第四話 王太女の仕事
「う゛ぅぅぅー……」
「あの…姫様……。陛下に叱られて悲しいのは分かるんですが、周りの視線の問題があるのでそろそろ………」
昨日しっかり運動し、食事と休息を取ったエイスは、護衛のためにシルフィの部屋に行き扉を開けると、どうやらヴェイランにしこたま説教を受けたらしいシルフィが飛び出してきていつものように泣き付かれてしまった。しかし生暖かい視線や、殺気を孕んだ視線に曝されているエイスはそれどころではない。生暖かい視線は近衛騎士、殺気を孕んだ視線は貴族からのものである。ほとんどは男爵や子爵の子息だが、高位貴族の子息や当主すらいるのでエイスとしては気が気でない。しかし、
「う゛あ゛ぁぁ゛ぁぁ……」
「………ハァ、仕方ないですね…。よしよし、もう好きなだけ泣いてください、いくらでも慰めるので」
一向に泣き止む気配が無いので、諦めることにして慰め始めた。
◇◇◇◇
「落ち着きましたか?」
「グスッ……うん………いつもごめんね?」
目を赤くしたシルフィは、さらに顔も赤くしながらエイスに謝った。まぁ一国の王女、それも次期女王と目される姫が、同年代の青年に抱き着きながら大泣きしたのだ。恥ずかしさで一杯だろう。エイスは気を利かせて別の話題を振った。
「それで、今日はどうするのですか?姫様が『公務を安全に行うために護衛せよ』としか陛下から伝えられていないのですが」
「パパ……もう、部下に指示を出す練習ってこと?それともめんどくさかったのかしら」
エイスの疑問に、シルフィは父の意図を考えつつも答えた。
「城下の様子を視察するように、だってさ。だから傭兵ギルドとか協会とか。その後は一回お城に戻って、貧民街で炊き出しの監督だってさ」
「貧民街ですか……。あそこはどう頑張っても無くせないんですよねぇ…………。傭兵ギルドも貧民街も治安が最悪なんですが、まさか僕一人なんてことは………」
「……………(ニコッ)」
「あるんですね……そうですか………」
炊き出しを王女自ら行うのは、貧民を救う気があるということを示し、貧民の反乱を起こさせないためといった理由がある。だが、貧民街にいるのは貧民だけではない。反逆者や盗賊が紛れ込んでいるため、治安は恐ろしく悪いのだ。本来近衛騎士の3分の1ほどは護衛につくのが普通な治安である。
「まぁエイスなら大丈夫だよ!なんたって、あなたは『不壊の盾』なんだから!」
『不壊の盾』、それはエイスの二つ名であり、彼の戦い方からついた物だ。反発魔力は、エイスの意思で好きに操作でき、形も自由自在に変化させられる。さらに反発の対象から自分を除くことができるので、盾を形成すれば絶対に壊せない盾が出来上がる。彼は人を害することがあまり好きでは無いため、可能な限り防御を行い、無力化を試みている。そのため、防御を突破しようとして消耗したところを反発魔力で武具を弾き飛ばされ決着、ということがほとんどだ。
「僕は二つ名を持っても良いほどの騎士じゃ無いと思うんですけどね……」
「良いのよ、近衛騎士は最精鋭騎士よ?近衛騎士団に入れるってことは、二つ名を持つのに十分な力があるってこと!」
エイスの言った言葉を上級騎士が聞けば、その場で憤死してもおかしくないほど近衛騎士は狭き門なのだ。近衛騎士は今150人いて、そのうちの30人が二つ名を持っている。5分の1が二つ名を持っているため、本当に精鋭なのである。というか近衛騎士以外に二つ名を持っているのは軍人だけである。騎士で二つ名を持つ者は近衛騎士に勧誘され、引き抜かれるためだ。
「ま、そんなわけで大丈夫だよ!それに私はエイスの事信じてるし!!」
「………はい!シルフィ様には指一本触れさせません!!」
思っていたよりも期待が重くて胃が痛くなったエイスだが、それを振り払ってシルフィに答えた。
◇◇◇◇
メイリス王国王都『ル・メイリス』にて
「へー、ここが傭兵ギルド……。なんていうか……」
「薄暗い、ですか?」
「うん、まぁ………。ほ、本当にパ…お父様はこんなところに視察に来てたのかなぁ?」
「うーん、どうでしょ『おう汚ねぇ所で悪かったなクソガキども!礼にその根性叩き直してやろうか!?』うか…あー……」
傭兵ギルドの前で見た目の寸評をしていると、聞こえてしまったらしい中の人間から怒鳴られた。その時点で怒鳴った人間は処刑され首を晒されてもおかしくないほどの罪なのだが……
「エイス?剣を抜こうとしないで?その凝縮させた魔力を何に使うの?霧散させて?……エイス!?ちょっ、今すぐそれ消して!!」
「あっ、申し訳ありません。これではギルドごと吹き飛ばしてしまいますね」
「いやそういうことじゃ無いんだけど……まぁいっか」
イイ笑顔で剣に手をかけ、視覚的に見え始めるほど魔力を固め始めたエイスを慌ててシルフィが止める、シルフィが抑え役に回るという珍しい光景があった。
「ま、まぁとりあえず…………んん、お父様から視察の仕方は教わっているので行きましょうか、エイス」
「イエス・ユア・ハイネス」
シルフィが気持ちを仕事に切り替え、エイスも完全に仕事のスイッチを入れて、二人とも真面目な表情と声音にして傭兵ギルドに入っていった。
「ガキども、よくもウチをバカにしてくれやがっ」
「一同控えよ!メイリス王国第一王女、王国の至宝、シルフィ・ラ・メイリエス殿下のおなりである!!」
「「「「んなっ!?」」」」
自分達の縄張りと言っても過言ではない場所を堂々とバカにした子供を教育しようとしたタイミングで、意図的に遮られた上にその発言である。憤慨していた傭兵達は、顔を真っ青にしつつ全員平伏した。天下のメイリス王国、その唯一の跡取りである。ここで反抗しようものなら、シルフィの登場を宣言したエイスに首を飛ばされてお仕舞いだ。そのためさっさと平伏した。だが一人は別だった。
「おう、近衛騎士サマよぉ、その辺にしといてくれねぇか?ここは傭兵ギルド。多少の無礼は許して欲しいんだが」
「たとえ傭兵といえども、この国で活動する以上王家にはある程度の敬意は持つべきだ。そういう貴様は何者だ?」
完全に近衛騎士としての口調に切り替えたエイスが高圧的に誰何した。心優しい彼だが、仕事中は別である。
「俺ぁベルガドってもんだ。このギルドのギルドマスターをしてる。よろしく頼むぜ、『ヴァンガード』さんよ?」
「なるほど。まぁ良い、とりあえず問おう。なぜ貴様は立っている?」
本来シルフィが入ってきた時点で最低でも跪くべきなのだが、彼はずっと腕を組んだまま尊大に立っていたのだ。
「おっと失礼。今回は許してくれ。所で……」
「………なんだ?」
「その今日の主役のはずの姫サマが怒ってるぜ?」
「!?」
「……………」
ベルガドの言葉に慌てて振り返ったエイスの目には、放置されてお冠なシルフィが写った。
「え、あの……?姫様?」
「エ イ ス ?」
「あっはい」
その後、エイスは笑顔のまま詰め寄ってきたシルフィに盛大に怒られたらしい。