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忍陽  作者: 雪嗣
13/21

12話

 佳月と彩葉は本当に仲が良い親友同士でした。


 その出会いは、淡い桃色の花弁が美しい桜が咲き誇る幼稚園の入園式。

 親の元を離れ、見知らぬ場所で生活をしていくことへの不安と少しの楽しみを表情に出しながらも、新入生たちは新しいお友達作りに励んでいました。

 佳月もその一人で、元々活発で人見知りをしない性格も相まって、どんどんお友達を増やしていき、いつしかクラスの中心にいるほどのムードメーカーっぷりを発揮しています。

 そんな中、教室の隅で今にも泣き出しそうな顔で俯き、制服の裾をギュッと握りしめている子がいることに佳月は気づきました。

 一つに纏めて三つ編みにした赤みがかった黒髪に、澄んだ青空の瞳。その大きな目は涙で潤み、後一回瞬きをしたら零れ落ちてしまいそうです。

 佳月は好奇心半分、心配半分といった気持ちでその女の子の元へ駆け寄りました。

『どうしたの? だいじょうぶ?』

 佳月が顔を覗き込むようにして見やれば、女の子は驚いて小さな肩を跳ね上げ、拍子にポロッと涙がまろい頬を伝っていきました。

 泣かせてしまったと目を剥いた佳月は、大慌てで母から持たされたハンカチをポケットから取り出して女の子の頬にあてがいました。

『ごっ、ごめんね! びっくりさせちゃった・・・っ』

 オロオロしつつも優しく涙を拭う佳月に女の子は首を横に振ると、ハンカチを握る佳月の手に自分の手を添え微笑んだのです。

『わたしもごめんね。はんかち、ありがとう』

 これが、五十嵐 佳月と桐生 彩葉の出会いでした。

 頬を桃色に染め、花が綻ぶような柔らかく可憐なその笑みに、佳月は一瞬で心を奪われてしまいました。


 とても綺麗な笑顔。

 もっと笑った顔が見たい。

 悲しい顔をしないでほしい。


 この子と一緒にいたい。


 幼心に芽生えた独占欲は、佳月の動力源となり行動に移させました。

 この日以降、二人はいつも一緒の時間を過ごすようになりました。引っ込み思案の彩葉を活発な佳月が手を引いて移動する光景は幼稚園での日常となり、大人たちを和ませました。

 佳月と彩葉を通してお互いの両親が仲良くなったことで、二人は一緒にいられる時間が増え、家を行き来するようにもなりました。

 どこへ行くのにも何をするのにも佳月の隣には彩葉が、彩葉の隣には佳月がいて、それが二人にとっての当たり前でした。

 誕生日をはじめとするバレンタインやクリスマス、お正月などのイベントの際は毎年どちらかの家で祝い、旅行も都合が合えば両家族で行くほど関係は良好で、その友情は小学校を経て中学に上がってからも千切れることはありませんでした。

 クラスは違いましたが、お昼休みは一緒に過ごし部活も同じバトミントン部に所属していたので昔に比べれば少し共にいる時間が減ったな、くらいにしか思いませんでした。

 転機が訪れたのは高等部一年に進級してすぐのこと。

 彩葉の元気が徐々になくなっていったのです。表向きは普通に振る舞っていますが、ふとした一瞬、表情が曇るのです。佳月が声をかければ何でもないと笑顔を見せ、しかし日に日に顔はやつれ、ふらつく仕草をしました。

 流石におかしいと思った佳月が保健室に連れて行こうとすれば、その度に彩葉は「大丈夫」、「大したことない」と言って引き留めます。あまりに嫌がる彩葉の様子に佳月は困り果てはしたものの、それでも彼女の望むとおりにしました。

 その一週間後、彩葉は突然転校しました。

 佳月に何も言わずに。

 佳月は酷く驚き、そしてとても悲しみました。彩葉が佳月に一言もなしにどこかへ行くなんて初めてのことでしたから、尚更です。

 彩葉の携帯に掛けても音信不通、両親も転校先を知らないので、佳月は混乱してしまいました。

 そこに、追い打ちをかけるように一つのニュースが佳月の目に飛び込んできます。

 『桐生 彩葉(十五)いじめによる自殺』という衝撃的な内容のニュースでした。

 目の前が暗闇に覆われ、足下の感覚がなくなったのを佳月は感じました。

 後から知った話ですが、彩葉はいじめを受けていたのです。

 首謀者は鳳 樹香と小林 真尋の二人。きっかけは、彩葉がロッカーの上に置いてある花瓶の水を替えようとしたとき手を滑らせ花瓶を倒してしまったことでした。溢れた水が、すぐ側でロッカーにもたれかかっていた樹香の制服を濡らしたのです。彩葉は慌てて謝りましたが、樹香は許しはしませんでした。

 真尋と一緒に嫌がらせをしては、たまに取り巻きに命じて彩葉を追い詰めていきました。それが原因で彩葉は学園に来るのも辛くなり引っ越した後、自宅で首を吊り自殺したのです。

 いつも一緒にいたというのに気づかなかったことに、佳月は自己嫌悪しました。同時に、彩葉を自死にまで追いやった樹香と真尋に恨みを抱くようになりました。

 他者を殺したいと思うほどの強い怨念はやがて佳月の肉体を、精神を変異させ、異形である鬼へと変貌を遂げさせます。

 鬼と化した佳月は彩葉の遺体を警察の安置所から盗み、もう二度と離れないように骨も残さずに食べました。次に元凶である樹香を真っ先に、変異を目撃してしまった可哀想な梢をやむなしに、そして最後に真尋を食い殺すと、仕上げに取り巻きを標的としました。残念ながら、取り巻きを殺す前に忍者に阻まれてしまいましたが、倒してしまえば問題ありません。忍者の相棒である陰陽師は、術を使われる前に倒せれば、これも大丈夫でしょう。

 でも、その忍者が彩葉に雰囲気が似た新しい友達であるのがとても悲しくて仕方がありませんでした。

 それでも、佳月は止まることはしません。

 亡くなった親友のためにも、忍者を・・・琥珀を殺すのです。






 ・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 そんな美談な感じで終われたら、どんなに良かっただろうか。

 今の話には一つ、間違いがある。

 彩葉がいじめられていたのを、佳月は知っていた。

 本人から聞いたのでも、誰かから教えてもらったのではない。

 その目で実際に現場を目撃したのだ。

 佳月と彩葉が昼食をとるのに利用していたあの空き教室で。数人がかりで取り押さえられ、口にはガムテープを貼られ声を出せないようにされ、樹香に長い髪を無残に切り刻まれている彩葉の姿を。 ほんの少しだけ開けた扉の隙間から、佳月はそれを見てしまった。

 そしてくぐもった悲鳴を上げ、涙を流す彩葉の眼が隙間から覗き見る佳月の眼と確かに、交わった。

 瞬間、佳月()は逃げた。


 助けを求める瞳をしていた親友を、私は・・・・・・我が身可愛さに見捨てたのだ。


 守りたかった。大好きだった。ずっと一緒にいたいと思うほどに大切な存在だった。

 それでも私は結局、彩葉より自分の方が大事だったんだ。止めに入ることで次は自分が標的になることが怖かった。

 だから、逃げた。関わらないように、自分には関係ないことだと無視して。

 そんな私を、彩葉はどう感じただろう。

 きっと、絶望したに違いない。

 信じていた、自分の味方になってくれるであろう存在に裏切られたのだから。

 故に私は、樹香よりも、真尋よりも、あの取り巻きよりも、この世の何よりも、自分自身が憎い。

 鬼になった時は、当然の報いだとも思った。

 無二の親友を裏切った最低最悪な自分にお似合いな、醜い姿。

 もう自分を止められない、止まるつもりもない。

 彩葉を追い詰めた奴らを殺さなければ、この荒ぶる感情は抑えられない。いや、違う。こんなことじゃない、そうじゃなくて・・・っ。

 嗚呼・・・、そうだ。

 許してもらえなくていい、許されるつもりはない。それでも彩葉に言いたかったことがあったんだ・・・・・・。




「ごめんね」、と――――――。











 


 佳月の肉体が灰となり、消滅していく。

 風に運ばれて最後の佳月だった一欠片も塵と化せば、後にはもう何も残らない。

 それを琥珀は、静かに見つめていた。

 感情の読めない瞳をしているものの、同情や憐憫の情が宿っていないのだけは確かだった。

 あの時、佳月が消えそうな声で喘ぐように口にした懺悔の言葉は誰に向けてのものだったのか琥珀には見当もつかない。

 ただ、あの声を思い出す度に琥珀の心臓は鈍い痛みを訴え続けるだろう。

 しばらく佇んでいたが、後処理があるため何時までもこうしているわけにはいかず、踵を返そうと右足を少しずらした瞬間、琥珀は膝から崩れ落ちた。

 身体に限界が来たのだ。

(・・・これは、痛いだろうな)

 受け身がろくに取れない今の状態で地面に倒れたら、傷に響くだろうとどこか他人事に思いながら近づくコンクリートに琥珀が溜息を吐けば、背中を誰かに受け止められた。そのままゆっくりと仰向けに寝かせられる。

「処理班が到着したから、後は任せとけ」

 琥珀の金目に逆さまに映る仁は、痛ましげに眉を顰めながらそう告げた。

 視界の隅で、数人の陰陽師と忍者が動き回っているのが分かる。

 どうやら膝枕をしてくれているらしいと察した琥珀は、大人しく身体の力を抜いた。途端、ドッ、と襲いかかる疲労感と激痛に漏れそうになった声を喉奥で潰す。

 眉間にこれでもかと皺を寄せ痛みに耐える琥珀に苦笑しながら、仁は血で汚れた額を優しく撫でる。

 労るその手を甘受し、とろとろと微睡みかけていた琥珀だったが、不意にあのふわふわ女子を思い出して瞼をこじ開けた。

「仁・・・・・・病院の、中に・・・」

「分かってる。医療班が今、応急手当を・・・あぁ、終わったみたいだ。搬送されてる」

 病院に向けていた顔を琥珀に戻し、仁は安心させるように微笑んだ。

 それを見て、琥珀は目を閉じた。

 これで安心して眠れる。

「お疲れ、琥珀」

 優しい相棒の声を最後に、琥珀の意識は落ちた。




 後日、被害に遭った取り巻き連中とその友人達の記憶は「何か悪い夢を見た」と改竄し、ふわふわ女子は交通事故に巻き込まれ右手を失った、ということになった。

 五十嵐 佳月については現在、行方不明者として捜索が出されているが彼女が見つかることは未来永劫ない。

 そしてもう一つ、学園生徒と教師、その関係者の記憶から「月守 琥珀」の存在が抹消され、琥珀もまた、次なる鬼を倒すため相棒と共に姿をくらました。

これで一つ目の話が終了です。

読みづらかったらすみません・・・!

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