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「元の身体には劣るけど、この身体もまあまあね」


 床から、壁、天井、家具に至るまで、あらゆるものが白で染まっている部屋の中心に鎮座した女性は、やわらかく透明感のある声で高圧的に笑った。

 女性の周りを見目麗しい男性達が様々な形で囲い、男性の衣装も白で統一されているのに対し、女性ただ一人だけが、まるでその他の色を吸い尽くしたように多色を身に纏っている。


「まさかこの私があいつにしてやられるなんて…。おかげで五百年も時間を無駄にしちゃったじゃない。不器量なものを排除してただけなのにどうして私が罪人扱いされなきゃいけないのよ。」


 どうやら昔の事を想起したようで、女性が苛立たしげに眉を寄せる。

 しかし、それに反応を示す者は一人もおらず、男性達は皆一様に生気のない姿をしている。


「あーもう!何度思い返しても忌々しい!この世から醜いものが淘汰され、美しいもので溢れかえるのよ、素敵なことでしょう?そうよね?」


 捲し立てるように早口になり、手近にいた男性の首に手をかけるが、それにさえ男性が顔色を変えることはない。


「この世は美しいものだけあればいいの。醜さは悪よ。悪を葬るのは当然じゃない。どうしてこんな簡単なことがわからないのかしら」


 賛同も反対もされないとわかっているのに、至極真っ当な顔付きで彼女は極論を語る。

 手を離された男性の首には、薄らと爪の跡が残っていた。


「まあいいわ。この身体を造るのに魔力を酷使したからしばらくは魔力が回復するのを待たなきゃならないけれど、ガルディシアの王があいつじゃなくなった今、邪魔ものはいないも同然ね。

 だって、ここまで来るのに各国に設置してきた隠しダンジョンを攻略しないとならないのよ?でも、最初のガルディシアに置いたダンジョンの封印は魔族が扱えない光属性の術じゃないと解けないようにしておいたし、封印が解けたとしてもダンジョン前に用意した百体の魔導騎兵は魔族しか扱えない闇属性の術じゃないと倒せない。なのに、その戦力になる魔族はあそこのお姫様のお陰でみーんな眠ってる」


 誰かに説明するかのように話す女性は、愉快そうに東雲色の瞳を細くし冷笑を浮かべる。


「つまり、初めからダンジョンの攻略は不可能。誰もこの地へはたどり着けないし、誰も私の妨げにはならない。今度こそ私は粛清を遂行できる」


「そうして、粛清の先に、美しい治世が待っているわ」


 そう理想を語る女性の白く透き通った肌は熱を帯びて紅潮し、女性は薄く朱に色づいた自身の頬にうっとりと手を当てた。

 しばしの沈黙の後、更に笑みを深める。


「んふふ、いい事思いついちゃった。億が一にもダンジョンの最奥に辿り着いたものがいたとして。最後に倒す相手が王族だと知ったら、そのもの達はどんな顔をすると思う?さぞかし見ものでしょうね」


 女性が加虐的な笑みを浮かべ男性達に向かって手を振ると、背後にできた暗い闇がずぶずぶとそれらを呑み込んでいく。


「貴方達を傍に置いて眠ろうかと思っていたけれど、予定を変更するわ。私が目覚めたら一人ずつ迎えに行ってあげる。それまで良い子にして待ってなさい」


 細くしなやかな脚を組み変え、傲慢に言い放った女性が見守る中、男性達は一人も残らず闇と共に消えていった。




「ふぅ。なけなしの魔力も使っちゃったし全回復するまで一月といったところね。まあ、一月でここまで来れるものはいないでしょうし、ゆっくり寝て待つとしようかしら」


 最後に女性が何か呟いたように見えたが、気のせいかもしれない。

 座っていたベッドに深く身体を横たえると、艶やかな白緑色の髪がシーツに広がる。

 目を伏せた顔も美しい女性は、それ以降口を閉ざし、穏やかな眠りについた。






 ▽▲▽▲▽






 翌朝。

 目を開け周りを確認しても、昨日就寝したのと同じ部屋。

 まあ、そうなんだけど。

 もしかしたら、昨日の事は全部夢で起きたら自分の部屋でした、なんて淡い淡い期待は見事に裏切られた。

 まあ、薄々わかってたけど。

 はあ~~~~~~……と、朝からどでかいため息を吐いた。


 そして、私は、さっきまで見ていた夢を思い返していた。

 夢なのに、鮮明に覚えているし、私が一切出てこなかった。

 夢に出てきたのは、派手派手な女の人と五人の男達。

 薄い緑色をした髪の女の人は、なんとなく昨日ヴァルトリ達が話していた人な気がする。


 ニーミャは、魔王様と連絡が途絶えた国には強力な結界が張っていたと言っていた。

 対して夢の中の女性は、隠しダンジョンを攻略しないとここまで来れないと言っていた。

 つまり、隠しダンジョンを攻略すれば、その結界が破れたり緩んだりするってことじゃない?

 しかも、最初の隠しダンジョンは、ここ、ガルディシアにあるって言ってたような…

 これってヴァルトリ達に言うべき…?

 いやでも、ただの夢だしな……


「はいるぞ」

「えっ」


 うんうん唸っていたら、強めのノック音とほぼ同時に航晴が部屋に入ってきた。

 ノックの意味ないし、異性の部屋に入るのに躊躇いというものはないのか、この男は!

 せめてもの抵抗で、まだ洗顔すらしてない顔を掛布団で隠し半目で覗いたら、驚いた顔をした航晴がずかずかと足早に近付いてくる。

 後退る暇もなく詰め寄られ、あっという間に防護壁をひっぺがえされる。


「な、なに…」

「何か術使った?」

「えぇ?」

「お前、これ見えねーの?」


 航晴の指差した方を見ても何も見えないので、とりあえず首を横に振る。


「まじか。どっか痛かったりする?」

「いや、どこも…」

「なら大丈夫だな。見えてねーみたいだけど、撫子の体から光の粒みたいのがあっちの方に伸びてんだよ。たぶんこれ、辿ってけばなんかある系のやつだと思うだよな~」


 あっちといって航晴が指したのは窓の外。

 無数の光は天の川のようにどこかに向かって伸びているようで、こういった現象はこっちの世界に来てから初めて見たらしい。

 別に痛むところはないが、なんとなく心配になって自分の体を見回していると、おもむろに前髪を上げられ、あろうことかそこに航晴の額がくっつけられる。


「目ぇ閉じとけよ」


 後頭部にまわされた手でガッシリと固定されたため逃げることも叶わず、言われるがまま目を閉じる。

 顔に熱が集まるのを感じるが、それとは別に額から暖かい何かが流れてくる感覚に気付いた。


「今の、わかったか?魔力流してみたんだけど」

「なんとなくなら…」

「おっけー。じゃ、今度はそっちから流してみて。あーー、デコに力貯めて、外にこうバーっと出す感じで」


 なんとも頼りない説明ではあるが、とにもかくにもやってみる。

 おでこに力を貯めて、外に出すように…


「うん、そうそう。もうちょい、おー、出来んじゃん」


 どうやら上手くいったようで、無意識に安堵のため息が漏れる。

 ごく自然にさらりと後頭部を撫でられ、「目開けてみ」とお許しがでたのでそっと瞼を上げる。

 目の前には本当に光の道が出来ていた。

 チカチカと光る粒が揺らぎながら線を成す不思議な光景に感嘆の声が零れる。


「ど?見えたか?」

「うん。すごい…」


 試しに触れようとしてみたが、光は指を擦り抜ける。

 もしかしたら私も魔法を使えるかもしれない。

 そんな可能性に緩やかに口角が上がってしまう。


「よっしゃ、じゃー行くか」


 何の前触れもなしに、宙に浮いていた手を取られ立たされる。

 私の返事はいらないらしい。

 確りと私の手首を握り、光の指す方へ大股で進んでいく。


「ちょっと待って!行くってどこに!」

「この先に決まってんだろ」

「まっ…!でも、ヴァルトリさん達に言わないと」

「いい、いい。そんなん後で言うから」

「でも、二人だけなんて危険じゃ…」

「大丈夫だって。なんとかなるっしょ」

「私何にも出来ないんですけど…!!」

「んなもんわかってるつーの。いいから黙ってついてこい」


 何も良くない!!

 いっこも良くない!!!

 両足の踏ん張りも空しく、ずるずると引き摺られる。

 バンっと勢いよく窓を開けると、長い御御足を窓枠に掛けた航晴がようやく振り返った。


「ヴァルトリには勝手に外に行くなって言われてっから内緒にしろよ」

「ヴァルトリさーーー」

「ばっか…!お前、バレんだろーが!騒ぐな!」


 まるで悪役なようなセリフを吐いた航晴に手で口を塞がれる。

 やっぱダメなんじゃん!!

 絶対危ないやつじゃん!!

 やだーー!!行きたくないーー!!

 くぐもった声で抗議してみるが、手を放す気配は全くない。


 口を覆われたまま、ぞんざいに小脇に抱えられ、あくどい笑みをした航晴と目が合う。

 そういえばまだ顔洗ってない…と現実逃避しかけた私に、「腹くくれ」と短く言い放ったこの野郎は、私共々窓から降り立った。



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