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忍陽  作者: 雪嗣
22/22

21話

 仁と琥珀が(武良上)を退治して一週間後。

 二人は“柊の牙”の本部に赴いていた。

 本部は現世うつしよとは少々異なる次元に在り、鬼や一般人に認識されないよう特殊な結界で守られている。

 一見、日本屋敷の豪邸と同じ外見だが、内部は空間を弄っているためオフィスビルにも似た様相となっており、食堂、仮眠室、医務室、更にはちょっとした娯楽室も完備されている。



「此度の任、忍者の娘が鬼化したようだな」

 大きく円を描いた十数本の蝋燭の明かりだけが灯った薄闇の部屋の中、嗄れた男の声が響く。

 円の中央に一人座した仁は、その声に深く頭を垂れた。

「全ては私の監督不行き届きです。罰はどうか私一人に」

「ならん。陰陽師と忍者は一蓮托生。どちらか片方に責を負わせるのは公平に欠けるであろう」

 どこか小馬鹿にしたようなその台詞を皮切りに、クスクスと密やかな嘲笑が響き渡る。

 四方八方からの笑い声に、仁は舌打ちしたいのをぐっと堪えた。

 上層部への報告はいつもこうだ。

 変にプライドが高いせいか、報告にくる陰陽師に労りの言葉もなければ、ほんの些細な失敗をネチネチチクチクといつまでも突いてくる。やれ「被害が多い」だの「目撃者を出した」、「あんな小物の鬼にいつまでも手こずるなんて」等々。正直、辟易している陰陽師・忍者も多数いるが、上層部の連中は平安時代から続く由緒ある家柄ばかりで構成されており、下手なことを言えばお家断絶も余儀ないため皆口を噤んでいる現状だ。

 そこまではまだいい。

 問題は、上層部の連中がいつ鬼に変異してもおかしくない鬼人である琥珀を正式に処分できるよう材料を常に狙ってきていることだ。今は夕霧の存在と、琥珀自身の優秀さもあって目を瞑っているが、上層部は爆弾を抱えたままでいたくないと、こうして仁が報告に来る度に何かないかと探ってくる。

 今ここに琥珀が居ないことに仁は深く安堵している。

 口さがない年寄り共の会話は聞くに堪えない。

 もう報告なんて関係ない話まで飛躍し、仁は早く終われと心の底から願った。





 仁が遠い目をしながら上層部に面会している間、琥珀は本部に設置されている救護室にいた。

 定期健診と、鬼の力を使った事で身体に異変がないか看てもらいに来たのだ。

「はい、おーしまい」

 ベッドの上でうつ伏せになった琥珀の背中を、大きな手がポンと叩く。

 それを受けて琥珀は起き上がると、サラシだけを巻いた傷だらけの上半身に黙々と服を着せていく。

「貧血であること以外は問題なし。念の為増血剤を出しておくけど、ちゃんと鉄分豊富な物を食べるのよ」

「分かった。ありがとう、のめちゃん」

「返事だけはいいのよねぇ」

 ま、仁ちゃんがいるから大丈夫か、と琥珀を看た医者は苦笑した。

 毛先にかけて淡い紫になっている白髪に、桃色の瞳をした筋骨隆々の男の名は東雲しののめ。本部に常駐している陰陽師兼医者の一人である。

 “兎”という役職に就いている彼らは、医療面に特化した陰陽術を得意とし、本部に運ばれてくる患者や必要とあらば現場に赴き重傷者を診るのが仕事だ。また、臨床心理士の資格を取得しており、鬼との戦闘でPTSDになった陰陽師・忍者の治療も行っている。

 ちなみに、東雲は親しい者には「のめちゃん」という愛称で呼ばせている。

「あ、長舟の健診も来週だから琥珀ちゃんからも一言言っといてくれる? あいつ、琥珀ちゃんの言うことは素直に聞くのよね・・・」

 書類を整理しながら深々と吐かれた溜息から東雲の苦労が垣間見え、琥珀は申し訳なさそうに肩を窄めた。

 自分達の情報担当が医者に迷惑をかけているという事実が凄くいたたまれない。

 帰ったらすぐにでも黎に連絡を入れようと琥珀は心に決めた。

「そろそろ仁ちゃんも戻ってくる頃ね。お薬はまたお家の方に送っておくから、用法・用量はちゃーんと守るように!」

 ビシッと鼻を突く勢いで人差し指を向けてくる東雲に、琥珀はしっかりと頷いた。従っておかないと後が怖い。

 バイバイ、と語尾にハートがつきそうな甘い声で見送ってくれる東雲に軽く手を振り、扉を開けようとした琥珀だったが、それよりも先にガラリと扉が開け放たれた。

 医務室に入ろうとしていたのは三人の男だった。忍者である彼らの頬や腕には切り傷が見られ、治療のために訪れたことが窺えた。

「うおっ、月守・・・・・・」

 琥珀を視界に入れた途端、先頭にいた男があからさまに顔を歪めた。扉を開けた先に人がいて驚いたのと、嫌なものを見てしまったという感情が入り混じったような表情だった。

 琥珀はそれに特に反応せず、軽く頭を下げて男達の横を通り医務室を退出した。

 その背中が小さくなっていったところで、三人はほっとしたように息を吐いた。

「相変わらず無愛想な奴だな。顔はいいけど、可愛げがなさすぎる」

「てか、あいつまた鬼化したんだろ? 処分されてないのが不思議だよな」

「確かに。戦力になるって言っても、いつ暴走するかも分からねぇ危ない奴を置いておくなんて・・・」

「その危ない奴に命救われたのはどこのどいつかしらねー」

 突然話に割り込んできた第三者に、口々に喋っていた三人はギクリと肩を強ばらせた。

 医務室の主ともいえる医師《東雲》が、入り口に屯っている三人に冷ややかな笑みを浮かべ、さっさと入るよう促した。

 用意した椅子にそれぞれ座らせ、一番重傷そうな者から順番に手当てをしていきながら、東雲は口を開いた。

「あんたら、琥珀ちゃんのこと色々言ってるけど、命の恩人に向かって失礼すぎじゃない? 後、自分の陰口を叩いてる奴らに振りまく愛想なんてあるわけないでしょ」

 三人は状況が違えど仁・琥珀ペアにパートナー共々命を救われている。自分達よりも年下なのに戦闘能力が高いのに嫉妬し、そしてその正体が鬼の力を宿す人間と聞いて本能的に嫌悪してしまった。そんな悪感情が先に来てしまったために助けてもらった事に感謝を述べるどころか、会う度に憎まれ口を叩いては琥珀に避けられるという悪循環を繰り返している。

 淡々とした口調で告げられる言葉に、三人は罰が悪そうに口を噤んだ。

 二十をとうに超えた大人が揃いも揃って少女への対応にまごついている様子に、東雲は呆れを大いに含んだ溜息を吐き出す。

 次いで、その調子じゃ一生駄目ね、と誰に言うわけでもなく独りごちた。

 医務室でそんな会話がされているとは知らない琥珀は、壁に沿うようにして長い廊下を歩いていた。

 人々が琥珀とすれ違う度に、「あれが鬼の・・・」「あんなのが鷹乃守様の相棒だなんて」「まだ生きてるの?」「やだぁ、食べられちゃう」等の嫌悪や侮蔑、嫉妬の眼差しと言葉が飛び交う。

 小さな囁きとは言え、数が多ければ聴覚の優れた琥珀にとっては大合唱と変わらない。

 ザワザワと鼓膜から脳まで侵しそうな小声達に琥珀の眉間に微かに皺が寄る。が、それは目の前に唐突に現れた人物によってすぐに解れ、逆に眉は半円を描くように丸くなった。合わせて軽く見開かれた琥珀の目に映るのは狐のお面をつけた細身の男。その右手にはデフォルメされた犬のハンドパペットがつけられていた。

「こんにちは月守さん! もし良かったら僕とお茶しませんか?」

 パクパクとパペットの口が開閉するのに合わせて、その可愛らしい見た目とは裏腹の低く渋い声が明るく話しかけてくる。

 一体全体そこからそんな声が出ているのだろうと内心不思議に思っている琥珀は、突然のお誘いに目を瞬かせながら「喜んで」と承諾した。




 仁が上層部から解放されたのは、それから二時間程経過した後だった。

 自分達の時代はこうだった、最近の若者は礼儀がどうのこうの、似たような話が延々繰り返され、仁の精神はゴリゴリに削られていた。

(報告だけだってのに、何で無駄話するんだよ。琥珀はもう流石に健診終わってるよな。何もなかったらいいんだが・・・)

 切っていた携帯の電源を入れ起動を待つ間、廊下に設置されている自販機が目につき、飲み物を買おうと仁は財布を取り出した。自分はコーヒーを、琥珀には緑茶をと思いながら千円札を投入しようとしたところで、横から声がかかった。

「鷹乃守、報告は終わったのか」

風牙ふうがさん、お疲れ様です」

 ペコ、と頭を下げる仁に片手を挙げて返すのは、陰陽師の桜小路さくらこうじ 風牙ふうが。鷹乃守家と同格の由緒ある家柄であり、彼は二十八目当主である。

 襟足まで伸びた黒髪を結び、赤銅色の瞳をしている風牙は、挙げた手でそのまま労るように仁の肩を軽く叩いた。

「お前もな。ジジイ共の長話は相変わらず疲れる」

 心底辟易した様子の風牙を見る限り、一足先に彼も報告を終えた事が窺える。

 千円札を持ったままの仁の手を柔く押しやり、代わりに風牙は自分のポケットから取り出した小銭を自販機に入れた。

「ほら、好きなもの選べ。琥珀の分もな」

「え、でも・・・」

「年下が遠慮するな。俺の分のついでだ」

 ヒラヒラと手を振り早くしろと催促する風牙に、一瞬躊躇ったものの先輩の厚意を無碍にするのもどうかと思い、仁はおずおずと買おうとしていた飲み物のボタンを押した。

 仁が二本分のペットボトルを手にしたのを見届けて、風牙も自分の欲しいものを選んだ。

「仁、琥珀探してんなら一緒に来い。ウチのかなめから琥珀とお茶してるって連絡が来た」

 要とは、風牙の相棒である忍者・不破ふわ かなめのことである。

 本人曰く極度の人見知りである彼は常に狐のお面をつけ、喋るときはハンドパペットを介し腹話術で会話する。素顔を見た者は誰もおらず、相棒である風牙でさえその容貌を拝んだことがないというほどの徹底ぶりだ。

 それ故か、要もまた、周囲から近寄りにくいものとして避けられており、同じく孤立している琥珀には仲間意識を感じて本部で会ったときはこうしてよくお茶に誘ってくれる。

「いつもありがとうございます。要さんと一緒だったら安心です」

 琥珀が一人で白い目に晒され続ける状況ではないことに仁は安堵する。

 一緒にいるときは仁が目を光らせているのでわざわざちょっかいをかけてくる輩はいないのだが、琥珀が一人になった途端飢えた獣のように群がり琥珀を傷つけようとしてくるので厄介だったのだ。

「こっちこそ要に付き合ってもらって助かる。俺は紅茶より緑茶派だからあいつとはあんま好みが合わねぇんだよ」

「どっちも美味しいですけどね」

 渋い顔をする風牙の右手に握られているのは、夏にも関わらずホットの緑茶のペットボトルだ。

 食に関しては特に好き嫌いもない仁からすれば何と言っていいか分からず、苦笑いながら無難な回答をするしかない。

 雑談をしながら二人が辿り着いたのは、本部に設置されている休憩室。

 料亭をモチーフにしたこの室内は個室の座敷がある。部屋は一つだが、こちらの座敷も空間を弄っており本部にいても個人のプライバシーと安息を守るために、各々設定したパスワードを入力すれば、その個人が好きなようにコーディネートした個室に入室できる仕様だ。

 要の個室のパスワードは風牙にも共有されているため、風牙は入口に設置されている端末にパスワードを打ち込む。

 カチッ、と軽快な音が鳴った後、個室に繋がる襖が自動的に開かれた。

 靴のまま部屋に入る風牙に続いて仁も中に足を踏み入れれば、背後の襖がゆっくりと閉まる。

 ふわりと、柑橘系の柔らかな匂いが仁の鼻腔をくすぐった。

 部屋は玄関スペースを除き、六畳くらいの一般的な小部屋の広さだ。白を基調とした中は、仮眠が取れるように簡易ベッドが置かれ、小さめの本棚がその横に配置されている。床全面には毛足が長いふわふわの灰色のカーペットが敷かれており、それを埋め尽くすように大中小様々な大きさの動物のぬいぐるみが可愛く座っていた。

「いらっしゃい風牙、鷹乃守君」

 右手に嵌めた犬のハンドパペットを動かし、部屋の主である要が潜めた声で二人を出迎えた。その反対の左手は人差し指だけを立ててお面の口元に当てている。

 入口に背を向ける形で座っている要のローテーブルを挟んだ向こう側、頭にピンクのリボンをつけたワニの抱きぬいぐるみを抱えた琥珀が、床に横たわって小さく寝息を立てていた。テーブルの上には飲みかけのレモンティーがあり、中の氷がカランと音を鳴らした。

「疲れてたみたい。本当はベッドまで運びたかったんだけど、起こしそうで・・・・・・」

 申し訳ないとパペットと一緒に頭を下げる要に、仁は慌てて手を振った。

「いえ、こちらこそ琥珀が甘えてしまってすみません」

「気にしないで。いつも俺が誘ってるんだし。むしろここが彼女の安心できる場所になってるのが嬉しい」

「お前も琥珀も、もう少し周りを頼れ。確かにお前ら・・・特に琥珀を嫌悪してる奴等が多数いて頼りづらいのは分かるが、俺らは違う。無理して共倒れするくらいなら、こうやって片方でも頼ってもらった方がいい」

 靴を脱いで上がった風牙が、要の隣に腰を降ろしながら告げる。ぶっきらぼうな物言いだが、声音は仁と琥珀を案じている事が伝わる柔らかさを帯びていた。

 仁に近づくほとんどの者は媚びへつらいながら貴方のためだと宣い、高貴な貴方にはこんな化け物は相応しくないと琥珀を傷つける、そんな連中ばかりだった。

 琥珀と組んでまだ月日が経っていない頃でそうだったので、まだ高校生だった仁は自分の家も含め周りの連中を敵だと早々に判断した。自分よりも幼い相棒の手を握り、絶縁状を叩きつける形で家を出たのは英断だと今でも思っている。最初の頃は主に金銭面で唯一信用できる夕霧に頼ってはいたが、それでも二人で支え合いながら生きてきた。

 可愛げのない子供だと罵る者もいた。

 あの頃の自分は琥珀以外の全てを敵だと認識し、本当に善意で手助けしてくれようとした人の手さえ振り払った。それは、目の前にいる風牙と要にも当てはまる。だというのに、二人は今でも仁と琥珀を気遣い、こうして安息の場を提供してくれている。それがどれほどありがたいものか分からないほど、今の仁は子供ではない。

 胸に込み上げた熱いものをぐっ、と飲み込み、仁はただ一言、感謝の言葉を絞り出した。

部屋のレイアウトとかのセンスと語彙力がなさすぎる・・・。

とりあえず、要の部屋はぬいぐるみがたくさんの可愛らしい部屋です。

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