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忍陽  作者: 雪嗣
12/20

11話

 琥珀(忍者)だけならまだしも、鬼である自分を滅する力を持つ(陰陽師)が来てしまったことにより佳月は不利な状況に陥ってしまった。

 札を構える仁と、彼を守るようにその前に立ち新たな苦無を両手に姿勢を低くする琥珀に、佳月は苛立たしげに結っていた髪を解き前髪を掻き上げた。

 顕わになった額の真ん中の内側から皮膚を突き破るように小さな突起が露出する。象牙のように美しい白色をしたそれは、鬼であることを主張する角だ。

「この姿、あんまり好きじゃないんだよね」

 小さくぼやいた佳月の身体が、バキッと音を立てて歪んだ。全身の皮膚が裂け、骨が砕けては治され、筋肉が屈強に盛り上がる。その足下から、可視化できるほどの濃い瘴気が立ち込み巨大な渦を巻いて佳月を包んで覆い隠した。

 叩きつけてくる瘴気の風から、琥珀と仁は顔を両腕で庇う。瘴気に触れた肌がピリピリと痺れ、内部を蝕まれていくのを感じる。

 渦が徐々に小さくなりかき消えた頃には、佳月の姿はそこにいなかった。

 体長五メートル近くある筋骨隆々の赤黒い身体。

 吹き飛んだはずの右腕が何事もなかったかのように綺麗に治っている。

 耳まで裂けた大きな口から覗く牙は鋭く、一口で人間の頭を丸囓り出来そうなほど。

 腕も脚も丸太のように太く屈強で、掴まれたり踏まれたりでもすればひとたまりもない。

 大和絵に描かれているものと同じような恐ろしい姿をした、鬼がそこにいた。

 人の形を、人としての理性を捨て、ただ獲物を貪るための姿だ。

 まだ鬼になって日が浅い者は、人間態でいるよりもこの姿の方が戦いやすい。当然、人間態よりも力もスピードも上がっている。

 そして、常に身体から漏れ出ている瘴気で近くにいる人間を穢す。

 鬼が、咆哮を上げた。

 大気を震わし、骨にまで響くほどの声量は病院の窓ガラスを粉々に砕いた。




 異形態になった佳月に、琥珀と仁の警戒が強まる。

「琥珀、いけるか?」

 仁の問いかけに、敵を見据えたまま琥珀は口角を上げた。

「任せろ」

 答えると同時に、琥珀は駆け出した。

 間合いに入ってきた琥珀に、佳月は右腕を振るった。一撃でペチャンコにされるほどの威力があるそれを躱し、琥珀は苦無を投擲した。風を切った苦無が佳月の右目に深々と突き刺さり、彼女はギャッ、と悲鳴を上げ顔を覆ったが、すぐさま苦無を引き抜き琥珀を睨みつける。

 そこに仁が、三枚の札で佳月を囲むように地面に放てば札から電撃が迸った。

 眩い閃光が佳月の皮膚を焼き、筋肉を硬直させる。天を仰ぐようにして吠えた佳月は、強ばる身体を無理矢理に動かし、傍にある一枚の札を踏みつけて破り術を解いた。

 瞬間、一閃が煌めき佳月の左腕の肘から下がずれて落ちた。夥しい血潮が瘴気と共に溢れ地面に広がる。

 佳月の左腕を斬り落としたのは琥珀だった。

 その右手には逆手に構えた鍔のない直刀が握られている。

 刃渡り約五十センチ弱、柄の上部分に陰陽太極図と柊の葉をあしらえた琥珀の愛刀。

 名を「月影(つきかげ)」。

 陰陽師と違い、霊力を持たず鬼に有効打を与えられない忍者のために“柊の牙”が用意した武器である。この世で最も硬いと言われているオリハルコンを清め、霊力を込めながら鍛錬し、使い手である忍者が扱いやすい武器に製造したものだ。

 とはいえ、所詮は付け焼き刃に過ぎず、霊力が込められているといっても毒を薄く塗っているようなもので、傷つけた鬼の再生を少し遅らせる程度だ。

 それでも、無いよりは有った方が良いということで忍者に提供されている。

「ありがとう、颯」

 そう呟く琥珀の頭上には颯が旋回して飛んでおり、彼が刀を琥珀に渡したのだ。

 手に馴染む刀を握り直すと、琥珀は跳躍した。

 一蹴りで佳月の目の前に飛び込めば、鬼は驚いて上体を反らした。

 バランスを崩しながらも佳月が突き出した左手を琥珀は身を捻って躱し、今度は左腕を肩の辺りから切り捨てる。立て続けに仁が札をその傷口に放ち爆破させれば、じわじわと再生しかけていた肉が飛び散り、断面がボロボロと崩れていく。

「゛イィ゛イイイィイダアアッッ゛ァア゛ァアイイ゛イィィッッッッ」

 両腕を失い、血涙を流しながら佳月は狂ったように地団駄を踏み、脚を振り回す。

 地面が脚の形に窪むごとに地鳴りが響き、振るわれた脚は衝撃波を生んで離れた場所にいた仁を吹き飛ばした。

「ぐっ・・・!」

 背中からフェンスに激突した仁だったが、思ったより痛みが少ないことに首を傾げた。が、身体の下から「じん・・・・・・」と弱々しい相棒の声が聞こえてきたことで、その理由が判明した。

「・・・はやくどいてくれると、たすかる・・・・・・・・・」

「おわぁ!? 悪い琥珀っ」

 顔面蒼白で、今にも消え入りそうな声音で訴える琥珀に目を剥きながら、仁は慌てて飛び退いた。

 どうやら、仁がフェンスにぶつかる寸前に身体を滑り込ませ、緩衝材の役目を果たしたらしい。

 ただでさえ深手を負っているというのに、今のでほぼ止めを刺してしまった。

 大きく咳き込む度に、琥珀の喉奥から鮮血が押し出されるように零れて白いコンクリートを赤く染める。

 仁の顔色から、サァッと血の気が引いた。

 普通なら死んでいてもおかしくない怪我だ。それでも無事でいられるのは、偏に彼女の常人より頑丈な身体のおかげである。

 激痛が全身を駆け巡っているだろうに、琥珀は苦痛の声も泣き言も上げず、血で汚れた口元を拭うと仁を見上げて微笑んだ。

 こんなもの大したことないと、仁を安心させるような笑みだった。

 それを見て、仁は出かかった言葉を呑み込み、代わりに自分の頬を両手で挟むように強く叩いた。

 謝罪も反省も、今は相棒は必要としていない。

 自分に出来ることは、これ以上琥珀の負担を増やさず鬼を退治することだ。

「琥珀、もう少し頑張ってくれ」

「了解」

 ペッ、とまだ口内に残っていた血を吐き捨てながら返し、琥珀は愛刀を握る。

 最初に切り落とした佳月の右腕はすでに再生しきっており、手を開いたり握ったりして感覚を確かめている。

 怒りに燃えた眼が、琥珀と仁を睥睨した。

 一瞬の沈黙が流れる。

 先に動いたのは佳月だった。

 巨体に似合わず闘牛の如き勢いと高速度で突進してくるのを、即座に琥珀が仁を抱えて躱す。振り下ろされた右腕によって、フェンスはひしゃげ地面が穿たれる。後ほんの数秒でも回避が遅れていたら二人は潰れたトマトのようになっていただろう。

 肩に担いだ仁を、琥珀は戦況が見やすい病院の庇の上に降ろす。

「これを使え」

「サンキュ」

 懐を漁り取り出した苦無五本を仁に渡すと、琥珀は軽やかに庇から飛び降りた。

 陰陽師の術には準備に時間が掛かるものもあり、その間身動きが取れなくなってしまう陰陽師を守るため、忍者がいる。

 着地と同時に地を蹴り、琥珀は佳月に迫る。

 ジグザグに動く忍者を鬱陶しいと言わんばかりに、佳月は唸り声を上げながら右脚の爪先で足下のコンクリートを抉り取った。大小様々な破片が雨あられと襲ってくるのを最低限の動きで避けると、琥珀は佳月の両脚の間をすり抜けざまに刀を横に薙ぎ、屈強な左足首を斬りつける。そのままコンクリートの上を跳ねるようにして疾走の勢いを殺しながら方向転換。宙に飛び上がり、ガラ空きとなっている佳月の背中に一太刀入れる。間欠泉のように血飛沫が噴き出し、佳月は更なる悲鳴を発した。

「゛アァ゛ア゛アアアァ゛ァア・・・ッ、゛ウゥゥ・・・・・・・、゛ア゛アァ゛アァッ!!!!」

 頭を掻き毟り、むやみやたらに物を破壊する様は、まるで癇癪を起こした子供のようだ。

 鋭く尖った爪で掻き毟るものだから、頭から顔にかけてミミズが走ったような引っ掻き傷が出来て真っ赤に染まっていく。

 もう琥珀のことなど意識にないようで、佳月は意味をなさない奇声を吐いてはよろめいている。

 その奇声に混じって小さく、ともすれば風に乗って消えてしまいそうなほどの微かな言の葉を、琥珀は確かに聞いた。

 刹那、仁の大声が琥珀の耳朶を打つ。

「そこから離れろ、琥珀っ!!」

「!」

 声に突き動かされるままに琥珀がその場から退いたのと同時に、五本の苦無が佳月を包囲するように真上から降り注ぐ。地面に刺さった苦無の持ち手には札が括り付けられており、それぞれから一筋の光が伸びて五芒星を描く。

 完成した星の中心で佳月が暴れるが、光の線から見えない壁でも発せられているのかのように、いくら身体を打ち付けてもそこから脱することが出来ない。

 今の佳月は籠の中の鳥も同然だ。

 パンッ、と仁が両掌を打ち合わせ印を結ぶ。


「光明の瞬き 清廉の浄 魔を払い安寧をもたらせ」


 光の輝きが増していくのに合わせて佳月の血管を這うように光が覆っていく。


「――――――急急如律令」


 もう一度、拍手の音が鳴り響き、目が眩むほどの凄まじい煌めきが辺り一帯を包み込んだ。

戦闘描写難しい・・・。

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