2年前に殺した魔弾使いのバカが一匹と、そいつを引き連れてオタサーの姫みてぇな事やってたバカが一匹、それから目の前の黒髪のメスガキだけ。
俺の創造魔法とシオンの操蟲魔法、アヤメの植生魔法、魔弾使いの『触れたものを自由自在の弾丸にする魔法』と、オタサーの姫の『相手を惚れさせる魔法』の5つどれもが全く別の魔法である以上、劣等髪の使う魔法も、髪色によって物が異なるという仮説はほぼ確定と見ていいだろう。
と、なると、問題は目の前のバカがどんな魔法を使うかだ。
黒髪だし、なんとなく闇属性な感じがするが、闇属性がどんな魔法を使ってくるのか見当もつかない。
確認できているのは影の盾っぽい魔法と、衝撃力を吸収する魔法、どちらも防御系だ。
リナをあそこまで追い込んだあたり、攻撃かカウンターのどちらか、あるいは両方に優れるのだろうが、俺相手にカウンターを仕掛けてこない辺り、カウンターは切り札的な魔法か、もしくは純粋に攻撃特化型と考えてよさそうだ。
………どちらにせよ、デバフとかばら撒かれたら面倒だな。
そうなる前にサクサク殺してしまおう。
撃ち尽くした散弾銃の弾倉を交換しつつ、前に出て。
「《堕とし穴》、《食い散らかす闇》!!」
「んおっ」
足元の感覚が突然消えて思わずバランスを崩し、パックマンめいた無数のまっくろくろすけが撃ち込まれる。
なんか喰らったらヤバそうなのでしっかり魔力で強化した散弾をぶちかまして迎撃しつつ、副腕を動かして脱出し。
「《黒霧》!」
「ぬっ」
ボフン!!と盛大な音とともに、煤のような黒い霧が辺り一帯を覆いつくした。
………なるほど、煙幕を張ったか。
すぐに攻撃に転じない辺り、よほど俺を警戒しているのか、それとも。
「………逃げた、な」
《呪々胎符》を一枚消費して《風砲弾》を発動、煙幕を吹き飛ばし、すぐ近くに転がっていた投槍を回収。
血液がべったりと付着した切っ先を舐り、舌の上で血を転がす。
思わず胃袋が鳴ってしまいそうなほど空腹を刺激する芳醇な香りを、たっぷりと鼻腔に含み。
「………そっちか」
女は森の外………それも確か、革命軍の基地があった方へ走っていた。
体臭に混じる汗の匂いからは、わずかな恐怖心と緊張に怯え、そして焦燥感が香ってくる。
まず間違いなく、援軍を呼ぶ腹積もりだろう。
………場合によっては、俺たちのような固有の魔法を使うイレギュラーが紛れ込んでいる可能性もあるか。
そうなれば美味し………じゃなくて厄介極まりないのは間違いないし、女自身、どんな鍛え方をしたのか相当に足が速い。
追手が常人なら、確実に撒けただろうな。
もっとも。
「吸血鬼からは逃げられないがな?」
左足の逆関節と右足の車輪を開放し、ジェネレーターを駆動させる。
足首に仕込んだ蒸気管がバシュウウン!!と騒音を鳴らして蒸気を噴出し、ガシュンガシュンガシュンと音を立てて、【加圧】の魔術刻印を刻んだ2連並列型のシリンダーに蒸気が蓄積されていく。
体を低く屈めたのと同時、爆発的な蒸気圧が、人工筋肉に一気に流れ込み。
「【戦技・八双跳び】」
跳んだ。
自分でも制御できないほどの壊滅的な脚力が俺の体を大きく宙へ打ち上げ、魔力によって硬質化させた外套が、気流を捉えた。
風を切る轟音と顔面に吹き付ける強風の中、吸血鬼特有の超感覚が、森路を急ぐ銀髪の女を捕捉する。
【なんでも収納箱】からカラクリ鉈を取り出して、八双に構え。
「《蠍心の赤星》」
「!?」
膨大な魔力による多重積層装甲を纏った、高高度からの落下急襲攻撃。
位置エネルギーと俺自身の質量に吸血鬼特有の馬鹿力をプラスした必殺の一撃は、インパクト直前に横方向に全力でハリウッドダイブした女に躱された。
衝撃に軋む義体を堪えつつ、深々と刺さった鉈を引き抜き。
「よく避けたな、今度こそ仕留めたと思ったんだが。………んで、それがテメェの奥の手って奴か?」
衝撃波に巻き込まれたのか、色々とボロボロな女の髪は、さっきまでの黒髪とは似ても似つかない銀色に変化していた。
どういう仕掛かは知らんが、髪色を変えられるのか。
使う魔法も変わってくるだろうし、なにより、変色が銀色だけとも限らない。
まったく………無駄な手間かけさせやがって。
「鬱陶しいんだよカスが、ハラワタ晒して死にやがれ」
「《時間停止》!!」
腹立ちまぎれに引き金を引いて、弾丸が、空中で静止した。
時間停止………銀髪の魔法は時間操作か。
クソみたいなクソが来やがった。
考えられる能力としては、時間逆行、時間加速、それと今やった時間停止か。
クァチル・ウタウスみたいに触れたものを一瞬で塵にしたり、某最高にハイな吸血鬼とか赤い館で働くメイドさんとかよろしく、自分以外の時を止めたりも出来そうだな。
非常に面倒、かつ、凶悪な魔法だが、流石に全世界規模の時間停止なんかは大技………それこそ最高位魔法の類だと信じたい。
そうでないなら、リナも俺も今頃死んでるはずだし。
まぁ。
「まだ対処は容易だな」
「あぶなっ!?」
不意打ちに放った《月光剣》は、あっさりと回避された。
物理的に防御できない魔力の刃なら通るかと思ったが、そもそも当たってくれないか。
相変わらず、いい直感して。
「んにゃっ」
ゾクリと、背筋の震えるような感覚。
………リナが、防衛用の結界を起動したか。
屋敷からの距離もそろそろ大丈夫そうだし、潮時という奴だろう。
推定闇魔法と時間魔法という2つの未知の魔法に、髪色と魔法の変化という未知の技術。
腑分けして解体してバラバラにして徹底的に究明したかったが、時間切れか。
カラクリ鉈を【なんでも収納箱】に仕舞い込んで。
「さて。もうちょっと遊んでやりたかったが、残念、タイムオーバーだ。続きは獄卒とやってくれ」
大きく息を吐いて瞑目し、俺の体がソレを纏った。
「【忌蔵胎豎禁忌賢衆】」
全身を包み込むドレスのような甲冑と、機械化された6つの腕。
鋭い鉤爪を備えた金属製の8脚が地面を揺らし、大量のミサイルポッドを備えた大きな腹を装甲が覆う。
巨大な蜘蛛の胸部から人間の上半身が生えた怪物………俗にいうアラクネを模したような、八脚六臂の強化外骨格。
「【忌み蜘蛛の女王・純黒の未亡人】。高機動と超火力の両立をコンセプトに開発した、俺の最高傑作の1つだ。あまり簡単に死んでくれるなよ?」
「オラオラオラオラオラオラ!!!どうした!?腰が引けてんぞ!?」
「こっ、のぉ!!」
スラスターを噴かせて水平にスライドしながら弾丸の雨を降らせてやって、そのうちの大半が不自然な軌道で静止した。
時間停止による防御、性質からして通常の物理攻撃で突破するのは不可能だろうが。
「コイツなら、どうだ?」
両肩に装備した15連装分裂ミサイル【無花果】を斉射し、無数の誘導弾等が一斉に炸裂した。
爆炎で視界が塞がれるのを、気にも留めずに突貫し。
「頼むから、これで終わってくれるなよ?」
超高出力魔力刃型HEATブレード、【鶏頭】
MPAの原理を応用した防御貫通攻撃を叩き込み、容易く避けられる。
まったく、嫌になるほど攻撃が当たらん。
というか、ミサイル群による飽和攻撃からの疑似パイルが当たらんってどういう事よ。
回避性能LV5までガン積みしてんのか?
フリーの右腕で木彫りの人形を取り出して。
「《挟撃しろ》【月読みて星間を歩む者】」
吐き出した言葉が実を結び、現れたのは体高八メートルオーバーの異形の怪物。
焼き潰されたような顔面に剥き出しの乱杭歯、上半身を拘束衣の上から無数の十字架で串刺しにされた、23本の刃のような形状の足を持つ、人間離れした化物。
全身を貫かれたまま身悶えするように体を攀じった怪物が、冒涜的な絶叫と共に銀髪の女へ襲い掛かる。
俺自身も散弾銃をぶっ放しつつ、【延齢草】を起動して。
「《魔法削除》!」
「へぁっ!?」
いつの間にか黒髪に変わっていたメスガキが魔法を発動し、【月読みて星間を歩む者】が一撃で還された。
雑に作った即席の《式》ならまだしも、しっかりと手間暇かけて黒壇削り出しの根付細工として拵えた《式神》が、だ。
………正直、こうも容易く破壊されると思ってなかったので少しだけ、ほんの少しだけショックだったりする。
だが、理解した。
「テメェのソレ、さては何かを消す魔法だな?」
「っ!?」
あからさまに逃げようとした女の進路上に散弾を叩き込んで足止めし、背中のウェポンラックに収納していた50口径PDW【回転草】を装備。
………考えられる攻撃としては、防御を無視した問答無用の貫通攻撃や、相手の寿命を消しての即死攻撃といったところか。
空間を消してのザ・ハンドめいた強襲なんかもありそうだし、俺の馬形拳をある程度とはいえ防いだのも、『攻撃の威力』を消しての防御だろう。
このレベルで出来るなら、リナがあそこまでボコされたのも頷ける話だ。
あまり行動させず、遠間からハチノスにするべきか。
八脚特有の機動力で距離を取って。
「《殲滅掃射》!!!」
機体を地面に固定したうえで放つ、一斉掃射。
2キロ先から人間を真っ二つに引き裂けるような超火力の連撃だ、まともに食らって生きていれるとは。
「《歪む空間》!!」
「う、おぉおおっ!?」
咄嗟にMPAを展開して、弾丸の雨が俺自身に降り注いだ。
まともに直撃すれば主力戦車すら一撃で破壊しかねない暴力の雨に、MPAが一瞬で減衰し、消失した。
術式が破綻して用を為さなくなったカートリッジをパージして。
「《影纏う闇槍》!!」
嫌な予感がして全力で跳躍し、俺の足元から伸びた無数の影の槍が【純黒の未亡人】を貫いて弾薬に誘爆する。
飛散した破片に脇腹を大きく抉られながらも、ギリギリで脱出し。
「《魔王の邪剣》」
すっと、俺の首筋に、漆黒の刃が押し付けられた。
澄んだ色合いの黒い瞳で、少女が真っすぐに俺を見つめる。
首を切り落とされるよりも早く、相手の細っこい首を握り潰そうとして。
「………っ!!」
ざしゅ、と血の噴き出す音がして、意識が暗転した。
「げほっ、げほっ!………まったく、なんて力してるんですか、この人」
『代わるよ、クロ。先に傷を治さないと』
『………わかりました、スイ。お願いします』
大きく裂けるような笑みを浮かべたまま切り落とされた頭部と、つい数秒前、意識を失いかけながら《魔王の邪剣》で切断した右腕を放り出して、体の主導権をスイに移した。
………まさか、首を切り落とされてなお、私の喉を絞めにくるとは思わなかった。
メイドさんの熱線に焼かれたままだった腕やら爆撃の余波に巻き込まれてヒビが入っていた足の骨やらが癒えていくのを感じつつ、ようやっと一息ついて。
『………結局、この人、何だったんですかね』
『わからない。髪色からして、屋敷の結界とかその他諸々を作ったのがこの人なのは間違いなさそうだけど………』
『スイ。あなた、この髪色の希少魔法に心当たりはありますか?』
『………ごめん。たぶんだけど、伸縮魔法と同じ、新しく生まれた希少魔法なんだと思う。クロこそ、なにか思いついたりしない?』
『………そう、ですね。この人がメイドさんが使っていた義手やロボットは、全体的に、機械の類だと思います。確か、改造魔法という希少魔法がありましたよね?』
『確かにあるけど、アレの髪色はミントグリーンだ。性質の類似した別の魔法じゃないかな?』
『………そう、なのでしょうか』
『ま、相手も死んだことだし、あまり深く考えなくてもいいんじゃないかな?ボクたちが拠点に帰ってリーフを連れてくれば、ソレで全部解決するでしょ?』
『………まぁ、それもそうですね。悩んでいてもどうにもならないでしょうし。帰りましょう、スイ』
『オッケー。ボクもうクタクタだよ』
『あなたほとんど何もしてないでしょう?』
『ひっど!?クロ、君さぁ、ボクがいなければ今頃どうなってたか』
『わかってます。ほら、さっさと行って………いえ、スイ、この人の首を回収してください』
『え?………なに、クロってそんな趣味あったの?』
『そんなわけないでしょう?思い出してください、私たちがこの森に来た目的は、洋館に住む怪物の盗伐です。十中八九この人が件の怪物でしょうし、首を持って帰れば動かぬ証拠になります』
『えぇ~………ボクこれ持って帰るのヤダ』
『………わかりました。私が持って帰ります』
子供みたいに駄々を捏ねる頭の中の住人に呆れつつ、主導権を取り戻して地面に転がる首に近づく。
未だに切断面から血を流すソレの髪を掴んで、持ち上げ。
『《殺戮する怪舌》』
「っ、あっぶっ!?」
2重に移る未来視の中で、まるでカメレオンか何かのように長く伸びた舌が、私の首をアベコベに刎ねた。
咄嗟に首を放り投げて、首の皮をわずかに削ぎ落とされる。
ポンと宙を舞う首を、首なしの体がキャッチして。
「いやはや………まさか、《一度きりの復活》を使わされるとはな。このジュジュの眼を以てしても見抜けなんだ」
ドチャリ、と、融けかけのバターを床に叩きつけるような音とともに、首が元あった場所に押し付けられた。
まるで体の調子でも確かめるみたいに首を回した女が、いつの間にかくっついていた右腕で、半壊した仮面を引っぺがす。
腐った血のような赤色をした目が、突き殺すように私を射る。
ニヤニヤと、ギザ歯を剥き出しにして笑った女が、何もない虚空から巨大な鉈を取り出して。
「どうした?そんな目の前で死人が生き返ったみてぇな顔して。フリーザ様然り、りゅうおう然り、セル然り、戸愚呂弟………は違うが、まぁともかく、第二形態は強者の特権だろ?」
「貴女………なんで生きて」
「そりゃ簡単な話だ。ライフイズビューティフル、生きる事、生ある事は、愛しく美しく高貴で代えがたく、そして尊いものだ。………ならよぉ、俺1人でいくつか持ってたって許されるよなぁ?」
そう言い切った女の全身から、どす黒い靄のようなものが噴火のような勢いで噴出する。
見上げるような巨体が次第に輪郭を失い、不定形に歪んでいく中、ゲラゲラゲラゲラと正気が削れそうな哄笑が響く。
壊滅的なまでの殺気を漂わせる女の唇が、三日月のように裂けて。
「久しぶりの格闘戦なんだ、せいぜい楽しませてくれよ?」
直後、認識すら許さない速度で飛んだ刃が、私の右腕を切り落としていた。