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忍陽  作者: 雪嗣
16/21

15話

 がやがやと仕事帰りのサラリーマンや大学生などで賑わう店内の隅のボックス席で、仁たちは酒を交わしていた。

「ん゛ぁー、体痛ぇー・・・」

 大きく伸びをする佐伯に続いて、久保塚と夏本も体の不調を訴える。

「ふくらはぎ攣りそう」

「俺は腹筋が痛い」

「ていうか、優しそうに見えて結構厳しいよなあのコーチ」

「「マジそれ」」

 酒が入ったことで口が滑りやすくなったのか、つまみを口にしながらぐだぐだと駄弁る三人に、仁は乾いた笑みを浮かべた。

 大学生というのはこんな感じなのかと、新鮮な気持ちにもなる。

 ちびちびと梅酒を飲んでいた仁だったが、ふと隣の佐伯から視線を向けられているのに気づき首を傾げた。

「どうした?」

「・・・・・・鷹乃守って、モテそうだな」

「急に何だよ」

 ジトッとした目つきと共に投げられた言葉に、仁は本格的に困惑した。

 佐伯の瞳がうるうると潤み始めたかと思えば、そのまま机に突っ伏して唸る。

「う゛ぅーっ、どーせ俺は平凡な顔だよ塩顔だよ、モテてぇよコンチクショォ・・・!」

「悪いな鷹乃守。こいつ二人目の彼女に振られたばっかで落ち込んでんだ」

「こうなるとしばらくウザいぞ」

 向かいの席に座る夏本と久保塚がやれやれといった体で酒を煽る。二人は慣れているのだろう、「見る目がない」、「次は長続きする」などと適当な言葉であしらっている。

 その気兼ねなく言い合える友人の距離感というものには、仁は率直に良いな、と憧憬の混じった感情が沸く。

 陰陽師を育成する学び舎では、格式のある家の子供が多いため、家柄で人を判断する者が多々いた。

 仁の家もどちらかといえば由緒ある家なので、取り入ろうと下心のある連中しか集まらず鬱屈とした学生時代を送ったものだ。

(中には勝手に彼女面して結婚まで持ち込もうとした女もいたっけな・・・)

 それも複数いたものだから、仁は一時期十三股をかけたというあらぬ疑いをかけられた。事実無根なのに、危うく最低野郎になるところだったのは苦い思い出だ。

 意識が嫌な過去に流されそうになり仁はハッ、と我に返る。せっかく誘ってくれた飲み会だというのに、余計なことを思い出して台無しにしたくない。

 軟骨の唐揚げを口に入れながら浮かんでいた過去を消し去る。

 未だしくしく泣いている佐伯の背中を摩り、形ばかりの慰めをしていれば不意に「まだ見つかってないんだな」、と話し合う声が仁の耳に届いた。

 そちらに顔を向ければ、カウンター席に座るサラリーマン二人が店内の角の上に取り付けられたテレビを見上げていた。

 毎日二十二時から二十四時まで放送されている深夜のニュース番組が流れている。今の内容は仁たちが追っている殺人事件のことだった。といっても、依然物的証拠も目撃者もなく捜査は難航しているため、近隣住民には注意を促して終わるだけだ。

「怖いよな。確か遺体の両腕と下半身が見つかってないんだろ」

 仁につられるようにニュースを見ていた夏本が言った。

 コースは異なれど同じスクールに通っていた人間が立て続けに殺されたのだ。不安を覚えるなという方が難しい。

「皆ダンス上手くて、スカウトまでされた人もいたんだってさ」

「あぁ山岡って人だっけ。スクールの掲示板にスカウトされたっていう記事貼られてたな」

 久保塚も参加し、話は自ずと殺された被害者の件になっていく。

「高梨って子はまだ高校生だったっんだろ? まだこれからだっていうのに辛いな・・・・・・」

「んん・・・、たかなし・・・・・・」

「お、佐伯が蘇った」

 てっきりそのまま寝てしまったかと思えば、微睡んでいただけで意識はあったらしい。佐伯の目は眠そうに半分閉じかけているが、顔を上げて机に顎を乗せる体勢に変わる。

「そのこ・・・、むらかみこーちがむかししどーしたっていってたよーな・・・・・・ふあ~・・・」

「そうなのか?」

「高梨 幸介が小学生コースに上がった時に、丁度担当したのが武良上コーチだったんだと」

 写真も見せてもらった、と久保塚が仁に補足説明する。

「「Feather」は大会とかでいい成績残した受講生を写真に撮るんだよ。記念と、この調子で頑張れって意味で。本人に渡すものとスクールで保管するもので焼き増ししてるから、受付に言えば見せてくれると思うぜ」

「へぇ」

「武良上コーチ・・・、高梨君が殺されてからしばらく休んでたけど、元気になって良かったよ」

 しみじみと言う夏本に、久保塚も深く頷いて同意を示した。

 佐伯は限界に達したらしく、小さな寝息を立てて気持ちよさそうに眠っている。

 厳しいだとか言ってはいたが、二人の様子から武良上を慕っていることが窺える。

 一週間しか関わりのない状態の仁からしても、武良上は一人一人の受講生をよく見ていると思う。その場で的確なアドバイスを与えるだけでなく、個別に直すべき箇所をノートに纏めて渡したり、どんなダンスが自分に合っているのか悩む受講生には参考になりそうなダンサーの動画を出して相談に乗ったりと親身に対応しているのを見かけた。

(これといって武良上コーチに怪しいところは今はないな)

 武良上含めたインストラクターと受講生の身辺関係は最初に調査済みだ。

 至極一般的な家庭環境、というとおかしいが、武良上は過去に何度かダンス大会で優勝経験があるだけで、私生活においても特に不審な点はない。

 怪しいといえば、と仁はほろ酔いとなっている頭を巡らせる。

 上級者コースのインストラクターの一人、殺された吉田 拓真と林 賢一のレッスンも担当していた熊崎くまさき 一希かずきという男。薄茶色の短髪に薄墨色の瞳をしたその男は、前に勤めていた別のダンススクールで受講生と揉め、傷害まで負わせた経歴を持つ。理由として受講生が熊崎のダンス指導を馬鹿にし、それに対して腹を立てたからだった。少し横柄な態度が目立ち、ダンスの筋が良い受講生にアドバイス混じりにネチネチと嫌みを言ってくることで上級者コースのメンバーには有名だった。

 仁はお試し体験の申し込みをする時に受付で一度すれ違ったのだが、その際に値踏みするような視線と供に鼻で笑われ、何とも不快な思いをしたのを覚えている。

 あれは大したことないな、と馬鹿にしたような態度だった。

 そんなことを思い出しながらも、仁は二人と会話を楽しんだ。

 いい感じに腹も膨れ、ふわふわと気分も良くなった頃、携帯を見た夏本が「もうこんな時間か」と呟いた。

 店に取り付けられた鳩時計の針は二十四時を指そうとしている。

「そろそろお開きにしようか」

「あぁ、そうだな」

「あ゛ー、俺明日一限からだぁ・・・」

「どんまい」

 天井を仰いで両手で顔を覆う久保塚の背中を軽く叩いて、夏本は伝票を確認する。

 寝落ちしている佐伯の分は大学で返してもらうということで、ここは久保塚が二人分を支払うこととなった。

「佐伯、結局起きなかったな」

 序盤の方で落ちてそのままの佐伯に、仁は苦笑う。

 それにいつものこと、と気にしていない久保塚が返すと仁と協力して佐伯を引きずるように運び、先にレジに向かった夏本を追いかけた。



 冷えていた店内から出れば、生温い風とジメッとした空気が四人を包み込んだ。

 ぐでんぐでんの佐伯を夏本と両脇から支えている久保塚が、仁に申し訳なさそうな顔を向けた。

「誘った本人がこんなんになってごめんな。酒弱いのにいつも飲んですぐ寝ちまうんだよ、こいつ」

「いや、俺は十分楽しかったから気にしないでくれ」

 微笑と共に首を振る仁に、久保塚は「良い奴だなぁ・・・!」と感激したように顔面をくしゃくしゃにした。

 普通そうに見えて、久保塚も酔っ払っている。

「じゃあ俺らこっちだけど、鷹乃守は本当に一人で大丈夫か?」

 事件のこともあり、一人で自分たちとは逆方向の帰路につく仁を夏本は心配の面持ちで見つめる。

「あぁ、大通りも近いし防犯グッズもあるから」

 荷物をポン、と叩いて仁が笑って告げれば、夏本は幾分か表情を和らげた。

 勿論、防犯グッズは仁の嘘である。グッズは持っていないが、頼もしい相棒はいる。

「それじゃ、また次のレッスンで会おうな」

 ムニャムニャと何か呟いている佐伯を支え直しながら、二人は仁に手を振って帰って行った。

 三人の背中が遠ざかり、完全に闇に紛れて見えなくなったところで、仁の隣に琥珀が軽やかに降り立った。

 店の明かりに照らされた琥珀の表情はどこか呆れていた。

「誰が防犯ブザーだ。せめて用心棒と言ってほしいんだが」

「いや、それ言ったら間違いなく突っ込まれるぞ」

 スーツを身に纏った琥珀が己を警護している姿が脳内に浮かび、仁は苦笑した。

 欠伸を噛み殺して歩き出す仁について行きながら、琥珀は仁が飲んでいる間の報告をした。

「今のところ、何も変わりはない。平和な夜、というべきか」

「それは何より・・・って悠長に言ってる場合でもないけどな」

 潜入して早一週間と数日。

 依然として鬼に動きは見られない。餌場を変えたか、こちらの様子を窺っているのか判断がつかない。

 ただ、不穏な空気が漂っているのだけは感じ取れる。

 頭をガシガシと掻き、仁は大きく溜息を吐いた。

 その気怠げな態度を疲れていると捉えた琥珀が、気遣わしげに仁の顔を覗き込んだ。

「仁、今日はもう帰って休んだ方がいい。眠いなら私が運んで帰るが・・・」

「大丈夫だ。そこまで酔ってねぇし、軽く見回りする余裕はある」

 それに、と仁は意地悪そうに口元を歪めた。

「前みたいに一人にした誰かさんが警察のお世話になっても困るしな」

「・・・・・・いつの話をしてるんだ」

「二年くらい前の話」

「あれからは気をつけてるだろう」

 眉間に皺が寄り、「忘れろ」と唸るように言ってくる琥珀に、仁はからからと笑った。

 二年程前。深夜に仁と別れて逃げた鬼の動向を探っていた琥珀は、焦りもあり姿を隠さず堂々と繁華街に足を踏み入れてしまい、通報を受けた警察に補導されてしまったのだ。名前や学校名など幾つか質問を受けたが、一般人相手に下手な行動も出来ず、また今よりも口下手であった琥珀は完全黙秘を貫いた。幸い、颯から事情を知らされた仁が急いで迎えに来てくれたことで大事にならずに済んものの、自分の不注意で警察に監督不行き届きだと厳重注意された仁に琥珀は大変申し訳ない思いをした。以降、夜間に単独行動するときは一般人に視認されない術をかけ忘れないという自身の誓いを忠実に守っている。

 それなのに時折こうして蒸し返してくる仁に、流石の琥珀も少々ムッとしてしまう。悪いのは自分なのだが、それでもだ。

 相棒のへの字に曲がった唇を見て、仁は更に笑う。

 対して、いつも以上にテンションが高くなっている仁を半目で見つめ、琥珀は仕方がないと肩を竦めた。

もう少し恋バナ的な話をさせたかったんですが、自分自身の恋愛経験がなさすぎて断念。

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