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忍陽  作者: 雪嗣
15/20

14話

「はい一、二、三、四、五、六・・・・・・」

 コーチの手拍子に合わせて、横並びになっている五人の男が軽やかにステップを踏む。

 その中に、仁の姿もあった。

 右に左に、そして前後に足を運び、合間にターンが入ってはダンスシューズの底がキュッ、と鳴る。

 同じ動きを五回繰り返したところで、コーチは一際大きく両手を打ち鳴らした。

「今日はここまで! 次から新しいステップにいきます。家でも今日の分を復習できる子はして、難しい子は動画で見て復習すること。水分補給と適度な休憩は忘れずにね」

「「はい!」」

 コーチの指示に、踊っていた五人は軽く息を乱しながらもしっかりと返事をした。

 シャワーに直行する者もいれば、部屋の隅に置かれている自分の鞄からタオルや水筒を取り出して汗を拭ったり喉を潤したりする者もいた。

 仁は後者で、首にかけたタオルで額から流れる汗を拭っているとコーチが傍にやってきた。

 仁とあまり変わらない長身で、ハーフアップされた黒髪に柔和な印象を与える顔立ちをしているコーチの名前は武良上むらかみ きょう

 「Feather」に十年以上勤務をしているインストラクターだ。

「鷹乃守君。一週間のお試し体験が今日で終わりだけど、どう?」

 どこか緊張した面持ちで伺ってくる武良上に、仁は微笑んだ。

「最初は不安でしたが、コーチの教えのおかげでここまで上達できました。できればこのままスクールに入会したいのですが・・・」

 そう言えば、武良上はパァッ、と表情を輝かせた。

「もちろん、ウチは大歓迎だよ。鷹乃守君は飲み込み早いし、ていうか最初から基礎なんかマスターしててほとんど教えることないよ。本当に初心者なんだよね?」

 どこかで習ったんじゃないの、と首を傾げる武良上に、仁は笑って否定しながらも、内心は口を引き攣らせていた。


 思い出すのはこのスクールにお試し体験として潜入する前、黎の部屋で鬼に関する情報を提供された時のこと。

 あの後ダンスの基礎ぐらいは覚えといた方が楽ではないかという結論になり、その場で練習を始めたのだ。

 動画を漁り、初心者向けに分かりやすくしてくれたものの中でHIP-HOPのステップから手をつけた。

 そこまではいい。いいのだが、忍者二人がスパルタだった。竹刀片手に仁の動きを逐一チェックし、足の運び方、手の角度、それらが少しでも動画とズレていたら即座に訂正を入れ、最初からやり直させる。初心者向けだからと妥協は許されなかった。加えて休憩なしで四時間近くぶっ通しで踊らされる始末だった。途中、水分補給ぐらいさせろとキレた自分は悪くない、と仁は今でも思っている。

 一人だけ踊らされるのも癪だったので、試しに琥珀にさせてみれば、基礎を飛び越えて、難易度が高いとされるアクロバティックな動きを取り入れたブレイクダンスを披露された。元々の琥珀の身体能力が優れているのは知っていたが、一度見ただけのダンスを一回で覚えて、尚且つ更に複雑な身体技術を即興で組み込んでみせた時は黎と共に思わず拍手を送ったほどだ。

 そんなこんなで、スパルタ指導もあって仁はお試し体験ではあるが今「Feather」で難なく腕前を遺憾なく発揮できている。


 仁が長くもない回想から戻ってくると、武良上は嬉しそうに笑っていた。

「じゃあ、今日はもう遅いから手続きは明日以降になるけど、明日は来れそう?」

「大丈夫です。今日と同じ時間に来ればいいですか?」

「何時でもいいよ。手続きって言っても書類に必要事項書くだけだから、十分くらいで終わると思うし。受付の人に言えばすぐしてくれるから。あ、そのままレッスン受けるなら今日予約だけでもしてく?」

 右手の親指を立ててクイ、と自分の後ろを示すようなジェスチャーをする武良上に、仁は少し考える素振りをした後、首を横に振った。

「折角ですが、明日はお休みします」

 お試し体験のこの一週間、スクールの休みを除き仁は一日も休まずにレッスンを受けながら鬼を探り、その間琥珀も施設周りを警戒していた。鬼が主に活動する深夜帯を狙って受講時間も夜間にしており、レッスン終了後はそのまま琥珀と合流して明け方まで警邏もしている。日中は日中で体が鈍らないよう鍛錬をしたり、受講生の動向を探ったりと忙しなかった。

 いくら少ない睡眠時間でも活動できるように訓練されているとはいえ、お互いにここらで休息を入れても罰は当たらないだろうと仁は考える。

「一週間頑張ったもんね。じゃあまた次のレッスンで。ゆっくり休んでね」

 武良上も体を休めることに賛同し、軽く手を振って爽やかに部屋から退出した。

 それを見届けてから、仁は拭い切れていない汗を拭きながら荷物の中にある携帯を取り出す。

 時刻は二十二時半を過ぎた頃。

 その二十分ほど前に琥珀から一件のメールが来ていた。マナーモードにしていたため気づかなかった。

 内容はなんてことない、『黎さんに若鮎を頂いた』という報告だ。文章の下には画像も添付されており、白い皿の上に鮎を見立てた可愛らしい和菓子が二匹ちょこん、と並べられている。

 昨日はチョコや抹茶などの様々な味の生クリームが入ったシュークリームで、一昨日は餡子がぎっちり詰まったたい焼きだった。差し入れと称して和菓子と洋菓子を日替わりで琥珀(とついでに仁)に貢いでいる辺り、黎の執念が窺える。それも仁がいない時を狙って。

 苦笑しつつ『帰ったら食べよう』と、先に食べずに自分を待っているであろう相棒にメールを打ち返していると、背後から突然肩に重みがのし掛かり、仁は思わずつんのめった。

「よっ、鷹乃守! お疲れー!」

「佐伯か・・・、お疲れ」

 ニコッ、と人懐っこい笑顔を浮かべ仁に労いの言葉をかけたのは、佐伯さえき けい。仁より二ヶ月ほど前にスクールに入会した二十三歳の大学生だ。アッシュグレーの髪に薄茶の瞳をしており、その前髪の左側はウィンクをする猫がついたヘアピンで留められている。

 お試しとはいえ初心者コースの受講生に混じってレッスンを受けるため、佐伯は初めましての状態だった仁に気さくに話しかけては緊張を解そうとしてくれた。

「俺ら、今から飲みに行くんだけど鷹乃守も行かねぇ?」

 そう言う佐伯の後ろには、青年が二人佇んでいた。

 一人は頭の下半分を刈り上げた黒髪に、淡い藤色の瞳をした夏本なつもと たまき

 もう一人は肩口まで伸びた赤茶の髪を一つに結び、抹茶色の瞳をした久保塚くぼづか 灯夜とうや

 二人共、佐伯と同じ大学に通う級友で仁が自分たちに気づいたと察すると和やかに手を振った。

 それに同じく手を上げて返しながら、飲み会か、と仁は口先で呟く。

 今後の調査を円滑に行うためにも人間関係を大切にしたいところだが、外で待機している相棒を慮ると誘いに応じるのは心苦しい。

 どうしたものかと仁が悩んでいれば、握ったままの携帯が震えだした。着信相手は琥珀で、仁は不思議に思いながらも佐伯に断りを入れて通話ボタンを押した。

「もしもし、どうした琥珀」

『仁、私に気にせず飲みに行けばいい。見回りは一人でするから大丈夫だ』

「・・・は?」

 唐突に言われた言葉の意味を理解するのに数秒かかった。

 たった今していた飲みに行くか行かないかの会話を、何故琥珀が知っているのか。そこで、仁はハッ、と気づいた。

 声を一層潜めて、端末の向こうに問い詰める。

「まさか・・・、仕掛けたのか」

『・・・・・・・・・・・・・・・』

 素直な沈黙が答えだった。

 仁は深い深い溜息を吐き出し、頭を抱えたくなった。

 服か荷物か、一体どこに盗聴器を仕掛けたかは分からないが、仁が探しても簡単に見つからないところだろうということは分かる。

 とりあえず、ここで時間を消費する訳にはいかないため話し合いは帰ってからにすることにして、仁はいいんだな、と琥珀に確認した。

「お前に負担かけちまうが・・・」

『それはお互い様だ。飲み過ぎには気をつけろ』

 そう一言釘を刺してから、琥珀はさっさと通話を切った。

(長舟に悪影響されたか・・・?)

 何とも複雑な胸中になりながらも、仁は佐伯に向き直る。

「ごめん待たせた」

「良いって良いって。それで、どうする?」

「もちろん行くよ」

 仁が頷けば、佐伯はパァッ、と表情を輝かせて喜んだ。

「よっしゃ! じゃ、早く行こうぜ。この近くに旨い居酒屋があるんだよ」

「良かったな佐伯。ずっと誘いたかったけどまだ早いかなぁってそわそわしてたもんな」

「後輩になるかもしれないから先輩風吹かしたかったんだよな」

「うっせー!」

 夏本と久保塚が会話に加わり、茶化してくるのに佐伯が顔を真っ赤にして吠える。

 今習っている基礎を習得したらグループを組もうと話しているだけあって、三人の仲はとても良い。

 わいわいと賑やかな三人に混ぜてもらいながら、仁も楽しそうに笑った。






 「Feather」の建物から出てくる四人の青年を、その屋上より見下ろす影が一つ。

 屋上の縁にしゃがみ込み、遠ざかる背中をじっと見送る琥珀の右肩に颯が軽やかに舞い降りた。

「主の奴、少々浮かれているようだな」

 どこか呆れを滲ませた口調で颯は呟くと、琥珀の頬にすり寄った。

 ふわふわの羽毛を堪能しつつ、琥珀は微かに唇をへの字に曲げ珍しく不満を表した。

「・・・仁は、学校とかの潜入にはほぼ私を行かせる。私が学校に行ったことがないから、少しでも普通の学生生活を体験させたいらしい」

 忍者になる者は主に、忍者を育成する里で産まれるか、孤児が拾われるかのどちらかに分かれる。

 どちらもある程度の一般教養は教えられるが、外界の、いわゆる教育機関で学ぶのでなく里の中で教育を受け、それ以外は全て鬼と戦うための戦闘技術の修行が課せられる。囮として、陰陽師を守る盾として危険にさらされることが多い忍者にとって戦闘面に重きを置くのは当たり前のことだが、仁はあまり良く思ってないらしい。

(陰陽師もそうだと思っていたが、自分の好きなことをする自由はあったみたいだな)

 昔、そういった話を仁とした時のことを思い出し、琥珀は小さく溜息を吐いた。

 陰陽師も教育機関に通ってはいないが陰陽師だけの学び舎自体はあるとのことで、そこで一般教育含め陰陽師としての修行をするという。

 学生生活にあまり興味はない琥珀は、自分のことよりも仁のことが気にかかった。

「そういう仁こそ、私にばかり気にかけず普通に飲み会に行ってもいいと思う。例え情報収集が目的だとしても、仲良くなった相手と食事をするのは悪くないものだろう。これを機に少しは羽を伸ばすべきだ」

 それに、ただでさえ仁と琥珀は常日頃から一緒に行動しており私生活も共にしている。協会の指針ではあるが、たまには仁も違う相手と食事をしたいだろうし、同性同士でしか分かり合えないものもあるだろうと、琥珀は今回の飲み会に大いに賛成していた。

(どちらかというと、主はお嬢と一緒に羽を伸ばしたいと思うんだがなぁ・・・)

 うむうむと一人頷く琥珀の横で、颯は心中で主に同情した。

盗聴は駄目です。

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