5. 陛下
たどり着い先は教材でしか見たことのなかった巨大な城で、ここがスピネルの国王陛下が住む場所か。
獣人種は人種より大柄ということだけあって全てが巨大だ。
アンフィムに続きながらキョロキョロと視線を彷徨わせていると玉座の間にたどり着いたようでカーテシーを求められた。
「皆、面を上げよ。やはり、グレアムは番を見つけたようだな。」
その言葉に視線を上げれば、金色の髪に茶色の瞳の少年が優雅に足を組みながらこちらを見据えている。
幼い王ではあるが、纏う威厳に自然と背筋が伸びるのを感じた。
「熊族の次期長の番が脆弱な人種など、赦されると思うか。」
「赦しを求めるつもりはありません。番が人種であろうと強ければ問題ないですよね。」
「…確かにそうだな。アンフィム、長を連れてこい。ここで死合をしてもらおうじゃないか。」
にんまりと笑みを浮かべた彼の言葉に一瞬辛そうな顔を見せたアンフィムだったが、王命に逆らうことなど出来るはずもなく、何処かへと去っていく。
暫くするとダンディな髭を蓄えた筋骨隆々な男性が現れた。
見下すように上から下まで眺めてからグレアムへと向き直る。
「これの何処がいい。」
「親父にわかってもらうつもりはない。」
「そうか。それならやるしかないな。」
「はなからそのつもりだろ。」
彼らが構えたのと同時に咆哮が聞こえ、熊の姿になった二人がお互いの爪で傷付け合い始めた。
死合って親子で戦うことを意味していたらしい。
こんなことになるなんて想像もしていなかったとギュッと手を握り込んでいると隣に人の気配を感じる。
視線を向けると銀髪の綺麗な女性が悲しげな表情を浮かべていた。
「貴女のせいよ。」
「…え?」
「グレアム様は熊族の長の一人息子だもの。人種の番なんて赦されないわ。」
「…。」
「貴女は親子での殺し合いを見ても平気なのね。」
「殺し合い…って。」
「番の印を解くのなら止めることも出来るのだけれど、貴女にそのつもりはないのでしょう。」
「解く方法知ってるの…?」
「ふふ。勿論知ってるわよ。これを飲むだけ。」
そう言って金色のカップに入った黒い液体を見せてくる。
明らかに毒じゃないかと警戒しているとクスクスと笑い声が聞こえてきた。
「貴女の想像通り、毒よ。番の印を解くにはどちらかが死ぬしかないの。ここで黙ってグレアム様が殺されるのを見届けたとしても貴女は長に殺されるでしょうし、それならグレアム様だけでも助けるべきじゃないかしら。」
確かに彼女の言う通りだ。
何も考えずに王命だからとここに来てしまったが、和平条約があったとしても私に嫌悪感を示す彼を見れば生きてここを出ることは出来ないだろう。
グレアムの身体に食い込んだ爪から血が見え、一刻の猶予もないことは理解できた。
受け取ったカップに映る自分の姿は少し震えていて、意を決してから勢いよく煽れば喉に通っていく。
苦いのかと覚悟していたのに葡萄の味に拍子抜けしたが、身体を蝕む違和感に持っていたカップを落とした。
大理石に響いたその音にグレアムの動きが止まる。
何かを叫びながらこちらへと走り寄ってくるその姿を見ながらその場に崩れ落ちていった。
「…ロレイン!!!!」
「泣かないで…グレアムにはきっと…他に…良い人…いるから…。」
彼に抱き上げられると頬に当たる大粒の涙。
少しずつ幼くなっている容姿はちゃんと番の印が解除されている証拠だろう。
良かったと小さく笑みを浮かべながら遠のく意識に逆らうことなく目を閉じるのだった。