序章
夜の静寂を破るように、パトカーのサイレンが鳴り響く。
一時間ほど前、住宅街のとある一軒家で殺人事件があったのだ。
被害者はその家に住む家族四人。家の主人とその妻、そして十六歳と十一歳になる娘二人だ。隣に住む者がガラスを割る音と悲鳴を聞き、通報を受けた警察が駆けつけたところ、一家全員が何者かによって殺害されていたらしい。
犯人は今もなお逃走中で、目撃者がいなかったためその容姿さえ不明であり捜査は難航している。
規制線テープが張られ、隔離されたその家から、警察二人が担架を外に運び出す。担架に乗せられた人物は白い布を頭から足先まですっぽりと被せられていた。全体像が見えないが、揺れる担架からはみ出した右腕は肘から先がなく、その傷口は獣に噛み千切られたかのようにぐちゃぐちゃだった。
規制線テープの外側では近隣住民や近くを通りかかった野次馬、報道陣で溢れかえり、スマホで動画を撮る者が多かった。
そんな中、野次馬の後ろの方で事件現場を静かに見つめる者が二人いた。
一人は身長一九〇に届きそうなほどの長身の男で、黒いマスクで顔半分を覆っていた。闇夜と同じ色をした瞳が、次々運ばれていく被害者を鋭く見据えている。
もう一人は男より頭一つ分くらい小さい華奢な少女で、こちらはキャスケット帽を目深に被りその容貌は拝見できない。
ガヤガヤと騒々しい野次馬勢に背を向けると、「行くぞ」と男は少女に声を掛け歩き出す。遅れて男の隣に並んだ少女は、キャスケット帽を被り直しながらチラリと男を横目で見上げる。月のように鮮やかな金目が帽子の下から覗いた。
男の眉間に刻まれた皺は常よりも深く、この事件に憤っているのか、それとも違うことを思考しているのか、少女は判断しかねた。こういう時に掛ける言葉が見つからず、少女は粛々と男についていく。
「・・・今回で三回目だ」
不意に、男が口を開いた。
「一回目と二回目は一週間も経たなかったが、今回は前回から半月以上空いている。これからもっと不定期になる。気い引き締めていくぞ」
男の言葉に、少女は強く頷く。言われずとも、決して油断などしない。下手すればこちらの命がないのだ。
これから二人が相手するのは、人間の血肉を食らう化け物なのだから。
光も届かない暗闇に溶けるように、二人は姿を消した。
鬼―――――。
それは古来より存在する化け物である。人間が怨念から鬼に姿を転じ、積もりに積もった恨みをぶつけるように他の人間を殺し、その血肉を食らう。
更に、鬼に傷つけられた者はいずれ鬼に転じ、同じように人を襲う。
鬼の出現が多く確認されたのは平安時代で、当時の最高権力者でもあった藤原道長が鬼による被害の拡大を防ぐため、退治を陰陽師に命じた。元々怪異に関する事柄に対応するのも勤めであった陰陽師だったが、ここで一つ問題が出来た。
人から転じたばかりの鬼ならばともかく、長らく人を食らい生き延び続けた鬼になると一段と強さが増し逆に食われる陰陽師が続発したのだ。このままではいけないと考えられた打開策として、暗殺や諜報などの隠密活動に長けたとある者達を雇った。人里離れた山奥で育ったその者達は特殊な訓練を受けており、身体能力が常人より遙かに高く、鬼にも引けを取らなかった。彼らは後の戦国の世で「忍」と呼ばれ活躍するのだが、平安では陰陽師の頭文字にちなんで「陰」と呼ばれた。
陰が囮となり鬼の気を引き、その隙に陰陽師が鬼を倒すという形態で、何とか鬼退治は成り立ってきた。
そして鬼狩りは時代が現代の世に変わっても続いていき、明治の終わり頃には政府公認の鬼狩り組織として「柊の牙」という協会を設立した。しかし、時代が変わるにつれ鬼や怪異の存在を信じる者がどんどん減少し、ほとんどいないに等しい世の中になった。今の時代、鬼は伝承のものとして扱われ、人々はその脅威を忘れ去ってしまったため、鬼狩りも大っぴらに実行するのは難しい。
そんな現代で、鬼狩りの使命を全うする者たちが暗躍していた――――――――。




