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第x話:黒と黝



「………っ」

「ふぅ………意外と粘りますね、貴女。ウチに欲しいくらいです」

「………お誘いいただきありがとうございます。ですが、私は疾うに、お嬢様に忠誠を誓った身ですので」

「そうですか。残念です。《食い散らかす闇(ダークイーター)》」

「ッ、《影渡り(シャドウダイブ)》!!」


 全身血みどろで片膝ついたメイドさんに自動追尾する暗黒の弾丸を20ほど放ち、()()()()()()()()()()()()()()()()()


 標的を見失った弾丸は無差別に地面を抉って消失し、辺りを静寂が支配する。


 まったく………この屋敷全体を覆う妙な結界?といい、青髪のクセに明らかに水魔術以外の妙な魔法を使うところといい、いくらなんでもイレギュラーが過ぎる。

 速攻で仕留めようにも無駄にタフだし、撤退して応援を呼ぶにしても、謎の結界に阻まれて上手く行かなかった。

 「大魔王からは逃げられない」とでも言いたいのか。

 この結界を作った馬鹿はかなり良い性格をしてそうだ。

 会ったら《(デス)》してやる。


 思わず口から出かかった溜息を飲み込んで、右手に、魔力を纏わせて。



『クロ!2秒後、右からくるよ!!』

「見えてます、《魔王の邪剣(ダーインスレイヴ)》」

「っ!?」



 現実世界とダブるように映し出された未来───激流の槍が私の首を貫通して抉り飛ばしていた───から半歩前に踏み出して槍を躱しつつ闇の魔剣で切り裂いて消失させ、反撃の一閃が球体関節の人形のような左手の義手を叩き切った。

 怯んで跳び退るメイドさん相手に、大きく踏み込み。



「撃ち抜けっ、【金剛杵(ヴァジュラ)】!!」

「《漆黒の大楯(ダークガーター)》」


 投擲された奇妙な形状のナイフ………ナイフ?まぁともかく飛び道具を防ぐ。

 生体感知の反応に従って頭上に《連射される闇(ショットダーク)》を放ち、人間離れした猿のような動きで身を捻って躱された。

 ルシアス並みとまでは言わないが、それでも呆れた身体能力だ。


 庭の木の枝に着地したメイドさんが、スカートの中から取り出した義手を取り付けるのを眺めつつ、こちらも息を整え。




破獄惨牢刃(プリズンブレイク)



「っ、《影の身代わり(シャドウエスケープ)》!!」



 未来視に映ったのは、全身をズタズタに切り刻まれて絶命する2秒後の私。

 数秒だけ自分の影にダメージを流して無効化する魔術を展開し、直後、私の全身を漆黒の流体刃が貫いた。

 まるで鞭か何かのように蠢いた黒い流体が引いていく中、私の上に影が降り。



「【雷迅脚】」

「今度はッ、雷ですか!?」


 咄嗟に後ろに回避して、ちょうど私がいた場所に、落雷と同時に踵落としが叩き込まれた。


 ………今のは、だいぶ危なかったな。


 回避が遅れていれば、全身真っ黒焦げに感電死して。



「【秘伝奥義・獄炎葬、巴蓮華】」

「!?」


 放たれた火炎の槍を全力ダッシュで回避、避けた先に放たれたもう一発を《漆黒の大楯(ダークガーター)》で防御。

 防ぎ切れなかかった余波に腕を焦がされながらも、なんとか凌ぎ切る。


『クロ、代わってくれ。傷を治す』

『不要です。………それとスイ、貴女の時間魔法がどれくらい通用するかはわかりますか?』

『………たぶんだけど、ほとんど効かないと思う』

『そうですか。なら、今まで通りサポートに徹してく』

「【紅蓮焼崩拳(デスクリムゾン)】!!」

「こっ、のおっ!!」



 横に全力でジャンプして熱線を回避、射線上にあった木に直撃したソレが、なかなか立派なサイズだった木を半ばから消し炭にして吹き飛ばした。

 ………さっきの火炎の槍も、今の熱線も、並の炎魔術師の放つ上位魔法をはるかに上回る威力だった。

 以前、うちのステアと意気投合していた行商の老婆が売っていたような、適合属性以外も使えるようになる魔道具かとも思ったが、それにしては強力すぎるし、なにより。



「………その右腕、随分と便利そうですね。義手か何かですか?」

「まぁ、そのようなものです。結構可愛いでしょう?」

「はぁ………」



 バシュウゥウウン!!と独特な音とともに蒸気を噴き出す左腕の義手を撫でるメイドさんの右腕が、半ばから、無数の黒い鞭のようになって分化していた。

 先ほど私を襲った流体刃と同じものだろうが、問題は………



『スイ』

『なんだい?クロ』

『私の生体探知に反応がありました。あのウネウネしてるの、()()()()()()

『………はぁ!?え、じゃあなに、アレ、寄生虫か何かって事!?』

『いえ、恐らくは体の一部かと。ああいう事が出来そうな希少魔法に、なにか心当たりはありますか?』

『………ゴメン、少なくとも、僕は見たことない』

『………そうですか』



 考えろ。


 相手がしてきた攻撃に共通しているのは何だ?


 落雷を纏った蹴りも、火炎の槍も、あの奇妙な右腕も、必ず何か共通する点があるはず。


 何か、突破口が。




「では、お客様。私は今日の夕食を作らなければならないので、このあたりで終わってもらいますね。─────【論理規制限定解放(コードブレイク):私は貴女と同じ声で歌う雲雀を噛み殺した】………第一・第二緊縛術式解除、《戦狼形態(ヴェアヴォルフ)》を発動。これより稼働時間3分以内に決着をつけさせていただきます」



 そう言って4つ足をつき、狼か何かのように構えるメイドさんの右半身が、どす黒い霧で編まれた無数の鞭のようになって、半ばから宙に融けていた。

 セリフからして時間制限付きの強化形態………それこそ私の《制限解除(リミットブレイク)》のようなものだろうが、それにしたってああまで人型から崩れたりはしないだろう。


 それこそまるで、()()()()()()()()()()()()()()





「《獣爪一閃(ワイルドハント)》」

「《漆黒の大楯(ダークガーター)》!!」



 矢のような速度で撃ち出された刃の群れを闇の大楯で防ぎ、威力を殺しきれなかった爪の1つに腕の肉を浅く削がれた。

 血が噴きだし、熱く不快な感触が奔るが、それだけだ。

 《歪曲する空間(ディススペース)》で強制的に距離を取らせて。




「《無数の暗黒(ミリオンダーク)》、《食い散らかす闇(ダークイーター)》、《影縫い(シャドウ・ジャック)》」

「あっぶなっ!?ちょっ、これ流石にキツ」


 広範囲に闇をバラまきつつ自動追尾式の暗黒を連射、ついでに支配した相手の影に相手自身を襲わせた。

 メイドさんがギャーギャー言いながら逃げ回っているが、これだけ攻撃しても死なない辺り、ホント嫌になる。

 ………もっとも、それももう終わりだろうが。


 文字通りの人外めいた挙動で攻撃をかわしたメイドさんが、バカげた速度でこっちに突っ込んでくるのを確認し。




「《歪む世界(ディスワールド)》」

「!?!?!?」



 騎兵隊の突撃か何かのように突っ込んできたメイドさんが、私の三歩手前で顔面から地面に倒れこんだ。


 闇属性最高位魔法、《歪む世界(ディスワールド)》。


 闇属性の『歪める力』を周囲の全てに伝播させ、浸食する魔術で、体の動きを無茶苦茶にしてやった。

 もぞもぞと蠢いてはいるが、流石にこの状態から攻撃に移ったりはできない様子。


 ………というか、今更だがこのメイドさん、傷がいつの間にか塞がってるな。


 《影纏う闇槍(シャドウ・ガン)》が腹に直撃していたし、他にも何発かクリーンヒットしたのに動きが全く鈍らないので怪しいと思ってはいたが、そういうカラクリか。

 未知の魔法といい、複数属性を扱う謎の技術といい、個人的にも気になるし、何よりも、あの方の役に立ちそうな技術ではある。

 その仕組みを解明し、再現する事が出来れば、ルクシア陣営の排除にも、ノア様の世界征服の一助にもなるだろう。

 だが。



「縺ェ縲∽ス輔′襍キ縺薙▲縺ヲ??シ」

「やはり、貴女は危険すぎますね。残念ですが、ここで死んでください」



 動けない相手の背中を踏みつけ、《収束する闇(ダークエンド)》を放とうとして。




「っ!?」




 この洋館を囲む森の奥、私の眼をもってしても見通せないほどに鬱蒼と茂った木々の合間から、何か人智を超えた怪物のソレのような、悍ましい絶叫が響いた。


 内臓に氷塊を突き込まれたような、あるいは、氷の腕に心臓を掴まれたような、耐えがたいほどの悪寒。


 本能的かつ根源的なソレに思わず身構え。





「………何も、来ません、ね」

『クロ。なんか嫌な予感がする。さっさと終わらせて、リーフを連れてもう一回来た方が』







『死んじまえ』





 現実世界に重なるようにして、2秒後、全身を無数の鋼鉄の槍に貫かれ、内臓と脳漿をブチ撒いて即死する私の姿が見えた。




 咄嗟に《漆黒の大楯(ダークガーター)》を展開し、僅かに軌道の逸れた一撃が、闇の大楯を容易く貫通して私の頬を掠めた。



 展開が間に合わなければ、頸動脈を抉り取られて死んでいた。



 その事実に背筋が凍ったような心地にさせられながらも、一度、引こうとして。




『《万象の空(ショゴス)黒薔薇の庭園マッドローズガーデンズ》』



 高速で飛翔する蕾のような魔術を、未来視が捉えた。


 《影の身代わり(シャドウエスケープ)》を展開し、カウンターを。





『っ、ダメだクロ!!避けろ!!』



 悲鳴じみたスイの言葉に全力で後ろに跳んで、ちょうど私の首があった空間で、流体刃で編まれた大輪の花が咲いた。


 倒れ伏していたメイドさんすら飲み込んで蠢く、黒い刃の群れ。


 ………アレに巻き込まれていれば、下手をしなくても、《影の身代わり》の効果時間が先に切れてミンチにされていた。


『………すみません、スイ。助けられました』

『言ってる場合か!それより、早く逃げないと!』

『そうしたいのはやまやまですが、結界が解除されていません。逃走が成功する可能性は著しく低いかと』

『………じゃあどうする?戦って勝てると思う?』

『勝てそうになくてもやるしかないでしょう?スイ、貴女も手伝ってください』

『………わかった』


 逃げ腰のスイを言いくるめて、臨戦態勢を整え。


 …………。



『………なかなか出てこないね?』

『そうですね』

『………』

『………』

『………』

『………クロ、ちょっと代わってくれないかな?腕の火傷がずっと痛くて………』

『わかりました。ついでに未来視を掛けなおしておいて』

「【赫熱鏖崩拳(クリムゾンストライク)】」

「っ!?」



 スイに体の主導権を渡そうとした瞬間に、極大サイズの熱線が放たれた。


 まともに食らえば焼死は免れないソレを全力で回避して、地面を溶融させながら直進した砲撃が、屋敷全体を覆う結界に直撃し、耳が痛くなるような爆音を鳴らして一撃で破壊した。


 ………上位魔法の《収束する闇(ダークエンド)》を撃ち込んでも普通に耐えた結界を、だ。


 火傷しそうなほどの蒸気と土埃に塞がれた視界の奥、暗く巨大な人影が、ゆらりと蠢き。



「ああ、すまん。少し待たせちまったな。いや、リナが随分とぐずってよ」



 錆びついたような不快な嗄れ声とともに現れたのは、やけに背の高い1人の女だった。


 ヤギの頭蓋骨のような仮面を被っているせいで目元は判然としないが、それでも整っていると一目見てわかる整った顔立ちを醜怪に歪めて、ギザ歯を剥き出しに笑う、長身の女。

 2メートルは確実に超えている極端な猫背の巨体に、狼か何かの灰色の毛皮めいた装束を纏い、胸にサラシを巻き、両手足に機械的な印象の甲冑を装備した、あからさまな危険人物。


 ………だが、何よりもマズいのは。




「………希少魔術師、ですか」



 まるで鬣か何かのように腰くらいまで伸ばしたウルフカットの長髪は、星のない夜空のような光沢のない黒に、血のような赤の水玉模様だった。



 ゆらり、と、幽鬼のような動きで巨大な散弾銃を2丁構えた女が、銃口を私に突き付ける。



「奇遇だな、テメェもイレギュラーか。お互いお揃いお似合いの不細工なハグレモン同士だ、仲よくしようぜ………って言ってやりてェところだが、お生憎様、一身上の都合で、テメェを赦すわけにはいかなくてな」

「………それで?赦すわけにいかないなら、どうするつもりですか?」

「あん?そりゃお前、決まってンだろ。言わせんなよ恥ずかしい」



 私が即座に魔法を放てるように構えたのと同時、ガチャリと、撃鉄を起こす音が、やけに重く大きく響き。






「テメェは今日の晩飯だ。掻っ捌いてプティングにしてやる」





 瞬間、巨大な二丁散弾銃が轟音とともに火を噴いた。

























「リナ、大丈夫?」

「お、嬢様。申し訳、ございません」

「気にしなくていいから。ほら、ゆっくり飲んで」

「………ですが」

「良いから飲んで。これ命令ね?」

「………はい」



 全身血塗れのボロボロなリナの口元に私の右腕をもっていって、躊躇いつつも誘惑に抗いかねた様に、牙が突き立てられた。


 プツリと鈍い痛みと、舌の感触。

 傷口から溢れ出る血液を、リナの舌が、丹念に舐め取っていく。


 犬猫の類に舐められるようなくすぐったい感触に耐えて、リナの好きにさせる事しばらく、夢中になって血を貪っていたリナが、はっと我に返ったような顔になった。


「………その、お嬢様。これは何と言うかあのお腹がすいていてですね」

「別にいいよ、ソレくらい。………ありがとうね、リナ。シオンとアヤメを守ってくれて」

「い、いえ!私はそんな大したことは」

「それでも、だよ。…………さぁ、あとは私に任せて、屋敷に入ってて。2人とも、きっと心配してると思うから、一緒にいてあげて欲しい」

「………承知いたしました、お嬢様」

「ああ、それと、今日の晩御飯は、久しぶりにリナが作ったショットブラールが食べたいな。確か、鹿肉のブロックと木苺のジャムがまだあったでしょ?」

「はい」

「じゃ、お願いね?」

「………かしこまりました、お嬢様。どうか、ご武運を」

「ありがと、リナ。愛してるよ」



 リナをぎゅっと抱きしめて、《影渡り(シャドウダイブ)》を使ったのか、細身な体が、影に融けるようにして消失した。

 僅かに残る、金木犀のソレに血錆の混じったような甘い香りと、人肌の、温もりの残滓。


 ずっと展開していた《黒薔薇の庭園マッドローズガーデンズ》を解除して。




「【赫熱鏖崩拳(クリムゾンストライク)】」





 クソゴミムシのいるあたりに熱線をぶち込んで、鋭敏化した感覚が、華奢な悲鳴を捉えた。


 ふむ………《幽霊屋敷(ジェイルハウス)》の結界を破壊するついでに仕留められれば御の字程度の攻撃だったが、声が聞こえたという事はしっかり避けたか。

 リナをあそこまで追い詰めるあたり、相当な手練れという事はわかっていたが、予想以上にやってくれる。


 ………もっとも、だからどうという事も無いのだが。



「ああ、すまん。少し待たせちまったな。いや、リナが随分とぐずってよ」



 一歩、前に踏み出して、警戒したような顔の()()()()がいた。


 ふむ………ツラはいい。

 ツラは良いが、いささか肉付きが悪いな。

 これじゃ、たいして歩留まりは良く無さそうだ。

 味は良さそうだが肉が薄いし、全体的に骨ばってる。



「奇遇だな、テメェもイレギュラーか。お互いお揃いお似合いの不細工なハグレモン同士だ、仲よくしようぜ………って言ってやりてェところだが、お生憎様、一身上の都合で、テメェを赦すわけにはいかなくてな」


 両足を開いて体を半身に構え、両手の【鳳仙花(タッチ・ミー・ノット)】を突き付ける。

 大きく、息を吸って。


「………それで?赦すわけにいかないなら、どうするつもりですか?」

「あん?そりゃお前、決まってンだろ。言わせんなよ恥ずかしい」



 《怪力の巨神(カブラガン)》を最大出力で発動して。




「テメェは今日の晩飯だ。掻っ捌いてプティングにしてやる」




 突撃して、散弾銃を叩き込んだ。










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