9話
8話の琥珀側といった感じです。
ごめんなさい、宣言しておきながら戦闘シーンではありません。
遡ること十数分前。
佳月の帰宅路を辿って屋根から屋根へ跳んでいた琥珀は、突然急停止した。
佳月の家まであと二、三㎞といったところだった。
琥珀は右耳に手を添え、意識を集中させる。
「どうした、仁」
『五十嵐 佳月の家に来たんだが、まだ彼女は帰ってないらしい』
「そうか・・・。私もあと二十分くらいでそっちに着くが、今のところ佳月の姿はない」
颯を通しての仁の報告に、琥珀も現状を伝えた。
頭の中で、仁が唸る声が響く。
『・・・新たに人を襲いに行ったか』
「だとすれば、鳳 樹香と小林 真尋の取り巻きが襲われる可能性が高いな。二人の命令で被害者をいじめていたこともあったらしいから、狙われるとすればそいつらだと思う」
琥珀は内ポケットに入れたままの数枚のメモ用紙を取り出すと、その中から目的の内容を控えた一枚を一番上に持ってくる。
「事件以降は控えているらしいが、そいつらは学園から東に二㎞ほど離れたところにある廃病院で夜遊びをしていたそうだ。もし家に帰っていなかったら、そこに居るかもしれない」
その廃病院近くの塾に通う被害者生徒から聞いた情報だった。夜遅くまである塾を終え帰ろうとしていたら、廃病院に入る取り巻きたちを何度か見かけたことがあると、こっそりと教えてくれた。
『・・・嫌な予感がする。琥珀、急いでその廃病院に行ってくれ。車の俺より速く着くだろ』
走る速さでいえば車がもちろん圧勝だが、信号や道路状況等の観点から見てみれば、それらにとらわれず直線距離を行ける琥珀の方が断然速い。
そう考えての仁の指示に琥珀は分かった、と頷いた。
『俺も出来る限り急ぐが・・・、無茶するなよ』
「それも分かってる」
言い聞かせるように念を押してくる仁に、琥珀はしっかりと返事をする。
もしかしたら、これから鬼と戦闘になるかもしれない相棒を心配するのは当然だ。琥珀も逆の立場だったら絶対に気を揉む。故に、仁の己を心配する気持ちを琥珀は素直に受け取った。
通話の術を切った琥珀はメモ用紙をポケットに仕舞うと、両足に力を込め廃病院がある方角へ屋根を蹴った。
廃病院から逃げ出した生徒らは、息が切れて足がもつれそうになるほど疲れても走るのを止めなかった。否、止められないといった方が正しい。
つい今し方見た悍ましい光景が脳裏に焼き付いたままで、それが足を止められない理由だった。
どれくらい廃病院から離れたのか。あの化け物は追ってきているのか。現状を確認できるほど、彼らは冷静に戻れていない。
その時、突然上から大きな影が降って現れた。
先頭を走っていた黒髪男子が悲鳴を轟かせて立ち止まると、後続の面々も何が起こったのか把握できてないまま叫び、足を止める。数人ほど腰が抜けてしまったのか、その場にへたり込む者もいた。
化け物に追いつかれたのだと、肩を弾ませながら彼らは戦慄する。
「大丈夫か、何があった?」
しかし、その影はあの化け物ではなかった。
黒い髪がさらりと揺れる。
彼らの目の前に降り立った影――――琥珀は、気遣わしげな音を伴わせてそう言った。
化け物ではない、人間だと確信した途端、彼らはワアワアと半狂乱で口々に喚きながら琥珀に詰め寄った。誰でもいいから助けてほしいという一心で、起こったことを叫ぶ。
特に星ノ咲学園の生徒らは、琥珀が件の編入生であることに気づいていない様子で、それほどまでに切迫した状況に置かれていたことが窺える。
「ば・・・ばけ・・・化け物が・・・・・・ッ」
「もうやだぁっ・・・!」
「どうしよう、○○置いてきちゃった・・・っ」
「警察・・・警察行かねぇと!」
「どうやって説明すんだよ・・・っ、信じてくれねぇよあんなの!」
「おうち帰りたいぃ・・・・・・!」
平静を取り戻しかけているとはいえ、まだ混乱と恐怖に支配されている彼らは上手く状況を説明出来ずただ自分の感情をぶつけているだけだった。
狼狽している相手から詳細を聞けるとは思っていなかったが、一人が青ざめた顔で叫んだ言葉に琥珀は素早く反応した。
口にした女子の両肩を掴み、睨むように目を覗き込む。
「今、“置いてきた”と言ったか?」
あまりにも鋭い琥珀の眼光に怯えつつ、その女子は首を縦に振った。瞬間、琥珀は廃病院に向かって駆け出した。
間に合わなかったことに舌を打ち、颯へ連絡を飛ばす。
「颯、協会に目撃者の保護と後処理をするように要請してくれ!」
幸い、廃病院までそこまで距離はない。忍である琥珀にとってはほんの数秒といった距離だ。
廃病院の敷地に踏み込めば、すぐ病院の玄関が見える。開け放たれた玄関のその先、夜目が利く琥珀の目は、今まさに置いていかれたであろう女子に襲いかかろうとする敵を捕らえた。
瞬発的に地面を一際強く蹴ると同時、右袖口から苦無を引き抜く。一足飛びで鬼に肉薄した琥珀は勢いそのまま苦無を横に薙いだ。しかし、寸でのところで攻撃に感づいた鬼が避けたことで、得物は鬼の髪を数本切り落とすだけで終わった。
距離を取った鬼を追撃することなくもう片方の手にも苦無を握ると、琥珀は襲われていた女子を守るように鬼の前に立ち塞がる。直後、背後に匿った女子が限界を迎え失神したのを、琥珀は気配で感じ取った。
それでも、鬼から目を離しはしない。
立ち上がってスカートの埃を払う鬼が佳月であることを確認した瞬間、琥珀は無意識に苦無を握る手に力を込めた。
予想していた通りの結果に、諦念にも似た感情が琥珀の胸中を占める。
佳月が微笑んだ。
「やっぱり、琥珀が“柊”の連中だったんだ」
紡がれた言葉に、微かに心臓が締め付けられるように痛んだのを、琥珀は気のせいだと判断した。




