14. シルヴァと半獣
不機嫌なリオの指示のもと、人種の王室付き騎士であるシルヴァ・クレイトルは城へと連れて来られていた。
灰色の長い髪と琥珀色の瞳。
190㎝を超える長身と筋肉質な身体つきには確かに人種にしては突出した見た目をしているのかと上から下まで眺めたリオは相手が委縮するほどの威圧感を放っている。
「陛下、抑えてください。」
「…ロレイン、会いたかったのだろう。」
緊張からか玉座の後ろで小さく収まっていた彼女に声を掛けるとゆっくり一歩踏み出した。
黄色のドレスに身を包んだ彼女は薄く化粧をしているようでほんのりと色づいた唇に視線が釘付けになっている。
艶のある海のような青色の髪。
黒く長い睫毛が大きな紫の瞳をさらに際立たせ、シルヴァのためとはいえロレインと番になっている彼らの視線を奪うのには十分すぎるものだった。
「シルヴァ様。」
「ロレイン?そうか、王子の仰られていた事は本当だったんだね。」
「…?」
「獣人種と番の印を結んだと聞いたよ。」
「それは…。」
「いいことじゃないか。断罪された君にスピネルで生きるすべはない。彼らになら守ってもらえる。」
彼のその言葉に酷く傷付いたような表情を見せた彼女の後ろから笑い声が聞こえてくる。
「…陛下?」
「本当にお前は半獣なのか。人種の断罪など我らに意味はない。ロレインに好意があると思っていたが、思い過ごしだったか。」
「…っ。」
「言い訳があるなら聞いてやるぞ。今日の我は寛大だ。」
隣りに立っているロレインを引き寄せ、自らの膝に座らせると先ほどまでの不機嫌さを消し去り、首筋に顔を埋めながら横目で彼を見る。
その表情は勝ち誇ったようなもので、シルヴァの神経を逆なでするには十分すぎるものだ。
「獣人種の陛下は存じていないでしょうが、ロレインは王子からも好意を寄せられていました。王室付き騎士という立場で主人を裏切るようなことはできません。」
「天秤に掛け、主人を取ったということか。その程度なら興味はないな。グレアム、アンフィム。後はお前らに任せよう。喰い殺すなり、好きにすれば良い。」
「陛下!?シルヴァ様をお呼びしたのはそのためなんですか…?」
「それ以外に何がある。グレアムもそのつもりだろう。」
「…そうなの?」
「半獣がどんな奴か見極めたかった。」
「見極めたら食べないっていう選択肢はあったんだよね…?」
「ないな。」
「ないだろう。」
「アンフィムまで…。」
熊の姿になりつつある二人を見ながら不安気な顔をするロレイン。
それを楽しげに見つめながらこれから起こるであろう出来事に彼女はどうするのかと興味津々である。
「あれらに襲われれば半獣など瞬殺だが、獣化すれば勝率も少しは上がるだろう。」
「…また死合させるつもりですか。」
ロレインの表情が軽蔑するようなものに変わり、抱き寄せられた体勢に抵抗し始めた。
少しからかいすぎたかと小さくため息を溢してから二人を止めれば、不満気な顔をしているものの彼女に嫌われたくないと言う気持ちのほうが優先されたようだ。
「ロレイン。それで?お前はどうするつもりだ。アレは我らとの番の印はいいことだと言っていたぞ。」
「…私の片想いであれば致し方ありません。本当は…シルヴァ様に守ってもらいたかったです。」
「…それは…。」
「ごめんなさい。困らせるつもりはなかったんですよ。ただ、ちゃんとお別れも言えなかったですから。学園では側に居てくださりありがとうございました。本当に嬉しかったです。」
ロレインは姿勢を正して立ち上がると悲しげに口元に笑みを浮かべながら言葉を紡ぎ軽くお辞儀をしてからくるりと踵を返すと、玉座から歩き去ってしまった。
その横顔には一筋の涙が見え、泣くのを我慢していたのだろう。
彼女が寝室へと移動したのを見送ったリオは身体を獣化させていく。
「ロレインを泣かせるとはいい度胸だな。我に手加減など期待するなよ。」
牙をむき出しにして威嚇すると勢いよくシルヴァへと飛び掛かっていった。
応戦するように獣化した彼は灰色の狼の姿に変化していくが、半獣と呼ばれるだけあって体格に赤子と大人より大きな差が出ている。
一撃目の直撃は避けられたものの、爪が掠ったようで前足から出血しているようだ。
爪に付着した血液を舐め取るリオは余裕の笑みを浮かべ、流石は獣人種最強として君臨する存在。
次は喰い殺すと口を開きかけたが、騒ぎに気付いて戻ってきたロレインの姿が見えた。
「…リオ陛下?」
「少し待っていろ。ロレインを傷付ける半獣は我が排除する。」
「だ、ダメです!」
「何故だ?」
「今回の件はシルヴァ様に非は一切ありません!私が勝手に想っていただけですから…。」
「ならば我にしろ。」
「?」
「我ならロレインを傷付けたりせぬ。」
「それは俺もだ。」
「私もロレインだけを大切にすると誓う。」
「…ありがとうございます。」
「それほどまでにシルヴァがよいのか…。」
お礼をいう彼女に落ちたままの影に納得できないリオは獣化を解いたもののその瞳は鋭い。
ポタポタと血を流す狼に近付いていくロレインを止めることはないが、明らかに敵対心を放っている。
パックリと切れているものの、縫うほどではなさそうだと患部を消毒してからガーゼで止血し、包帯を巻いて手当は完了だ。
静かにじっとしているシルヴァに不思議そうな顔をするとペロリと頬を舐めるのが見えた。
「喰い殺してやるっ!」
再び獣化するリオは彼へと襲いかかるが、当然のようにロレインに遮られる。
「陛下、手を出さないで下さいね…?」
「…っ。」
「シルヴァ様、暫くは前足をあまり動かさないように。人の姿になればそれも容易ですよね?」
「…半獣は獣化した姿で怪我をすると治癒するまで人型には戻れないだろうな。」
「え?」
「人の言葉も話せず、理性も獣に近付く。半獣は俺達のようにコントロール出来ないからな。」
「そもそも半獣とはどういう…?」
「人種と交わりを持った獣人種の子のことだ。」
「…半分人種で半分獣人種。シルヴァ様はこのままのお姿ではスピネルには帰れませんよね?暫くこちらに置いていただくことは可能ですか?」
「…却下だ。」
「陛下、お願いします。」
彼女のその言葉よりもマズルを太ももに乗せたシルヴァは彼らに激情を与えているようで、何かに耐えるように歯軋りの音が聞こえてくる。
シルヴァにとってはただ本能のまま甘えたい相手に甘えていると言うだけで、王室付き騎士という肩書も全て取っ払っているのだ。
一触即発の雰囲気にこのままでは埒が明かないとバルトロによってロレインとシルヴァは客室に移動させられる。
本当は彼だけを押し込めたかったが、彼女の側から一切離れようとしない姿に諦めたのだ。
「…本能で甘えてくれるってことは期待、しても良いのかな…。」
ぐるりとトグロを巻くように腰に沿って丸まり目を閉じている姿に言葉溢した。
その頃、演習場に響き渡る轟音に城内で働く獣人種達は恐怖に皆動きを止め蹲っている。
それもそのはず。
毛を逆立てたまま半分暴走状態になったリオが大木に当たり散らしているのだ。
グレアムとアンフィムとは比べ物にならないほどの力は圧倒的で、口から黒い瘴気を吐き出している。
「グレアム様、人種を呼んできてくれませんか?このままでは城が崩れ落ちます。」
天井からパラパラと降ってくる城の残骸にバルトロは大きな溜め息を溢した。
今までなら陛下とはいえ、子供ということもあり城の補修が必要になるような出来事は殆どなかったが、成長後の姿で癇癪を起せばすぐに破壊されてしまう。
獣人種である自分たちは野宿になったところで気にしないとはいえ、ロレインを外で寝かせるわけにはいかないと二人の仲睦まじい姿を見たらダメージを受けことを見越しながら客室へと足を動かした。
扉の前に辿り着くと深呼吸してからノックをすれば彼女の声が聞こえてくる。
中に入ると、思っていた通り纏わりついているシルヴァの姿が見え、自分のテリトリーに入ってくるなとでもいうように威嚇し始めた。
「グレアム、どうしたの?」
「…。」
「?」
「…演習場に来てくれないか。」
「それはいいけど。何かあった?」
「来ればわかる。」
そう言ってすぐに視線を反らしたグレアムは部屋から出て行ってしまう。
彼の瞳は怒りよりも悲しみを映しているようだ。
シルヴァにここに居てと声を掛けてから演習場に向かうと前が見えなくなるほどの黒い霧に何が起きているのだと視線を彷徨わせる。
「わっ。」
足元が見えず、段差に躓いたロレインに手を伸ばしたグレアムだったがあと一歩届かなかった。
やってくるであろう痛みに身構えていると、ふわふわとした毛の感触。
「何している。」
「リオ陛下?」
「シルヴァはどうした。」
「部屋で待っていてもらってます。」
「…そうか。」
「これはどうしたんですか?」
「何でもない。」
「何でもないという雰囲気じゃないですけど。」
「…ロレインが悪いだろう。我は嫉妬深いと言ったはずだ。」
牙を露わにしながらそう言うと彼女を抱えたまま優雅な足取りで寝所へと歩いて行く。
その足取りは軽快なものでバルトロが扉を開けると中へと入り巨大な尻尾で自らその扉を閉め人型に変化すると楽し気に笑みを浮かべた。
犬歯が目立ってはいるが先ほどまでの威圧感はない。
「我のために戻ってきたのだな?そう考えるとたまには嫉妬もいいか。」
キングサイズのベッドに彼女をおろせばそのまま組み敷くように押し倒した。
良い眺めだと嬉しそうにするリオに対して少し不安げな表情をして見上げるロレイン。
しばらく彼女を満喫しているとすごい勢いで飛び掛かってきた狼の姿が横目に見え、片手でその首元を掴むと不機嫌そうに表情を歪める。
「番犬のつもりか。お前は彼女を諦めた臆病者だ。我は番としてロレインに…。」
その言葉に身じろぎをしたシルヴァが彼の腕から抜け出すと向きを変え、彼女の右足に噛みついてしまった。
番の印が刻まれたことに気付き大きな舌打ちを溢すが、自らが招いたことだけに余計腹立たしいようだ。
早く離せと口を開けさせると彼をベッドから落とし痛みで震えていた彼女を抱き寄せ、そっと唇を奪うと彼女の顔が真っ赤に染まっていく。
シルヴァの事が好きだと言っていたが、彼女の気持ちは憧れに近いようなものだろう。
それならば我へと好意を向けさせるだけだと自信満々な表情で彼女を眺めるのだった。




