1. 出会い
ここは人種と獣人種とが暮らす世界アストラル。
南北にある大きな島。
南が人種の治める王国コランダムで北が獣人種の治める王国スピネルだ。
それぞれが独自の文化を持ち、千年前に結ばれた和平条約の元、平和な日々を過ごしていた。
元アラサーの私も悪役令嬢に転生したとはいえ、幼少期からフラグをへし折り続けたことで断罪されることはない。
そう高を括っていたのに気付けば学園に居場所はなく、残された道は断罪され自ら命を絶つことだけだった。
私が転生していなければゲームのストーリー通りその運命を受け入れていたのかもしれないが、絶対にそんなことをするつもりはないと軟禁状態の屋敷から家出をしたのがつい一週間前の話で。
逃げ出した彼女を探すべく王国騎士によって配備された検問所のおかげで殆ど身動きが取れない状態になっていた。
このままではすぐに見つかってしまうと視線を彷徨わせれば少し離れた位置にある貨物船が見える。
どこ行きか分からないが、とりあえず逃げるには丁度いいと隙を見て入り込んだ。
「うわ、ここ酷い臭い…。背に腹は代えられないし、我慢我慢。」
思わず声に出てしまうほどの臭いにローブで鼻と口元を押さえながら奥へと入っていけば、何かの唸り声が聞こえてくる。
もしかして獣人種でも居るのだろうかとあたりを見渡してみるが明かりの殆ど無いこの場所で何かを探すのは無理に等しい。
それならば出港する前に騎士が中を確認する可能性を考えてどこかに隠れようと手探りで探していると大きな布がかけられた何かがあった。
「おい、ここは見たか?」
男性の声が近づいてくるのが聞こえ、不味いと中へ隠れると先程まで感じていた臭いはここだったと理解する。
警戒心からか唸り声が聞こえ、肩口に強い痛みが走った。
ドロリとした感覚で出血しているのだろうとすぐに理解したが、今ここで騒ぐ訳にはいかないと目を閉じ痛みに耐え続ける。
噛み付いているのか。
唸り声が静かになったため、ランプの明かりが戻っていったようだ。
「ここには居ないようだ。出港して構わないぞ!」
その声とともに貨物室の扉が閉められ、揺れを感じ始める。
危機は脱したかとホッと一息ついて目を開けてはみたが、この状況は脱したとも言えないのかとため息が出る。
「あの、離してもらえたりしないかな。」
「…グルルル。」
「やっぱりダメ?そうだよね、吃驚させた私が悪い。ごめんね。」
謝ってはみたが顔が見えないためどう思っているのか判断できないが、食い込んでいた何かがゆっくりと離されていくのがわかった。
この出血量、なるべく早く手当しなければならないだろう。
大きな布を退けてから持っていたランプに火をつけ、肩口をみてみれば、淡いピンクのワンピースが真紅に染まっているのが見えた。
消毒液やガーゼ等の救急セット一式を持ってきてよかったと近くに置いていたリュックから取り出していると大きな布が掛けられていたケージの中から苦しげな声が聞こえてくる。
襲いかかるだけの元気はあるものだと思っていたが、そうではなかったようだ。
ランプを手に近付くと人種の子供と変わらないが、痩せ細った身体に熊のような耳と尻尾が見え、彼が獣人であることはすぐに理解できた。
鎖の付いた首輪は血だらけで捕まる時に抵抗したのか。
鞭の痕や打撲の痕が所狭しに見える。
こんな小さな子供になんて仕打ちをするんだと憤りながらケージの鍵を開けるべく試行錯誤していたが、意外にも外側からは簡単に開く仕様だったようだ。
肩口の傷といい抵抗されることは想像できるが、元医療従事者の私としては傷付いている人、ましてや子供を放っておく事などできない。
意を決して中に入れば閉じられていた瞼が開き、金色の瞳が見える。
唸り声とともに飛び掛かってくるその姿を見て咄嗟に左腕でガードするとそこに噛み付いてきた。
「いたたたた。でもそのままジッとしててね。染みるかな~染みないといいけど。」
そんなことをこぼしながら右手で消毒液に浸したガーゼを傷口に当てていけば、痛みがあったようで先程より強く噛み付いてきている。
肩口の傷が出血によって麻痺し始めているようで同じ方の腕というだけあって痛覚が鈍化しているらしい。
しめしめと思いながら手際よく手当てをしていけば、敵じゃないとやっと理解してくれたのか。
終わる頃には牙を終い、じっとこちらを見ている。
「これで少しはマシになるかな。ダメだよ、首輪があるのに無理に動いたら。さっきみたいに苦しくなっちゃうからね。」
そう言ってケージから出るつもりで立ち上がったが、思った以上に出血してしまったのだろう。
目の前が真っ暗になる感覚にこれは不味いと抵抗してみるが、そのまま意識が微睡み暗い世界へと誘われるのだった。