7話
すべての授業が終わり、部活動に励む生徒や委員会に出席する生徒、そして教師陣が残る放課後。
茜色に染まった大空の下、人気のない校舎裏で五人の男女が駄弁っていた。その足下には煙草の吸い殻やお菓子の袋が転がっている。
五人は高等部二年に在籍する生徒で、クラスはバラバラだが中等部からの付き合いで仲が良かった。素行は決して良いとは言えず、成績も下から数えた方が早いといった具合で、学園も手を焼いている程の不良生徒だ。
ケラケラと楽しそうにお喋りをしていると、不意にふわふわの髪を二つ結びにした一人の女子が言った。
「そういえば知ってる? 例の編入生のこと」
「あぁ、けっこー可愛かったよなッ、痛っ!」
「キモい」
黒い短髪の男子生徒が編入生の容姿を思い出し、だらしなく鼻の下を伸ばす。廊下ですれ違っただけだが、クールビューティという言葉が似合いそうな整った顔立ちと雰囲気をしていた。
デレデレとニヤけている男子の脇腹を辛辣な台詞と共に肘で小突き、ふわふわ髪の女子は続ける。
「その編入生、樹香と真尋のこと聞いて回ってるらしくってさ。それも二人がいじめてた奴らに」
途端、彼らの顔色がサッと変わった。
青ざめている者、気まずそうな者、苛立たしげな者、十人十色な反応を見せる。
たった一日で高等部、下手したら学園中に広まっているくらいの噂だ。当然、他の四人も耳にしていた。
髪をハーフアップにした女子が、頬を引き攣らせて口を開く。
「やっぱマジだったんだ、その噂・・・」
「今更死んだ奴のこと聞いてどうすんだよ」
「なんか“好奇心が強いから”とか言ってたらしいよ。樹香と真尋が恨まれるようなことがあったのかどうとか」
「好奇心って・・・。小学生かよ」
そう言って金髪男子は、地面に落とした煙草の火を靴裏で踏んで消した。
男子二人はせせら笑うだけだが、女子三人は深刻そうな表情で顔を突き合せている。
「ちょっと・・・、ヤバくない?」
「私らのこと、誰かチクってたら・・・ね?」
「何か聞いてきそうっていうか・・・」
女子三人は、鳳 樹香と小林 真尋の取り巻きだった。星ノ咲学園に入学してすぐに二人に気に入られたので、そこそこ付き合いが長かった。
そんな彼女たちは二人の命令を受けて、標的となった生徒を代わりにいじめていた過去を持つ。最初は断ったが、三人は各々《おのおの》万引きや援助交際などの世間、特に親に露見してはマズいことをしており、それをネタに脅され渋々行動に移した。それ故に、例の編入生が余計な好奇心で自分たちの元に来られでもしたら非常に迷惑なのだ。
顔を強ばらせるポニーテール女子の肩を抱き寄せ、金髪男子は怯える女子たちを見渡して慰める。
「気にすんなよ。どっちかって言ったらお前らも被害者みたいなもんだろ。あの二人に逆らったら後が怖かったし」
「そうそう。それに、もしその編入生が来ても少し痛い目見たら近寄んなくなるって。むしろ、俺たちから先に編入生に忠告しに行くか?」
黒髪男子が左掌に右拳を叩き込む仕草をすれば、女子三人は可笑しそうに吹き出し安心したように肩の力を抜いた。
「まぁ、それもありっちゃありだよね」
「確かに」
それは幾度も使ってきた常套手段ともいえた。今までのいじめを教師に告げ口してやると脅迫めいたことを言ってきた生徒も、“こんなことしてただなんてびっくり”と好奇心で近寄ってきた生徒もこちらが忠告すれば大人しくなった。その編入生も、彼らと同じ目に遭えば変な気は起こさないだろう。
女子三人は、すっかりいつもの調子に戻ったようでクスクス笑い合った。
「何にせよ、編入生が来たらマジで言えよ。俺らが追い払ってやるからさ」
黒髪男子に目配せしながら、金髪男子は自信満々に告げた。
そんな男子二人に女子三人は頼りにしてる、と更に笑う。
話が一段落したところでカラオケに行こうという事になり、五人は吸い殻やお菓子の袋を地面に放置したまま校舎裏を立ち去っていく。
じゃれ合いながら遠ざかる五人の後ろ姿、その校舎の物陰で一つの影がゆらりと蠢いたことには、誰も気づかなかった。
――――憎イ、憎イ・・・・・・。
――――ドウシテ、アイツラハ楽シソウニ生キテイル・・・?
――――私ハ、コンナニモ悲シイノニ・・・ッ。
――――許サナイ・・・。殺シテヤル。奴ラノ臓物ヲ引キズリ出シテ、血ヲ浴ビレバ・・・。私ハ、ヤット落チ着ケル・・・・・・!
――――急ガナケレバ。邪魔ガ入ル前ニ早ク・・・、早ク・・・・・・!!
光が届かない漆黒の闇の中、ソレは鋭く尖った両の爪で苛立たしげに床をガリガリと引っ掻いた。削られたコンクリートが、白い線を描く。
その口から零れる呼気は生温かく、獸臭い。
血のように赤い燐光を放つ瞳が、暗闇で怪しく煌めいた。
キリの良さを考えたらここまで。
すごく短く感じる。