第三話 エイスの自主訓練と平穏
「………………」
次の日、エイスは近衛騎士に与えられている特別な部屋のベッドの上で体を起こしたまま目をショボショボさせていた。
「…………?……!?」
そして不思議そうにした後、慌ててベッドから飛び降りた。
「マズイ!昨日も訓練してないのに、今日も寝坊した!!せっかくの全休なのに!!」
近衛騎士も、結局は仕事なので休日があるが、他の騎士よりも絶対数が少ない。そのためとてつもないエリートにも関わらず、どの騎士よりも忙しく休みが全然無い。世知辛である。
さらに軍や他の騎士団のように集団での訓練が基本的に無いため、自分で訓練しなければあっという間に仲間に実力の面でおいて行かれるだろう。
急いで顔を洗い、友人から貰った軍で支給されているレーションを水で流し込んで、訓練用の服に着替えたエイスは、愛用の真剣と木剣を持って訓練所に向かった。
◇◇◇◇
メイリス王国は、近衛騎士団専用の訓練所を有しており、一般の騎士や軍人どころか、エリートに分類される上級騎士すら立ち入りを禁止している。
その理由は、近衛騎士は何か特別なものが絶対に必要で、その中にはとても危険な物もある。そのため、
「おっ?遅かったなエイス。寝坊か?」
「どうも疲れてたみたいで……。特殊訓練室は空いてる?」
「俺が使い終わったところだからな。空いてるぞ」
「やった、ありがとう!」
その危険なものの訓練をするための部屋があり、使用中だった場合はたとえ団長だったとしても入ることも変わることも出来ない。
そのため、模擬戦は頑丈に作られた特別な演習場で行われる他の騎士団には人気な催し物とされているが、その技を観察し、己の物にしてみせると意気込む者もいる。まぁ大抵は無駄な努力で終わるのだが。
「よし、じゃあ始めようかな」
エイスは特殊訓練室に入り、木剣ではなく真剣を抜いた。彼にとって命と同じくらい大切な剣だ。
去年の誕生日にシルフィに贈られたもので、その名を【宝剣フローレント】と言う。王国で一番の腕を持つドワーフの鍛冶師によって、最高の素材で作られた長剣だ。毎年の検査で計測は済んでいるし、戦い方はその鍛冶師を呼び出し観察させたため、正真正銘彼に最も合った世界でひとつだけの剣である。
「僕には釣り合わないと思うんだけどなぁ……。まぁ、訓練してもっと腕前を上げないとな」
と、一言呟いてエイスは準備運動としてひたすらに素振りを始めた。空気を切り裂く音、鋭い踏み込みの音、剣の重さ、そういったものがエイスの集中力を高めていく。それを終わらせた後、いよいよ己の持つ特別な技を磨いていく。
彼はその脚力で飛び上がり、そのまま空中を舞い始めた。いや、舞うというのは違うかも知れない。だが踊るように空中を踏みしめて、様々な方向へと跳ね回る。エイスのみが持つ特別な力は、全てのものと反発する特殊な魔力だ。彼はそのまま、『反発魔力』と呼んでいる。
自分の意思でその反発具合を調整でき、最低にすれば地面のように使い、空中で立つことが出来るのだ。これはあまりにも強大な戦力となる。振り下ろされる剣を弾き飛ばし、飛来する矢や魔法を相手に跳ね返す。直接触れさせれば敵を吹き飛ばす事も可能で、細かく操作する余裕があれば盾を敵の手から弾き飛ばしたり、鎧を中から弾けさせる事も出来るのだ。失敗すれば敵はミンチになってしまうため滅多にやらないが、無力化にも適した素晴らしい魔力である。
………ちなみに寝坊したと言っても、彼が起きたのは王都の普通の平民達と同じ時間なため、本来は寝坊というわけではない。
◇◇◇◇
「………ふぅ、こんなもんかな」
ひとしきり跳ね回り、空中で剣舞をした後に彼は地面に降り立ち部屋を後にした。
「お、終わったか。使うぞ」
「あ、はい。どうぞ……って団長!?」
部屋から出てきた彼の前には、王国最強と言われる近衛騎士団長、『フェルシア・アルセナー』が立っていた。
名前から分かる通り女性である。しなやかな腕から繰り出される神速の突きに対応出来る騎士は今のところほとんどいない。彼女との模擬戦は大抵一瞬で終わってしまうのだ。
「団長は今日の仕事は終わったのですか!?まだ昼ですよ!?」
彼女は書類仕事があるため、昼から訓練等をしている暇は無いはず。エイスはそう思い問いかけたが、
「………何を言っているんだ、今はもう夕方だぞ?」
と、きょとんとした顔で彼女は答えた。
「………えっ!?」
どうやらエイスは朝からずっと訓練室を占拠してしまっていたらしい。だが、特殊訓練室は基本的に誰かが使用していたならば諦めなければならない。規則でそう決まっている上に、自分が早く来れば良い話だからである。だからエイスが咎められることはない。
「まさか朝からずっと訓練していたのか?訓練は大切だが、食事や休息も同じくらい大切だといつも言っているだろうに……」
「ははは、すみません………。熱中しすぎたようです」
少し恥ずかしくなったエイスは、顔を赤くしながら答えた。
「まぁ、とりあえずもう休んでおけ。明日からまた姫様の護衛だろう?訓練で疲れてヘロヘロの体では、何かあったときに姫様を守れんぞ?」
「そうですね。風呂に入って食事をしたら、もう休もうかと思います。お気遣い、ありがとうございました」
「あぁ、気を付けるように」
◇◇◇◇
「……やっぱり食堂のご飯は美味しいなぁ」
朝、寝坊してしまったため大して旨くもない軍用レーションを水で流し込んだだけだったエイスは、王城内にある騎士の食堂で食事を取っていた。
巨大な国土と膨大な戦力を持つキャバリス帝国に対する防衛戦争を続けている王国において騎士は顔である。そんな騎士が不味い食事を食べているなんて許せないとばかりに、王国は王宮料理長に騎士達の食事を監修させていた。
「よう、今日はどうしたんだ?昼飯食いに来なかったじゃねぇか」
「あー、あはは……。訓練に没頭しすぎて忘れちゃったんだ」
「そりゃいかんな。しっかり食わないと、体ができんぞ?」
1人しかいないので、暇になった料理人が話しかけてきた。とてもフレンドリーで、エイスとも仲が良い。だが全ての騎士の食事のほとんどを彼1人で調理しているため、彼はとてつもなく優秀、いやそれを通り越して化物である。
「まぁ、多分もうお前以外来ねぇし、好きなだけ食え!そうすりゃ、明日は元気溌剌だろ!」
「そうだね、そうさせて貰うよ」
エイスはふっと微笑み、また食事をし始めた。