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忍陽  作者: 雪嗣
11/21

10話

 苦無を両手で構え全身で警戒を露わにする琥珀に、佳月は困ったように小首を傾げた。

「いつ、私が鬼だって気づいたの?」

「・・・・・・佳月が、彩葉さんの遺体が盗まれたと言ったときに怪しいと思った。一瞬の出来事だったことを盗まれたと断言したから・・・。その後、相棒と調べたことを報告している内に確信に至った」

 今すぐには攻撃してこないと判断したのか、少しの躊躇いを見せてから琥珀が答えれば、佳月はあちゃー、と右手で額を覆った。

「そこだよね、やっぱ! 私も言った後、“あ、これバレるかも”って思ったもん。うわぁー、失敗したぁ・・・」

「彩葉さんのご両親からの連絡があったのは嘘だろう」

「そうだよ。ああ言えば騙されてくれるかなって思ったんだけど、ほんっと失敗した」

 宙を仰ぎ、一人反省していた佳月は緩慢に額から手を退け琥珀の方に顔を向ける。

 目も口も弧を描いてはいるが、しかし笑ってはいなかった。

「ねぇ琥珀、見逃してくれないかな。そいつと他の奴らが何してきたか、知ってるでしょう? 自業自得なんだよこれは」

 気絶しているふわふわ女子を指差し、佳月は告げる。

 彼らがこんな目に遭うのは仕方がない、全ては自分たちの行いが招いたことだと、言外に訴えた。

 琥珀は、静かに佳月を見据えた。

 佳月の言い分は理解できる。

 大切な親友を死に追いやった元凶に加担した者たちを許せるわけがない。

 理解はできるが、見逃すことはできなかった。

 例えどんなに人間として最低な者でも、鬼から守るのが“柊の牙”の役目だ。そこに私情を挟んではいけない。

 とはいえ、琥珀も聖人君子ではない。彼女たちの行いには思うところもあるし、佳月の言うとおり自業自得なので断罪されるべきだと考えている。ただそれは、死で解決するのではなく、社会的制裁を与え自らの過ちを悔い改めながら生涯を送ることが、何よりの罰だと思っている。

「確かに、彼女たちがしてきたことは許されるものではない。今だって苦しんでいる人たちがいる。だからこそ、然るべき措置を受けるべきだと私は思う。ただ一方的に殺すだけでは、自らが犯した罪の重さが分からず仕舞いで終わってしまう。それは違うんじゃないか?」

 一呼吸置いて、琥珀は断言した。

「悪いが、見逃すことはできない」

「そっか。――――――なら、死んで」

 佳月の瞳が桃色から鮮やかな赤色に変色し、苛烈に燃える。

 一瞬にして琥珀の間合いに入り込むと、佳月はしなやかな脚を鞭のように振るった。

 鬼の力は人間の何十倍にもなる。

 華奢な見た目に反して繰り出された強烈な蹴りは自動車と正面衝突したような衝撃を琥珀に与え、その身体を軽々と吹っ飛ばした。すんでの所で琥珀は両腕を交差させ防御したことで致命傷は避けられたが、打撃を受けた箇所は骨までビリビリと痺れた。

 駐車場まで吹き飛ばされた琥珀は、宙で身を捻り軽やかに地面に降り立った。そこに、一息つく暇もなく佳月が病院から飛び出して琥珀に襲いかかった。鋭利に伸びた両手の爪を刃物代わりに上下左右と立て続けに振るってくるのを、琥珀は苦無で受け流していく。

 反撃の隙を与えず佳月の猛追は勢いを増していき、琥珀の頬に、腕に、胴に浅くはない引っ掻き傷をつくっていった。しばらく攻撃を捌き続けていた琥珀だったが、振りかぶられた佳月の右手を屈んで躱し、その空いた一瞬の隙を狙い素早く彼女の喉に獲物を突き刺した。

「ッ!」

 喉を押さえてよろめく佳月の鳩尾みぞおちに琥珀が回し蹴りを食らわせる。

 鬼ほどではないとはいえ、常人に比べれば遙かに強力な蹴りを急所に叩き込まれ、佳月は刹那、呼吸が止まった。怯んだ鬼に忍者は容赦しなかった。次いで琥珀は佳月の頭を両手で掴み下方に押すと同時に、勢いよく上げた右膝で彼女の鼻っ面を蹴り上げた。骨が砕ける音がし、ひしゃげた佳月の鼻から鮮血が噴き出す。そのまま左手の苦無を佳月の頭部に振り下ろそうとした琥珀だったが、直後、ぐらりと歪んだ視界に動きを止めた。追撃の手を止めてしまったことで反撃されるのを想定し、後ろに跳んで距離を取る。そして二、三回咳き込んだ琥珀は、口を覆っていた右手にべったりと血がついていることに小さく舌打ちした。

「ゲボッ・・・、オ゛エ・・・・・・ッ。ずごいね琥珀っ、容赦なさすぎ・・・!」

 その間に喉に刺さったままの苦無を引っこ抜くと、佳月は何の支障もなく声を発した。琥珀と同じく血を吐き出し、すっきりした表情をして制服のパータイで喉や口元の血を拭う。そこにあった刺し傷は見る見るうちに塞がっていき、初めから何もなかったかのように美しい喉を晒した。無残に曲がっていた鼻もいつの間にか治っており、真っ直ぐな鼻筋をしていた。

「・・・でも、どんなに容赦なくても陰陽師じゃない琥珀の攻撃は鬼には効かないんだよね」

 再生能力を有す鬼は、普通の攻撃によってつくられた傷はあっという間に治ってしまう。故に、鬼を倒すには陰陽師の霊力が込められた攻撃が必要不可欠なのだ。

 それに、と佳月は微かに震えている琥珀の右腕を見やり気遣わしそうに眉を下げた。

「辛いんじゃない? 忍者は鍛えてるって聞いてるけど、所詮は人間。私たち鬼の瘴気には耐えきれない」

 鬼の肉体は、人間にとって毒である瘴気を纏っている。人間が鬼に傷つけられると傷口から瘴気が入り込み、やがては穢れとなってその身を蝕み命を落とす。希にそこから鬼に転じる者もいるが、極少数であり大半は死んでしまう。助かるには陰陽師による浄化か禊を行うしかない。

 佳月の爪で傷ついた琥珀もまた、傷口から体内に入った瘴気に冒されていた。視界が霞みがかり、右腕はピリピリと痺れてきているのを体感している。

 鬼の瘴気が人体にどれほど悪影響なのかよく知っている琥珀は、それとは別であの気絶したふわふわ女子のことが気がかりだった。

 切り落とされた右手の応急処置をする暇もなく戦闘になだれ込んでしまったため、このままでは瘴気云々の前に失血死してしまう可能性が高い。

 歯噛みする琥珀に、佳月が飛びかかった。

 頭上からの踵落としを、琥珀は横に転がって回避する。踵が叩きつけられた地面は、コンクリートにも関わらず見事に蜘蛛の巣状にヒビ割れ陥没し、細かな破片が宙を舞った。

 避けた際、またもぐらついた視界に琥珀は懐から素早く巾着袋を取り出した。その中から一口大の乾燥させた桃を一つ口に放り込む。

 古くから桃は魔除けや厄除けの効果がある果物といわれており、かの有名な陰陽師・安倍晴明が祀られている神社にも桃の銅像が設置されているほど縁起の良いものだ。

 “柊の牙”では桃を栽培し、清めたものを戦闘中でも食べやすいように乾燥させてから陰陽師と忍者に提供していた。流石に体内に入った瘴気を完全に浄化するほどの作用はないが、それでも症状が大分緩和されるので重宝されている。

 視界の歪みと右腕の痺れが和らいでいくのを感じながら、琥珀は新たに苦無を構え佳月の猛攻を防いでいく。

 そんな中、琥珀はずっと気になっていたことを佳月に問うた。

「ッ、一つ、聞きたいことがある・・・!」

「ハハッ、この状況で普通聞く? でもいいよ! 何が知りたい?」

 攻撃の手は緩めずに、佳月は楽しそうに先を促す。

 右こめかみを狙った蹴りを弾き返し、琥珀は口を開いた。

「お前が鳳 樹香たちのことを恨んでいたのは分かった。だが、九条 梢を殺した理由は何だ? 彼女にはお前に恨まれるようなことはしていなかったはずだ」

 その言葉に、佳月の動きが一瞬止まったような気がした。

 だが、次の瞬間には伸ばした指を揃えた鋭い突きを繰り出され、琥珀は紙一重で躱す。左頬を掠めた爪先が一筋の線を描いて薄皮を剥いだ。

「梢、か・・・。あの子には可哀想なことをしたと思ってるよ。運悪く異形態から戻るところを見られちゃってさ・・・・・・」

 教室で佳月が一人、委員会の仕事をしている時だった。

 鳳一家を喰らってから一週間も経たず飢餓に近い空腹状態であったこと、そして鬼になりたてということもあり人間態が上手く保てず、肉体が変異しかけたのだ。瞳が赤くなり、爪も牙も鋭く伸びた姿を、忘れ物か何かか、教室に戻ってきた九条 梢は目撃してしまったのだ。その場で対処できなかったが、梢が逃げるように自宅に駆け込むのを見つからないよう追いかけ、彼女が混乱のままに母親に告げようとしたところを襲った。

「あそこで変な噂でも立っちゃうと困るし、大好きな母親と一緒に殺したんだから梢も寂しくないで、しょっ」

 悲しげに目を伏せていたかと思えば、あっけらかんと笑って佳月は腰を落とし左手で琥珀の薄い腹を引き裂いた。咄嗟に半身を下げたことで臓物が出るまではいかなかったが、それでも大きく肉は抉れ、ボタボタと血が地面を赤く彩った。

「お返しね」

 苦悶に顔を歪ませ距離を取った琥珀に見せつけるように、佳月は左手に付着した彼女の血をペロリと舐めた。

 恍惚として「琥珀の血、凄く美味しい!」と言う佳月を睨みつけ、琥珀は口内の血を吐き出しながら自身の油断を悔いた。

 ドクドクと鮮血が流れ続ける腹部を押さえ、琥珀が奥歯を噛み締めたその瞬間、どこからともなく放たれた一枚の札が佳月の右腕に貼り付き、そして爆発した。

「アアァア゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛アッッ!!!」

 肘から下が吹き飛び、断面が焼け焦げた右腕に佳月が驚愕と苦痛の絶叫を上げた。

 再生能力が正常に機能していないのか、傷口は新たな肉を生み出しかけてはボロボロと崩れていった。

 突然のことに目を丸くする琥珀の耳に、相棒の声が届く。

「悪い、遅くなった!」

 声の方に視線を送れば、病院の敷地の外から息を切らせた仁が琥珀の元に駆け寄ってきていた。

 ふらつく琥珀を支え、彼女の腹部の裂傷やあちこちについた傷に目をやった仁は眉間に皺を寄せた。

 仁の口が開かれ、その後に紡がれるであろう言葉を琥珀は遮った。

「謝罪はもう聞いた。これは私のミスだ、仁が気にすることじゃない。そんなことより、佳月を倒すのが先だろう」

 淡々と、口を挟む隙すら与えず言葉を並べる琥珀に、仁はポカンと間の抜けた表情をした後小さく溜息を吐いた。これはもう、何言っても聞かないやつだと仁は半分呆れてしまう。

 自分の足でしっかりと立つ琥珀の肩を軽く叩き、仁も鬼に向き直った。

「最悪・・・・・・ッ」

 欠けてしまったままの右腕を反対の手で握りしめ、佳月は忌々しそうに琥珀と仁を見据えた。

セーラー服のリボンの布をターパイというのを初めて知りました。

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