7. 王の番
どれくらいの時間が経ったのだろうか。
何度か瞬きを繰り返してみると視界がはっきりしてくる。
あの時、彼女に言われるがまま服毒したはず。
なぜ生きているのだろうと不思議に思いながら視線を横に向けると私の左手を握ったまま辛そうな顔をしたまま眠るグレアムが見えた。
相当心配を掛けてしまったようだ。
強そうな見た目に反して濃くなった隈と頬に伝う涙がそれを物語っている。
そっと雫を右手で取るとパチリと瞼が開いた。
「ロレイン!!」
大声で呼ばれたのと同時に勢いよく抱き着かれそのままベッドに沈んでいく。
痛くはないが大きな犬でも飼っているかのようで。
大きな熊の間違いだったと考えを改めながらぽんぽんと優しく背中を叩けば、嗚咽音が聞こえてきた。
彼が落ち着くまで暫くそうしていると疲れたのか。
すうすうと寝息が溢れ、それに安堵していると扉の開く音が聞こえてくる。
「仲が良いようだな。」
声のする方へと視線を向ければ、王である彼がこちらへと近付いてきた。
何の用だと警戒していると近くにあった椅子を手に取りベッドの横に置いて腰掛ける。
「お前は何者だ?人種の番が暴走させられる事例は聞いたことがない。」
「暴走…?」
「獣人が獣に戻ることをいう。本来、獣人なら皆がなれるはずだがな。長い歴史の中で失われていった能力だ。」
「それと私と何の関係が?」
「お前が眠っている間にグレアムが暴走状態になった。」
「え!?」
「身体が幼い状態でもなれるとはな。何をしたんだ。」
「わ、私は何も…。」
「そもそもどうやってグレアムを落とした。他の種族ならまだしも熊族が脆弱な人種に心を奪われるなど…。」
「陛下、ロレインに失礼なことを言わないでもらえませんか。」
「起きたのか。」
のそりと起き上がったグレアムは濃い隈を残したまま小さくため息を零しながら彼女を抱き寄せ、首筋に顔を埋めた。
「我が助けてやったんだが?」
「それは感謝してます。」
「へ、陛下が助けてくださったんですか…?」
「そうだ。」
「お礼が遅くなり申し訳ございません。この度はご助力いただき感謝申し上げます。」
「急に畏まるな。王ではあるが、ここには忍びで来ている。」
「?」
「お前に興味が湧いた。どうだ、我の番になってみないか。」
「それはいくら陛下でも冗談には聞こえませんよ。」
「本気で言っている。見て分かる通り、我はまだ成長していない。15人の番が居るというのに未だかすりもしないのだ。グレアムの能力を引き出すことが出来る人間なら或は…。」
「ロレインは俺だけの番です。誰とも共有するつもりはありません。例え陛下であっても。」
「良いではないか。安心しろ。番になったからと言って他と同じだ。好意を持つなどありえない。」
高らかに宣言したリオはロレインに近づいていく。
これはどういう状況だと混乱する頭を整理しようとするが、やはり意味がわからない。
グレアムの番でさえ実感が無いのに、獣人種の王であるリオの番になるなどありえないだろうと彼から逃げるようにブランケットを引き寄せた。
「何が不満だというのだ。獣人種の王と番になれるのは人種であれ、光栄なことだろう。」
「光栄ですが、丁重にお断りさせていただきます。私にはシルヴァ様というお慕いしている殿方が居ますので。」
「シルヴァ?王室付き騎士のシルヴァ・クレイトルのことか。」
「お知り合いなんですか?」
「半獣とはいえ、獣人種だからな。我の管理下に居る。」
「半獣…?」
「シルヴァは半獣なのか。人種なら条約に守られると表沙汰にできないと思ったが、直ぐにでも息の根を止められるな。」
「ちょ、グレアム?半獣の意味がわからないけど、シルヴァ様の息の根は止めちゃダメだから!」
「ロレインの想い人は俺だけでいい。」
顔を上げたグレアムの表情は怖いほど憎悪の感情を表に出している。
そうだ。
シルヴァ様の話は禁句だったと思い出して小さくため息を零すと楽しげな声が聞こえてくる。
「番でありながら互いの気持ちが一致していないのか。それでもなれる…やはりお前とは番になろう。グレアム、受け入れるならシルヴァと引き合わせてやる。」
「…。」
「言っただろう。我が人種に好意を持つなどありえない。」
「…わかりました。断っても陛下の権限を使えば逆らえませんからね…。」
抱き込んでいたロレインを手放せば、彼女から驚いた表情が見えた。
本来なら共有なんて絶対に有り得ないが、獣人族にとって王の命令は絶対であり、それに従うことは遺伝子レベルで組み込まれた必然。
王の権限を使われれば、無理やり彼女を奪われることになる。
それならば、条件を提示している間に了承するのが一番良い方法だろう。
怒りで拳を握りながら、リオが獣化した腕で彼女の右肩を掴み力を込める姿を眺めた。
痛みに目を閉じるロレインを落ち着かせるようにそっと首筋を舐めれば、ひっと驚いたような声が漏れる。
「…グレアム、やめ…。」
「痛むだろ。こっちに集中しろ。」
自らが付けた傷跡に沿うようにして舐めれば、彼女の身体が小刻みに震えているようだ。
暫くそうしているとリオがロレインから離れる。
「やはり無駄だったか。」
自らの変わらない姿にガッカリした表情を見せる。
もしかしたらと少し期待していたのだ。
仕方ないと踵を返すつもりだったが、涙目になっている彼女を見た瞬間全身を駆け巡る何かに動くことが出来なかった。
今しがた獣人を解いたはずの腕が毛を帯び、衝動的にロレインに手を伸ばしたのと同時に身体の急激な変化を感じる。
「…っ。」
少年の姿から青年へと変貌したリオは自分の姿に驚きを隠せなかった。
肩より少し伸びた髪が煩わしいが、それよりも彼女に触れたいという衝動が抑えられない。
「陛下…何しているのですか。」
「い、いや。何でもない。シルヴァのことは我に任せておけ。」
グレアムの鋭い視線に伸ばしていた手をぎゅっと握り込んでから、無理矢理踵を返した。
このまま部屋にいたらロレインを抱き寄せていただろう。
気になるとは言っても、恋愛感情などないと思っていたのになぜだと自問自答しながら逃げるように部屋から出ていくのだった。




