3. 番の印
あれから数日。
まだ本調子じゃないだろうと暫く留まっていたが、そろそろ移動しようとロレインへと声をかけた。
「歩けるか?」
「もちろん。それより、ずっと気になってたんだけど。」
「なんだ。」
「あの貨物船で首輪着けられてたよね?」
「あぁ、人種の密猟者に捕まってあのザマだ。」
「密猟者っていうと…え、もしかしてグレアムって希少種の獣人?」
「どうだろうな。」
「そっか、人種にとっての希少なんてわからないよね。でも、どうやってあそこから出たの?今は成長してるけど、あの時はまだ小さかったよね。」
「そうか、ロレインは覚えてないのか。」
「?」
「意識を失ったお前を船員が連れて行こうとしてな。番の印を付けた直後だったから理性が無くなったらしい。気付いたときには船が沈んでた。」
「沈んでたって…。」
「大人になったばかりで力が有り余ってたんだ、仕方ないだろ。」
「君、本当に何者?私の友人にも獣人種は居たけど、ここまで逸脱した存在じゃなかったよ。」
「だから獣臭かったのか。」
「え、私臭い?水浴びはしたけど、お風呂に入ってないからかな。どこか宿とかあればいいんだけど。」
「今のロレインはいい匂いだぞ。俺が上から下までマーキングしたからな。」
「マーキングって猫とかがするあれ?」
「俺は猫じゃない。だが、他の雄の臭いは消すに限る。」
「やっぱり獣人種は匂いに敏感なんだね。って匂い嗅ぐのやめてくれない?すごく恥ずかしいんだけど。」
首元に擦りつくようにすんすんと鼻を擦り付けらればふんわりと香る彼女特有の甘い香り。
恥ずかしがっているようで、せめて風呂上がりにして欲しいと言われたが、俺には関係ない。
暫く戯れていると深い森を抜け平地に出たようだ。
目の前に見えるのは活気のある町。
何度が来たことがあるが、相変わらず騒がしい。
「ルクトルの町だ。」
「確か、スピネル王国が最初に作った町だよね?活気があるし、すごく大きい。」
「人種にとってあまり良いところではないぞ。」
「そうなの?」
「ここは元々色町だった場所。人種は人気だからすぐ人攫いに合う。」
「それは遠慮したいな…。」
「まぁ、番の印があるから大丈夫だろ。」
「それって見えないところにあるんでしょ?それなら…。」
「獣人種なら匂いでわかる。ただ、偶に鼻の利かない種族が居るから気をつけ…。」
そう言いかけたが、彼女の姿が遠ざかっていくのが見えた。
一瞬何が起きたか分からなかったが、人攫いだとすぐに理解する。
俺の番を攫うなんざ余程死にたいらしい。
額に青筋が浮かぶのを感じながら移動している彼らを追えば、二階建ての建物が見え。
その地下にある酒場に降りて行ったようだ。
ここが拠点かと扉を開ければ、犬臭いとつい鼻を抑える。
「誰だテメエ。」
「ここは狼族だけの場所だ。猫が来てんじゃねえぞ。」
「どこ見て猫に見えるんだよ。それに俺は番を返してもらいに来ただけだ。」
「番ってコイツのことか?見目が良いから高く売れるだろ。」
嫌がるロレインの頬を舐めようとしているのが見えた瞬間、理性の糸が一瞬にして切れるのを感じた。
爪で引き裂き、肉を噛み千切る。
犬など俺の敵ではないが、番に手を出すなら別だ。
「わ、悪かった…まさか、熊族がこんなとこに来るとは思わなかったんだ。」
「犬は嗅覚が良いんじゃねぇのか?匂いでわかるだろうが。」
「熊は王の側近。そんな奴の匂いは嗅いだことがねえ。」
「あーそういう弊害もあったな。ロレイン、大丈夫か?」
「…グレアムって熊なの?」
「一応な。」
「だから耳とか丸かったんだ。尻尾も真ん丸。うわー!私、小さい頃とか熊のぬいぐるみ大好きだったの。ちょっと触っていい?」
いきなり抱きついて耳に手を伸ばすロレインに内心焦りながらも、この状況に怖がっていないなら良かったと安堵する。
手加減はしたつもりだが、やり過ぎてしまった感は否めない。とりあえず、気付いていない間に出ようと彼女を抱き上げそのまま酒場を後にするのだった。