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忍陽  作者: 雪嗣
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4話

 翌日。

 琥珀は早速行動を開始した。

 限られた休み時間を駆使し、怪しまれないギリギリの範囲で情報を収集して回った。

 凰樹香と小林真尋、そしてその取り巻き達は社会的地位、いわゆるスクールカーストが低く、更に絶対に自分達に逆らわないであろう生徒を狙いいじめを行ってきた。

 教科書や靴を隠すといったことから始まり、真冬の凍てつく時期にバケツの冷水を相手にぶっかけたり、周囲から孤立させたりといった具合に深刻なものになっていった。

 当人達は教師陣にバレないように上手くしていたようだが、見かねた生徒の一部が報告したことで発覚。厳重注意と停学処分を食らったそうだが、それがますますいじめを悪化させてしまったらしい。教師に告げ口した生徒を標的にし、今度は周囲の生徒にも口外できないように脅迫をするという徹底ぶりだったそうだ。

 ここまでくると、いっそ意地だったのだろうが、当然彼女たちのしたことは許されるものではない。

 集めた情報を纏めたメモ用紙を制服の内ポケットに仕舞いながら、琥珀は長い廊下を足早に歩いて行く。。

 一階の中等部と高等部を繋ぐ連絡通路から中庭に足を踏み入れ、日の当たらない奥へと進めば、目的の人物を発見し、琥珀はゆっくりとその人物に近づいた。

花房はなぶさ菜緒なおさん、ですね」

 静かな琥珀の声に、ベンチに座っていた人物が弾かれたように顔を上げる。

 セミロングのハーフアップされた黒髪に、榛色の瞳が瞬かれる。少しやつれており、こけた頬が彼女を儚く見せた。

 花房菜緒。高等部一年リゲル組に在籍する生徒であり、中等部二年の頃 から凰樹香と小林真尋にいじめを受けていた被害者の一人だ。。

 琥珀は、数人いたいじめの被害者を転々と回り、最後に彼女の元にやってきたのだ。

 突然名前を見知らぬ生徒に呼ばれ、菜緒は僅かに警戒を示した。

「初めまして。私は昨日編入してきた月守琥珀と申します」

 刺激しないよう、柔和な笑みを浮かべ穏やかな声音で琥珀が自己紹介すれば、菜緒は幾分か警戒を緩めた。

「貴方がスピカ組に入った生徒なのね・・・。綺麗な子だって、皆噂してて気になってたの」

 ふわりと微笑む菜緒に、琥珀はそんな噂が流れていたのか、と目をしばたたかせた。

 自分の容姿にてんで興味が無い琥珀は、他クラスの生徒とすれ違った時ひそひそと小声で綺麗だと呟かれていたのを知らない。

「それで、私に何か用?」

「あぁ、亡くなった凰樹香と小林真尋について聞きたいことが・・・」

 瞬間、菜緒が纏う空気が剣呑なものに変わった。

「貴方も、私が二人を殺したと思ってるの・・・!?」

 思ってもみなかった言葉に、琥珀は思わず目を剥いた。が、すぐに彼女の言うことに見当がつき、眉を顰めた。

 凰樹香・小林真尋の被害に遭った者の情報収集をする際、花房菜緒が二人を殺したのではないかとまことしやかに囁かれていたのだ。殺し屋を雇って殺害した、花房菜緒が二人を呪い殺した等々、根も葉もない噂ばかりだったが、そうやって皆平静を保とうとしていたのか、それとも、単に面白がって噂していたのか、真相のほどは琥珀は関心がなかった。

 菜緒に会いに来たのは、彼女が鬼であるか、もしくは鬼と接触していないかを確認するためだった。

「いえ、そんなことは思っていません。むしろ、よくそんな噂で盛り上がれるな、と呆れてはいます。証拠もないのに人を吊し上げて半ば犯人扱い・・・、深く考えれば分かることなのに何故そんな時間の無駄ともいえる行為をするのかが理解出来ません」

 淡々と吐き捨てるように口にしながら、琥珀は彼女を鬼であるかを疑っている時点で噂している連中と変わらないか、と内心自嘲した。

 菜緒は、辛辣ともいえる琥珀の台詞に暫しポカンとした後、小さく吹き出した。

「・・・フフッ、ごめんなさい・・・ッ、真顔で言うもんだからつい・・・・・・っ」

 どうやらツボに入ったらしく、菜緒は背中を丸め身体を震わせた。

 その笑顔を見て、琥珀も目元を緩めて微笑んだ。

 暫くして、落ち着きを取り戻した菜緒は琥珀を隣に座らせた。

「怒鳴ってごめんなさい。色々噂されて気が立ってたわ」

 肩を落とし謝罪を述べる菜緒に、琥珀は大丈夫と笑む。

「改めて、二人の何が聞きたいの?」

「そうですね・・・。二人がどんな性格をしていたのか、取り巻きの人数、彼女たちを恨んでいそうな相手がいるか・・・・・・ですかね」

「結構あるわね・・・。何でそんなこと知りたいのか聞いても?」

「・・・好奇心が強いというか・・・・・・、知り合いに探偵をしている者がいて、その人の影響で何でも知りたくなるんです。今回の事件のことも、殺された被害者家族に何か怨恨がなかったのか気になって、色々調べている最中でして・・・。印象は人によって様々なので、たくさんの人に聞いて総合した方が間違いないかな、ということで他の人にも聞き回ってます」

 もちろん、これは嘘である。怪しまれた時の対策として事前に用意していたものだ。後は、琥珀の今まで培ってきた演技力で乗り切る。

 恥ずかしそうに頬を掻く琥珀に、菜緒は若干の怪訝さを残しながらも納得したようだ。

「すみません・・・嫌な事を思い出させてしまう質問なのは百も承知です・・・・・・。無理にとは言いませんので・・・」

 これまで聞き込みを行った被害者生徒の中には、いじめられていた辛い記憶が蘇り泣き出してしまう者もいた。無理矢理に聞き出すことは琥珀としても本意ではないため、菜緒が嫌でなければという配慮を示す。

 それに対し菜緒は、複雑そうな表情を見せたがすぐに小さく首を横に振った。

「大丈夫。本当は、私も誰かに聞いて欲しかったの・・・・・・」

 そうして、菜緒は語る。

 菜緒が樹香と真尋に出会ったのは、中等部二年に上がった頃だった。

 幼稚園からの付き合いだという樹香と真尋は、どこに行くにもずっと一緒で、周りには自分達の言うことを聞く都合の良い取り巻きを侍らしていた。

 二人は成績優秀である勉学に長けた菜緒に宿題の分からない所を教えて欲しいと言って接触してきた。一年の頃から勉強を教えて欲しいと頼られた事は多々あったので、菜緒はそれを快諾した。

 今思えば、その時から目をつけられたのだろう。

 段々教えるのではなく取り巻き分を含む宿題を代わりにやってくれと丸々押しつけてきたり、掃除や授業の後片付けなどを押しつけてきたりしてきた。流石に無理だと断れば、途端に態度が豹変し初めの柔らかな態度が嘘のように乱暴で横柄になり、菜緒に嫌がらせを始めた。

 菜緒の教科書や靴を隠し、廊下ですれ違うときにわざとぶつかってきたり足を引っかけたり、体育時間の球技ではボールを菜緒に集中的に当ててきたりしてきた。それだけでは済まず、最終的に菜緒のあらぬ噂を流し、彼女をクラスで孤立させた。仲の良かった友人さえ離れていき、教師でさえ味方してくれず精神的にも肉体的にも追い詰められた菜緒はとうとう身体を壊し、入院することになった。数ヶ月前に無事に退院し、現在病院に通いながらも週に三日学校に登校出来るくらいには回復したのだ。

「・・・ッ。ずっと苦しかった・・・ッ、辛かった・・・! 私は何もしてないのに、二人が言ったことを皆信じて、ひとりぼっちにされて・・・・・・!」

 今まで抑えてきた感情を剥き出しにして、菜緒は両目から大粒の涙を零し叫ぶ。

「何度も死にたいと思った・・・! 死にたくて死にたくて、でも、怖くて・・・・・・。代わりにずっとあいつらが死ねば良いって思ってて・・・ッ。そしたらニュースで、二人が殺されたって知って私・・・、私・・・・・・!!」

 背中を丸め、喘ぐようにして息をする菜緒の背を咄嗟に琥珀は摩った。

 両手で顔を覆い、菜緒はガタガタと身体を震わせた。

「本当に死んじゃうなんて思わなかった・・・ッ。私があんなこと思ったから・・・・・・、皆が言うように私のせいなのかなって・・・・・・。でも心のどこかでざまあみろって喜んじゃった・・・」

 顔から両手を少し離し、覗いた菜緒の瞳は確かに絶望を宿していた。

「・・・最低だよね、人が死んだのに喜ぶなんて。こんな自分が嫌だけど・・・、それでも、嬉しい気持ちが抑えきれない・・・・・・っ」

 戦慄く唇が持ち上がり、菜緒は笑った。自分で自分を卑下し、嘲笑う様な笑みだった。

 断罪されるのを待つ罪人のような、憔悴した菜緒を、琥珀は痛まし気に見つめた。

 言葉をかけようと口を開いた瞬間、ゾワッと琥珀の背筋が粟立った。

 全身を押し潰すかの如く、重く纏わり付くような悍ましい殺気。呼吸一つすることさえ苦しく感じる程のそれに、琥珀は勢いよく背後を振り向いた。が、後ろには誰もおらず、緩やかな風に撫でられ花壇の草花が揺れていた。

 ドクドクと心臓が逸り、冷や汗が頬を伝う。

 カタカタ震える指を抑えるように、琥珀は強く握り拳をつくった。

 突然の琥珀の行動に、菜緒は酷く驚いていた。パチリと瞬いた目から涙が零れる。

「月守さん・・・?」

「・・・・・・」

 恐る恐るといった菜緒に名を呼ばれ、琥珀は一つ深呼吸をしてからそちらに向き直る。

「すみません。虫か何かが耳元を通ったみたいでびっくりしてしまいました」

 気恥ずかしそうに右耳を押さえる琥珀に、菜緒は納得したように微笑んだ。

 それに同じように微笑み返し、琥珀は菜緒の前に片膝をつくと、その頬を伝う雫を親指で優しく拭った。紳士然とした琥珀の振る舞いに菜緒の頬が仄かに朱に染まる。

 琥珀は表情を引き締めると、菜緒の両手を自身の両手で包み込んだ。

「花房さん、世の中完璧な善人なんて存在しません。誰しもが他人を妬んだり恨んだりします。それは生きていく上で切り離せないもの。ですが、そういった負の感情を上手く吐き出さないと、いずれ人間は鬼になる。他人を傷つけることに何にも思わない恐ろしい化け物に・・・」

 鮮やかな金眼が、菜緒の瞳を真っ直ぐと射貫く。その目に引き込まれるように、菜緒もまた、琥珀の瞳をじっと見つめ返す。

「強い気持ちを持ってください。負の感情に負けない、強い心を。今は辛くとも、いつか幸せは必ず訪れます。・・・気休めにもならない、無責任な言葉しか言えなくて申し訳ないですが・・・・・・、それでも、嫌な事に囚われないでください」

 所詮家族でも友達でもない琥珀には、こんな言葉しか掛けられない。

 最後にもう一度微笑み、琥珀は「失礼します」と声を掛けてからその場を後にした。

「・・・・・・不思議な人・・・」

 遠ざかる背中を見送りながら、菜緒は小さくそう呟いた。

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